第5章 第1話 諜報活動



   次の日、2人は、とある次元世界の都市近郊にある、大自然に囲まれた草原を歩いていた。

  いわゆる、フィールド探索と呼ばれる移動スキルの1つだ。

   次元転移が出来ない領域や、敵に気付かれずに接近するのに有力な能力だ。

   

   フィールド探索は、魔導力ソーサリー・エナジー物質元素エレメント、或いは旋律の探知などで位置を特定されないために、意図的にソーサリーや魔導力に使用制限をかけて徒歩などで移動する能力である。

   

   詩織が、生身の人間としての運動能力がゴミ屑のリカを心配して訓練を持ち掛けたのだ。

   余計なお世話だ、とも少し思ったが、リカも詩織に込み入った話があったので、世界の果てで2人きりになるのは都合よかった。

   森の中では、詩織を見失ってリカが迷子になったので、詩織が手錠を精製してリカと自分の手首をつないだ。



 優しく流れる小川のせせらぎ では、リカが足が濡れないように靴と靴下を脱いで歩いてきた。 

   なんで制服を着てきたのよ?!

   魔導服を着てきた詩織が目を釣り上げて怒った。


   吊り橋では、高所恐怖症のリカがロープにしがみついたまま遅々として動けずに、10分かけて渡りきった。

 

 崖では、詩織が錬金術でナイフを何本も錬成して、岩壁に突き刺してよじ登る。

 反対に、リカはロープを伝って崖をよじ登る。

 何度も足を滑らしそうになり、15分以上かけて汗だくになりながらようやく頂上まで登り詰めた。

    頂上では詩織が崖の上から手を差し伸べた。


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  森の中の川の辺りで、2人は野宿するための

 仮設住宅を作っていた。

  仮設住宅と言っても、2、3人くらいしか住めない小さな木の家、平たく言えば小屋に近いが。

     作業は分割して、詩織が木材を組み立てて小屋を建てる係、リカが木材を、つまり少し太くて大きめの木の枝と晩ごはんの食材をかき集めて持ってくる係をしていた。

    魔女の旋律ソーサレス・シンフォニーを放出して、悪魔精霊フューリズに見つからないために、ソーサリーには使用制限が掛けているため、ほぼ生身の肉体で作業しなければならない。

   

    作業分割と言っても、不器用なリカは建築技術のスキルは乏しいので、詩織がほとんどの重要な作業を担当する。

    詩織は自分で切って加工した木材を半分作り掛けの小屋にはめ込むと、ソーサリーで精製した釘を打ち込んでいく。

     ちなみにその釘は、天然の鉱石、詰まり石ころで出来ている。


    リカが両手で加工前の木材、詰まり木の枝を抱えて、フラ付きながらゆっくりと歩いて来た。

  生身の肉体の普通の人間の状態のリカは、運動能力が著しく低い。

   「きゃあっ!!」

     石ころにつまずき、 転倒する。

   「もう、また転んだの、これで5回目じゃない。

   作業が遅すぎるわよ。もうちょっと、テキパキ要領よく動けないの!?

    お家の建築は私に任せるから、自分は木材と食材を集めてくるって言ったのはリカでしょう。

   それから、あの青い斑点のあるキノコは毒キノコよ。」

   

 詩織が目を釣り上げて言った。

 「ふみゅ~」

 リカが情けない声を出す。

  「私は高潔で貞淑な貴族の出のゆうしょ正しきお嬢様なのよ。

    こんなアウトドアな作業、出来る方がおかしいのよ。」

   リカが土まみれになりながら、上目遣い言った。

   「そう言うのは、言い訳っていうのよ」

「だいだい、お姫様の貴女が建築技術とか持ってるのが変なのよ。

  どれだけハイスペックなのよ」

「そんなの、子供の頃ソーサレス養成学校で習ったでしょう 。

   こんなの基礎の基礎よ。」

 そう言って詩織が落ちている木の枝を拾い  

 集め、持ってくる。

 「さあリカ、投げて。」詩織が床に膝をついてしゃがんでいるリカの目の前に木の枝を置いて言った。

   リカが木の枝をポイッと放り投げると、詩織がナイフを高速で振って平面状に加工する。

   「リカ、もっと速く」

 詩織にせかされ、慌ててリカが木の枝を拾って、次々に投げる。   

    不器用なリカでも頑張れば辛うじて木の枝くらいは少し速く投げれる。

 詩織はダンスを踊るように次々とナイフで木の枝を切っていく。

    リカのコントロールが悪くあさっての方向へと木の枝が飛んでいくことがあるが、詩織は跳躍して斬りつける。

「ちゃんと胸のあたりを狙ってよ!!」

 うう~っ

 りかはジト目で詩織を見つめる。

       

    

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   次の日、悪魔精霊フューリズの生息圏内に侵入したリカと詩織は、複数いる低ランクの悪魔精霊フューリズたちと戦った。

