第3話 神界の女神

   後方から、フューリズ(悪魔精霊)の咆哮が響き渡る。


   跳躍して、襲い掛かってくるそれは、4足歩行で頭部に白い舞踏会の仮面のような何かを付けている。


   人の顔をしてるのはあくまでも擬態で、人の意識をそこに集中させて恐怖させるためだけのものだ。


   ウァラク 型k25fw


   魔界からの使者のようであり、機械と生物の融合体でもある。


   フューリズ(悪魔精霊)は地響きをあげて着地すると、背中が隆起して猛烈な勢いで、鋭利な刃物のような、8本の触手を伸長させる。


    超高速で振り回し、次々と超高層ビルを切断する。


    リカと詩織はライトレール・アクセル(高速電磁波移動)を詠唱して触手をかわす。


      リカはすぐさまホーリネス・リンケージレイ(聖炎の烈光)を発射し、詩織はフローズン・アロー(冷凍の氷柱)を発射する。


   ホーリネス・リンケージレイ(聖炎の烈光)はフューリズ(悪魔精霊)に炸裂して爆発するも、僅かに亀裂を作っただけである。


   フローズン・アロー(冷凍の氷柱)は、フューリズ(悪魔精霊)に突き刺さるが、沸騰する高熱の血液で溶解して、その傷口もすぐに再生してしまう。


     


    「駄目よ。ダメージを与えることができないわ」


    リカが早々に見切りを付けた。


   超高速で振り回される触手に、2人は剣とナイフで迎撃して、駆け抜けて跳躍して回避するのが精一杯だ。


    逃げようとすれば猛スピードで追いかけてくる。


   巨体の割には素早い。


   いつしか2人は防戦一方に追い込まれた。


  「 このままでは、拉致が飽かないわ。


 詩織、5秒だけ時間を頂戴」


  「5秒って、最低ランクの魔導力のあなたには宝の持ち腐れよ。


 あんな蝶々のような脆弱なソーサリーで、いったい何ができるっていうのよ」


  


 詩織が口を歪めて怪訝そうな顔をするが、リカは立ち止まりソーサリーを詠唱し始めた。


   「ちっ、あなたはいつも、自分勝手でワガママなのよ。私のことなんか考えないで、いつも振り回してばかりで」


  


 背中の8本の触手に加えて、舞踏会の仮面が割れ、そこからさらにもう一本触手が発射される。





   詩織は愚痴を言いながらも、リカの前方に立ち塞がって、盾となって2刀流のナイフで触手を次々と弾き飛ばして、散らして、迎撃していく。


 


   火花が散り、ナイフが2本とも砕け折れてしまう。


   


    詩織は自分の左手を鉱物の結晶で凍結させて、背中の触手の最後の一本を素