   詩織は両手にナイフを持って低姿勢で

 全力疾走すると、超高速でナイフを斬りつける。

    左手のナイフには煉獄の灼熱という灼熱の炎のソーサリーを、右手のナイフには冷凍の氷結という絶対零度のソーサリー。

 この相反するソーサリーをそれぞれ発動させて、敵の悪魔精霊フューリズを次々となぎ倒していく。

     リカは詩織の背後から遅れて追いかけてくる。

  聖炎に包まれたレイピアを片手に、幻覚を生み出すソーサリーで自分の姿をした立体浮遊映像を幾つも生み出す。

  立体浮遊映像の自分自身を8人生み出し

 、同時に悪魔精霊フューリズを攻撃させて、高速でレイピアを振り回す。



    

  


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  上空に浮かんでいるクラゲと機械の融合した悪魔精霊フューリズを、跳躍した詩織がサンダー スプラッシュ ソーサリー ソード(電撃の飛沫の聖剣)で感電させて倒すと、

 3回転して地面に着地する。

   リカがパチパチと手を叩く。

  「ようやく終わったわね。ご苦労様。」

「ええ、そうね。こっちの方に、微かに魔導力の気配がするわ。

 たぶん、魔導結晶があるんでしょう。行ってみましょう」   

    そう言って、詩織がリカの先頭に立って歩いていく。

   魔障の森の中心に、巨大な植物の茎が生えていた。

   その茎の中央に入口のような隙間があり、中が空洞になっている。

    2人は中に入っていく。

    

    すると、リカの目の前に天井から青い色をした不定形の、つまりフニャフニャした謎の物体が落ちてくる。

「 きゃっ」

   それがリカは、慌てて身構える。  

  その青い物体はバウンドしてボールのように意味もなくはね続けている。



     「これは、悪魔精霊フューリズ

 ブルースライム、Mなんとか型。」

   「どうしたの、リカ。速く行くわよ」

  詩織は振り返ってそう言うと、速足で歩いていく。

   「わかってるわ」


    リカは、そう言うと、そのスライム型を両手で捕まえると、抱き抱える。

   くふふぅ~ん

 スライムが謎の鳴き声をあげる。

   可愛い。

   リカはスリープのソーサリーを詠唱してスライムを眠らせると、鞄の中に入れてしっかり閉じる。

   「見つけたわ、これは相当純度の高い魔導結晶よ。

  いい おみあげ が手に入ったわ。」

 そう言って詩織は魔導結晶を手に取る。


   

  「今日は、いい訓練になったわね。 

 悪魔精霊フューリズも全部駆逐したし、ここも、人がまた住めるようになったわ」

  巨大植物の茎の内部から再び外に出て、詩織が言った。

「 」

「 リカ、どうしたの?」

「 何でもないわ。さあ、次元転移しましょう   」

   そうして、2人は次元転移してもとの世界に戻っていった。

  

   次の日、詩織は前の日思い切り身体を動かしたからか、ぐっすり眠れて爽快な気分で目覚めることができた。

 深呼吸して背伸びする。

    詩織は制服に着替えると、部屋を出る。

 そして、リカの部屋のドアをノックする。

「 リカ、早く起きて。もう朝よ。」

 リカが中々起きないので、詩織はドアを開けて中に入る。

 そして、芋虫のように包まっているリカの毛布を引き剥がすと、リカがスライムを抱き枕にして眠っていた。

    そのスライムの躯体からクラゲのような触手が何本も伸びてきて、詩織の頬をなでる。

「きゃあああ~」

「うん?」詩織の悲鳴でリカが目を覚まし、

 アクビをする。

    「ちょっ、ちょっと、リカ!

 それ、何なのよ!!」

  ひっくり返って尻もちを付いている詩織が言った。

  「何って、スライムよ」

    リカはスライムを抱えた上半身を起こすと、そう答えた。

   「そんなことは分かっているわよ。

 どうしてスライムが部屋の中にいるのよ」

「どうしてって持って帰ってきたからよ」

「 どうして持って帰ってきたのかって、聞いてるのよ。

  このスライムは危険なのよ。放っといたら、いずれは人や都市を襲うのよ。」

「だ、大丈夫よ。精神操作系のソーサリーか何かで洗脳すれば、それに、人間の一人や二人くらいなら、溶かしたって食べさせたらバレないわ。」

「リカ、バレるとかバレないとか、そういう問題じゃないのよ。」

「 うるさいわね。そう思うんだったら、檻村の封印精霊術専門のソーサレスか誰かを呼べばいいでしょう。

 とにかく、私はこのスライムを抱き枕にするわ」

「リカ、そんなワガママを」

 そう言って、詩織は言葉を詰らせる。


 それから、詩織は織村財閥専属の封印術専門ソーサレスを呼び、スライムのエンジェル・コアの活動を停止させて、憎悪と悪意の妄執を緩和させた。

   

   妄執が緩和したスライムは、殺戮を行うこともないし、急激に成長する事もない。

   ある意味、普通の動物と同じ生物かロボットに生まれ変わったのだ。

   「ここに座りなさい。リカ」

 そう言って、詩織はテーブルの前にある椅子を引いて、スライムを両手で抱きかかえているリカを座らせる。

   そして、テーブルを挟んで向かいの席に自分も座った。

   「いい事、リカ。エンジェル・コアを封印したと言っても、時間がたてばいつかは少しずつ解けていくのよ。

   もしも少しでも変化があったら、すぐに私に言いなさい。

  万が一でも誰かを捕食したら、今度は私があなたをブッ殺すからね。」

  詩織が目を釣り上げながら、静かな怒りを抑えながら言った。

   リカが好きだからこそ、彼女のせいで犠牲者が出ないようにしているのだ。

  「そんなに怒んないでよ。

  本当はあなたも、可愛いいんでしょ?」

 「な、何を言ってるのよ。悪魔精霊フューリズが可愛いいなんて、私たちはソーサレスなのよ!!」

  詩織が声を荒げると、スライムがピョンとリカの両腕から飛び降りた。そして、テーブルの上をゆっくり張っていって、テーブルの上に置いてあるケーキをペロペロと長い舌で舐める。そして、「 くふぅうう~ん 」という謎の鳴き声を出した。

  か、可愛いい。

  それを黙って見ていた詩織が一瞬表情を和らげる。

  うふっ♥リカが口元に左手を添えて軽く微笑んだ。

  はっ!!

 それを見た詩織は、顔を真っ赤にして狼狽する。 



 次の日、2人は、レインボ ー ・レゾナンスというアイドルグループのコンサートに来ていた。


   センターをつとめる空街レモンは、ふんわり した印象の優しい感じの女性だ。


  よく舞台とかで台詞を間違えたりするドジッ娘属性で、リカの推しメンだ。


   あっ、いま歌詞間違えた。


   コンサートに来る1月前から、詩織はリカにアプリをダウンロードさせられて、ブログや動画を半強制的に見させられて、推しメンを決めろとか言われた。


  何でも推しメンの立ち位置によって座席の位置も変わるらしい。


   「今日はみんな、楽しんでいこうぜー」


レモンが大声で煽りをいれて、会場は一際盛り上がる。


  レモンの特徴の1つは、自分の気に入ったファンに大好きな縫いぐるみのシナモノロールをプレゼントすることで有名だ。


  トロッコが2人のそばを通ったとき、レモンがしゃがんで、ぬいぐるみのシナモノロールをリカに手渡してくれた。


   レゾナンスの歌声と客席の声援で声はきこえなかったが、おそらく、いつもありがとうとリカに言ってくれていたらしい。


    リカは少し感激していた。



「あの、センターの空街レモンって女性は、煽りだけじゃなく、歌もダンスも結構攻めるね」


詩織が、たかがアイドル鑑賞歴1ヶ月で知った風な意見を言い出した。


「ええ、意外に、ショートルームでもハキハキ話せるのよ」


さすがプロだ。


「アイドルにぬいぐるみ 貰ったくらいでそんなに大喜びするなんて、リカは可愛いな」


 詩織がニヤニヤ笑って言う。



  「ねえ、リカも一度、オーディションとか受けてみたら?リカって歌が上手じゃない」


詩織がおどけてみせて言った。


「何バカなこと言ってるの。片手間でできるほど、甘い世界ではないわ。」


リカが、思いのほか真剣な眼差しで言った。


  





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   次の日、2人は基地の降魔術制御管理局の施設に来ていた。


   魔導制御機構への接続を補助する装置である、アミュレットのアップデートを行うためである。  


    魔導装置制御管理室には、魔導結晶体と言われる半透明の幾つもの鉱物が宙にうかんでいる。


   制御管理局は、ミスリル合金でできた最先端の精密機器で、その魔導結晶体を管理している。


   詩織は指輪型のアミュレットをはめた左手をのばすと、結晶の中に手をいれる。


  左手は水の中に入れたように水晶の中に溶け込むと、アミュレットの中に様々な情報が流し込まれる。


   詩織の目の前に幾つもの降魔陣ソーサリー・サークルが出現し、魔導制御機構と意識が接続する。


   


   さらに魔導制御機構は、魔導回線を通して異次元情報通信網と接続する。


    異次元情報通信網とは、無数の魔導制御機構を1つにつないだ仮想空間である。




   非物資次元階層、つまり異次元空間には、人々や悪魔精霊フューリズの思念波や妄執、それらに付随する様々な知識や情報が流れている。


   それは次元転移できない遥か彼方の次元領域の最新技術や、古代人と言われる過去に滅亡した人類の叡知が思念波となって異次元を流れている。


   異次元情報通信網は、それらの膨大な思念波の流れる海から、ソーサレスにとって役立つ、意味のある知識や情報を巡回魔導元素ロボットを使って自動的に収集し、選別することができる。


   


  魔導制御機構はそれらの知識や情報を解析処理して、魔導護符をアップデートするための魔導制御設定の変更案を提示する。

  


   魔導制御設定とは、ソーサレスの装備や降魔術の種類、それにステータスの割り振りを設定した魔導護符のプログラムである。

  ソーサレスは制御設定を変更する事により、自身の能力をより戦闘向けに特化したり、状況や環境に順応出来るよう最適化する事ができる。

   

 

   魔導元素エーテルは自身の粒子構造や機能性、性能を変化させる事が出来る。

   ソーサリーの種類と性質、それにソーサレスの基礎的能力値は、この魔導元素エーテルの粒子構造と機能性とその保有量によって決定する。

   ソーサレスは通信機能を持つ魔導元素エーテルを思念で制御し、操作することが出来る。

    そのためソーサレスは、魔導元素エーテルに命令や指示を与えて魔導元素エーテルの構造や機能性、性能を調整し、再構築することが出来る。

    魔導護符アミュレットは、ソーサレスと魔導元素エーテルの交信を支援して、シンクロ(同期)率を高める装置である。

    ソーサレスは魔導護符アミュレットの支援を受けることにより、単独で行うよりもより複雑で精密な命令や指示を魔導元素エーテルに与える事が出来る。

    

   ソーサレスは魔導制御設定を行う事で、魔導元素に与える命令や指示を整理し、調整する事が出来る。



 


    アップデートを終了させると、アミュレットには新しい知識と情報、それにプログラムが入力される。


   そして、新しいソーサリーの構成図が追加され、エーテルの機能性や性能も進化する。


    

   詩織の目の前に、空中浮遊映像が映し出された。

  空中浮遊映像には、詩織のソーサレスとしてのパワーやスピード、防御力などの基礎ステータス、フレイムやアイスなどの属性エレメントの構築速度、起動速度などの媒介変数、補助変数などのパラメータが表示された。

   魔導制御機構が提案した最適化された

 魔導制御設定の変更案である。

   

  

   ふいに、詩織がメールボックスを開くと、提案書が誰かから送信されていた。  


    提案書を開くと、そこには、魔導制御機構の作成した内容とは異なる、もう1つの魔導制御設定案(ソーサリー・アビリティ・パラメータ)が描かれていた。 

 

  詩織は、魔導制御機構との接続を切り、アミュレットの電源を停止させると、振り替えってその場にいるリカのほうを見る。

    


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 「 降魔陣ソーサリー・サークルの構築速度と(次元)転送速度に、(魔導)保存領域[ストレージ]を40パーセント近くも使用している。

   しかも、物質元素エレメントの属性系統も半分以下にまで絞り込んでいる。

   これじゃあ、能力値は全体的に格段に落ちるし、使用できるソーサリーや能力の種類も

 大幅に少なくなるわ。

    それでいて、これだけの保存領域と状況適応能力を犠牲にして、得られるメリットは降魔陣の総合完遂速度が0.008秒ほど上昇する程度。

  

   人工知能の演算処理機能でも、戦闘での勝率や生存率が現在の10%近くまで落ちると解答しているわ。  

   とても、効率的な制御設定だとは思えないけど?」

   詩織がリカの瞳を見つめながら、毅然とした態度で言い放つ。

    彼女の提案を拒絶する訳ではないが、その変更案の理由と根拠を聞いておきたい。

    魔導保存領域とは、魔導元素エーテルを格納するスペース(空間 )のことである。

    魔導元素エーテルには様々に異なる粒子構造

 と機能性、性質がある。

     魔導元素エーテルには様々な種類と異なる特性があるため、格納する魔導元素エーテルの種類やその保有量の配分によって、ソーサレスの能力や使用できるソーサリーの種類、その持続力や精度、破壊力などが決まってくる。

    ちなみに魔導元素エーテルを格納する保存領域には2種類あり、1つはソーサレス自身の身体の中であり、そこは内部保存領域と呼ばれている。

 

 もう1つは魔導制御機構の事で、そこは外部保存領域と呼ばれる。

      

   

   

   魔導制御設定を変更するというのは、魔導元素エーテルの粒子構造や機能性、性質、保有量を変化させることである。

    魔導元素エーテルの粒子構造や機能性、性質を変化させると、ソーサレスの様々な能力値や保有ソーサリーが変更される。

     

    パワー、スピード、防御力などの

 身体能力を表す基礎的能力値。

   フレイムやアイスなどの物質元素の属性系統。

    それに各種ソーサリーの構築速度や

 展開速度、精度や威力。

    金属精製によって装備できる武器や

 防具など。

     様々な制御設定を実行する事が出来る。

   降魔陣ソーサリー・サークルの構築速度とは、空中に降魔陣ソーサリー・サークルの幾何学模様の円環状を出現させる速度である。

    次元転送速度とは、降魔陣ソーサリー・サークルを電気信号に変換して魔導制御機構に伝送する速度であり、総合完遂速度とは、この2つを合計させた速度である。

    

     ソーサレスが格納できる魔導力の総量には限りがあるので、基本的に1つの能力値や物質元素エレメントの属性系統などに保存領域を大きく割り振ると、他の能力値や属性物質元素エレメントの精度や威力などを犠牲にすることになる。

   また、物質元素エレメントの属性系統や使用できるソーサリーの種類や能力は多ければ多いほどあらゆる状況に対処出来、環境適応能力は高くなると言われている。

    

   

  


  「 通常のレベルの悪魔精霊フューリズとの戦闘ならね。

   でも、対最上級クラスの、それもランクスリーS以上の悪魔精霊フューリズやソーサレスとの戦闘なら、これが最適格の構成だわ。

    

   プレゼンス級に近い、ランクスリーSクラス級のソーサレスの戦闘では、降魔陣の構築速度と転送速度が、ほかの何よりも勝敗を左右する最も重要な要素になるわ。

   この、わずか0・008秒の時間が、勝敗を左右する重要な要素になるのよ。」

   リカが珍しく、落ち着いた、冷静で怜悧な戦士の表情をして説明する。

 

 

    降魔陣ソーサリー・サークルの完遂速度を上昇させることの利点は、全てのソーサリーの展開速度を上昇させる事が出来るという点にある。

    ソーサリーの構築速度と発動速度は、物質元素の属性系統ごとにそれぞれ異なるが、ほぼ全てのソーサリーの発現には降魔陣ソーサリー・サークルの構築と展開が等しく必要になるため、当然全てのソーサリーの展開速度を上昇させる事ができる。

    さらに、それは危機一髪の緊急事態に対応しやすくなる。

     どんなに効果があり、精度が高く

 高速化されたソーサリーも、まずはこの物質世界に現出させなければ始まらない。

      ただし、1つのソーサリーや1つの能力値、1つの媒介変数などに多くの保存領域を配分すればする程、それに反比例して上昇率は低くなる。

 当然ほかの能力値や媒介変数は低下する。

    

    

   

   「 そんな、滅多に出会う事のないスリーSのために、通常ランクの悪魔精霊フューリズに殺される危険度を100倍まで高めろっていうの?」

 

  「 ええ、その通りよ。

  

     現在より高いレベルを目指すなら、それ相応の覚悟と意思が必要だわ。

   目指す目標や夢、願いや想いの強さや種類によって、戦略や戦術は違ってくるの。

   あなたは、楽園を守護する神界の天使を目指してるんでしょう。

    プレゼンス級の悪魔精霊を駆逐し、連邦のソーサレスを返り討ち、そして檻村の義姉たちに追随したいのなら、現状を打破して高峰へと昇らなければ。

    それなら、凡庸に甘んじて怠惰をむさぼっていては駄目よ。

    今より成長するために、少しでも進歩するために、リスクを背負い、意識を高く持たなくてはいけないわ。」

    同じ戦場で戦うプロのソーサレスとして、疑問符を投げかける詩織の言葉に、リカは一歩も引かず、言い返す。

    今ここで、安楽な道を歩むことは、結局将来に大きな代償を払うことになる。

    百戦錬磨の戦いを続けてきた、ソーサレスであるリカの本能が、そう警鐘を鳴らしている。



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  次の日、2人は飛空艇に乗って、詩織の故郷、フィーエルドの観光に出掛けていた。

  

   飛空艇は反重力波制御装置を浮遊と推進に使い、魔導結晶を動力源として使用している。

    観光用の飛空艇なので、比較的速度は遅く、9つのプロペラを回してゆっくりと天空を遊覧飛行していた。

     飛空艇のデッキに乗り出した2人は、蒼穹の風を浴びながら、景色を眺めている。

   空中浮遊大陸には森や山、草原が拡がり、大小幾つかの街並み、それに川や湖までが見える。

   深緑に包まれた空中浮遊大陸は、赤や青の色とりどりの草花が生茂り、森や山の樹木からも瑞々しい果物が実っている。

   草原では、遺伝子操作によって生まれたドラゴンが群れを作って走っていた。

  さらに飛空艇の側面を、翼竜が通り過ぎて行く。

     ちなみに、ドラゴンたちは品種改良で草食動物として生み出されているので、人間を襲うことはない。

 非常に大人しくソーサレスや人間によく懐く生物である。

「綺麗ね。まるで神話や伝承に出て来る、天界に浮かぶ理想郷の楽園のようね。」

 リカが風になびく長い髪を抑えながら、呟いた。

   「ええ、風も海も空も、森や山々も、精霊たちに祝福されている。きっといつかあなたと共にここを訪れたいと思っていたのよ」

  詩織が、リカの瞳を見つめながら言った。リカはその言葉に無言で答える。 


「この世界には、私の護りたい全てのものがあるわ。

    善良な人々、愛すべき民たち、

 そして大切で大好きな親友。」

 詩織が少し、照れて顔を赤らめる。



   「私は、この世界中の全ての人々が幸福で、慈愛に満ちていて、笑顔でいられる。

 そんな未来を作りたいの。


 私たち檻村は、アヴァロンの再臨を目指しているの。

    アヴァロンは、全ての人々が幸福で、平和で、争いのない理想郷の楽園だったと聞くわ。

    私たちは、この膨大な次元世界の集まる

 この全領域に、もう1つのアヴァロンを作り出したいの。」

   

   人々の幸福を望んでいる。

   詩織の夢見る未来、希望。

  詩織が自分の想いを言葉にしたのは、これで数回目だが、今回は以前と違って静粛で、静謐で、神聖な言葉に思えた。

    まるで天使の言葉を聖女が依代となって、語り継ぐような、そんな神々しさを感じる。

   そして、檻村の血統の一員としての、責任と覚悟も感じさせた。

   アヴァロンー

  遥か彼方の次元の深淵にある、今は滅亡したと言われている理想郷の楽園。

   檻村やアインクラッドを初めとする、プロメテウスの4大財閥は、アヴァロンの民と呼ばれるリョースアールブの血統だと言われている。

   連邦を壊滅させて、神々の血を引く選定者たる自分たちの手で、人類を支配したいのか?

   それとも、人類を滅亡させて、この次元世界にもう1つのアヴァロンを築き上げるつもりか?

  「 それはまた、気の遠くなるような話ね。

 宇宙の深淵を覗くような理想論だわ。」

   従来真面目な話が苦手なリカが憎まれ口を叩いた。

   日々の生存欲求や逸時の快楽のみを求め続ける凡庸な人間たちには、檻村の高尚な理念などは到底理解に及ばない。

   たが、詩織は、檻村は本気で考えているのだろう。

    「それでも、私たちは、必ずいつかそれを成し遂げる。たとえ、どれだけ時間がかかろうとも。」

 今の言葉は、自分自身への決意と意志が込められた言葉だったのだろう。

   そして、今のままでは、彼女は檻村に言いように利用される。


  

   暫く飛空艇が空港に到着した。

 飛空艇の空港は、昇降機のついた高い塔のような建築物の連絡橋で出来ている。

     そこに飛空艇が空中に浮遊したまま停泊している。

     2人は昇降機を降りると、この星の空中庭園に向かった。

 

「わーい。」

  リカが両手を拡げて、お花畑の中へ駆け出していく。

   仰向けで倒れて、お花畑の中に埋もれる。

   「もう、リカったら、はしたないわ」

  制服が土や泥まみれで薄汚れたリカに詩織が呆れ顔になる。

   「だってー。空中庭園ってまるでピクニックみたいで楽しいじゃない」

  「それは、そうだけど」

 「 こっちに来て、詩織」

  「どうしたのよ?」

  お花畑で膝を付いているリカの側へよると、腕を引っ張られてしゃがまされる。

  

  「はい、これ挙げる」

   そう言って、リカは何処からか光輝く青い液体の入った小瓶を二瓶取り出し、詩織に片方手渡す。

   「何これ?」

「香水よ、蜂蜜とブレッドレアの花のエキスを濃縮して作った物よ。

    これを周りに振り掛けて置くと蝶々が甘い香りに釣られて集まってくるわ。

    蝶の餌やりの時はとても便利だわ。

 お花畑に出掛けるときの必需品よ。」

 そう言ってリカは詩織の衣服や周りに香水を振りかける。


   「何?その、見たことも聞いたこともない謎の趣味は?蝶の餌やり?」

   詩織が怪訝そうな表情をする。

  そう言えば、この前連邦軍との戦いの最中そんな事いってた。

   

 「それにしてもいい景色よね」

 リカが、このお花畑から見える野山や小川、青空を見ながら言った。

   「そうね、私、リカとこうやって、ゆっくりと静かに、特に何もしないで一緒に過ごすの、大好きだわ。リカと2人で眺める景色は、私にとって夢心地よ」

   詩織が、リカを優しい瞳で見つめて言った。

   透き通ったリカの心が、お花畑の色彩で溶けていく。

   この娘、なんて恥ずかしいこと言ってんのよ。

   「そ、そう」

「あっ、リカ、ここに来る前、私に何か話が有るって言ってたけど、何?」

「えっ、うううん、何にもないわ。それはもういいのよ」

 ー敵の生命を撃てるようになりなさい。

 そんな物騒な事、言える雰囲気じゃない。

 リカは咄嗟に誤魔化した。

「変なリカ」

 あはははは リカが笑って誤魔化す。

「ところでリカ。はい。」

 そう言って詩織が、ケースを取り出して蓋をあける。

  「えっ?」

「サンドイッチよ。今日早起きして作ってきたの。リカの好きな苺野菜もあるわ。」

 苺野菜とは、トマトとレタスの挟んだ普通のトマトサンドイッチに苺を挟んだものだ。

  「そう、ありがとう。いただくわ。」

「あっ、そうそう、こっちの、卵サンドもお勧めよ。

  マヨネーズの変わりに、トマトソースをかけているから、カロリーも控えめよ。

 リカは、美容に気を付けてるものね」

「色々と私のこと、理解してくれてるのね。

 それじゃあ、この卵サンドも頂くわ」

 そういって、苺野菜を食べ終えたリカが、今度は卵サンドを口に頬張る。

  ガリッ

  大量の卵の殻が割れる音がする。

  「し、詩織、卵の殻は、ちゃんと剥いてね。」

 リカが笑顔のまま詩織に促す。

「リ、リカは、カルシウムが不足してると思って、わざと残しておいたの」

  以外に負けず嫌いな詩織が、とんでもない言い訳をする。

   一筋の冷や汗が流れ落ちるのにリカは気がついた。

   「それにしても、本当にいい天気ね。日差しが優しい。

 空気も綺麗だし、そよ風が心地いいわ。」

「そうね、リカ」

「いっそ、この星を買い取りましょうか?

 この星に、別荘でもたてて、1年の半分くらいは、ここで過ごしましょう。

  「それもいいわね。」

 そのためには、一刻も早く世界を平和にしなければならない。       

   「あっ、最後の一枚だわね。詩織、食べてもいい?」

 「ええ、リカの大好きな苺ミックスだし、食べてもいいわよ。」

  苺ミックスとは、リカが発案した苺とトマトとスイカをミックスした、別名、甘紅スペシャルである。

  「そう、それじゃ、遠慮なく頂くわ。」

 そう言って、リカは最後の1枚を半分口の中にいれる。 

   ちなみに、種無しスイカを使用するので、卵サンドのように歯を痛めることはない。

   「はい、詩織、口をあけて、あーん」

  そう言って、半分噛りかけの苺サンドを詩織の口許に差し出す。

 「えっ?いいの?リカ。」

「ええ、勿論よ、2人で食べたほうが美味しいでしょ?」

「それじゃ、いただきます。」

 そう言って、詩織が苺サンドを頬張る。

  「美味しい」

 「自分で作って自分で美味しいって、凄い自画自賛だわよ」

  「違うわ、リカに食べさせて貰ったから美味しいのよ」

 詩織が笑顔を溢しながら言った。

  「なっ、何言ってるのよ。」

 リカがイチゴとスイカ以上に、顔を赤くして照れた。

  「ところでリカ、何か様子がおかしくない?」

  「えっ?」

 そう言われてみれば、2人の周囲に数百匹の蝶々が集まってきていた。

  そのうちの1匹がリカの頭に止まる。

  蜂蜜の匂いを嗅ぎ付けた蝶々たちが、一斉に群れを作って飛んできたのだ。

 「もう、いっぱい集まってきたじゃないの」

  そう言って詩織が苦情を言う。

  

  


 b plan

 「どうだった? この前渡した情報は?」

    とある標準世界の都市の、駅ターミナル近くのビルの屋上で、リカとレイナ、2人のソーサレスは会っていた。

  

 レイナ・ヘンゼルセン

 以前、フューリズとの戦いに意識を集中しているリカを、氷の矢のソーサリーで狙撃して詩織を負傷させた連邦軍のソーサレスである。

  pvamwjm@

 そうである。今回のレイナは、もう1つの顔、神崎アイナとしてではなく、鮮血の魔女であるレイナ・ヘンゼルセンとして、リカに会いに来ていた。

    顔色1つ変えず、冷静にリカの心理を観察している。

  もちろんリカは、レイナの正体がこの前合った神崎アイナだとは気づいていない。

   夢にも思っていない。

   

  リカの言う情報とは、プロメテウスの

 最高機密情報のことである。

    プロメテウスの浮遊要塞の配置されている次元世界と位置、ソーサレスの編成と

 能力値などが入力された極秘ファイルである。

  「非常に役にたったわ

 これでハーディアやミッドガルに続き

 、3つ目の浮遊要塞を陥落出来たわ

  本当にありがとう」

  

「それはよかったわ

 危険を承知でプロメテウスのメインコンピュータをハッキングした甲斐があったわ」

 

  「それにしても あなたが檻村に潜伏しているスパイだったとわね

   驚いたわ。

    この前は御免なさいね。

    貴女を狙撃して、大切なパートナーを負傷させてしまって」

  「 別に気にしてないわ」

「そう」

 レイナとはお互い過去に因縁のある相手だが、少し前まで敵対関係にあるとは思えない程、スムーズに会話と取引が進行していく。

  リカもレイナも、互いに自己の利益のみしか求めてはいないため、私怨を挟むことがないからだ。


「それで  今日は 何のご用かしら?

  新しい情報でも手に入ったのかしら?」

   「それ何だけど  実は 折り入って貴女にお願いがあるのよ?」

    「お願い?」

 「そう、貴女に、檻村深雪を撃つのを手伝って欲しいのよ」

 連邦政府に、プロメテウスの機密情報を売り渡した。

   空中浮遊要塞の位置、その要塞を守護するソーサレスたちの能力と性能、編成、戦力の配置図。

    彼らが自身が送り込んだ内偵からの情報と照合すれば、この機密情報が真実であると確信するだろう。

    そうすれば、連邦政府は千載一遇の機会だとばかりに、プロメテウスへ総攻撃を仕掛けるはずだ。

    常時戦略と情報が筒抜けのプロメテウスは苦戦を強いられ、窮地に追い込まれる。

    そうすれば、後方で待機している

 檻村の闇の支配者、檻村深雪が最前線に姿を現す

 はずだ。

 檻村深雪は、私のことを疑念疑惑の目で見ている。

   このままでは、いずれはこちらの素性や正体がバレるのも時間の問題だろう。

    ならば、もう、少し早いが計画を前倒しにして、あの聖天使を、いや、紫銀の悪魔を撃とう。

   1対1ではあの女には勝てない。

  いや今の段階では、フォルセティーの全戦力を投入しても、あの悪魔には勝てないだろう。

   だが、連邦軍の戦略級ソーサレス、精鋭中の超精鋭の機動部隊、暗殺部隊などを駆使して、私たちの精鋭部隊とともに背後から襲撃できればどうだろう。

    1体1で勝てなくても、多数対1に持ち込めればいいのだ。

    あと気がかりなのは、檻村深雪を撃つための最強のカード、檻村詩織をまだ完全には懐柔しきれていない事だ。

 そして、まだ完全には覚醒しきれていない。

   果たして、今の状態で、彼女を檻村深雪から引き剥がし、こちらに着けることが出来るだろうか?

   深雪と対峙する事になった時、果たして彼女はこちらに着くだろうか?




   誰かに見られている気がする。

 誰かに付けられている気がする。

 檻村の放った刺客に、観察されている気がする。

 全部それらは自分の被害妄想だと分かっている。


 でも気になる。

 戦うのが心底怖い。

 死ぬのが怖い。

 そして、あの娘に嫌われるのが怖い。


 今まで、こんな事、感じなかったのに。


 一体私はどうしてしまったんだろう。

     

   今日、夜の0時を過ぎていた。

  実際には日付けが変わってもう今日ではない。

   リカが帰ってこない。

  詩織は心配していた。

  電話をかけると、今日遅くなると言ってたが、それでも少し心配だ。

   リカは今何をしているのだろう。

   男性とデートに出掛けているとかなら、

 まだいいのだが、でもひょっとしたら、敵対勢力のソーサレスに襲撃されているのではないのか?

   そんな可能性低いのに。

   少しすると、ドアのロックが解除された。

   慌ててドアの方へと向かっていく。

   「 リカ、お帰りなさい、遅かったね 」

 するとそこには、雨でずぶ濡れになったリカが立っていた。

   濡れた髪からは、雨粒が滴り落ちている。

   制服が濡れて、下着が透けて見えている。

 リカは俯き、今にも泣きそうな顔で、床を見つめている。

  「 どうしたの、リカ!?今、タオルを持ってくるわ」

  詩織が後ろを振り返り、リビングに行こうとすると、リカが詩織の左手首を摑んだ。

   そして、もう一度自分の方に向かせると、

 詩織が濡れるのも構わず彼女を抱きしめた。

    リカの濡れた身体から体温が伝わってくる。

   心臓の鼓動音が聞こえてくる。

   

「  ちょ、ちょっとリカ?」

  詩織が少し動揺する。

  リカの様子が変だ。

  何があったのだろう。何か悲しい事があったのだろうか?

   


  「もうすぐ 、 連邦とプロメテウスが全面戦争になる。

  そして、今度の戦いでは、大勢の人たちが死ぬわ。

   今までになく、過酷で、熾烈を極めた

 戦いになる。

  そんな事、はじめから解っていたことなのに。」

   リカが急に弱気な言葉を言い始めた。

   今まで張り詰めた緊張の糸がついに切れたのだろうか。

 心の奥底に隠れていた不安や心配が、壊れた防波堤のように一気に流れ込んできたのだろうか?

    


「詩織、正直、私は今、戦うのが怖いわ

  死ぬのが怖いわ。

  そして、あなたに全てを知られることが、

  私の真の姿を知られる事が怖いわ。

   今まで こんな事はなかったのに。」

  今までリカは、戦いの中でも冷静で、冷徹鋭利で、そして百戦錬磨の戦士だった。

  そんな彼女が、今は取り乱し、動揺し、

 まるで幼い子供のように怯えている。

    知られると怖い真の姿とは、

 弱い自分だろうか?それとも?

   

  「 リカー」


 「ねえ、詩織。私は、いったいどうしたらいいの?

   生命をかけて、誰かを守る為に戦えばいいの?

  それとも、全てを捨てて、逃げだせばいいの?」

  リカが、答えの出るはずが無い無理な問いかけをする。


「リカ、別にあなたは戦わなくても、逃げなくても、どちらも選ばなくてもいいのよ。

 大丈夫、あなたの事は、何があっても、私が必ず護るから。私があなたを、救ってみせる。たから、心配しないで」

   そう言って、詩織はリカを強く抱きしめる。

    詩織、彼女は何て、優しくて、頼もしいのだろう。

   彼女になら、全てを委ねられる。

   そして、そんな彼女を、裏切る事になるかもしれない。

   その複雑な感情の天秤の間で、リカの心は揺らいでいた。






    




   


  








    





















   

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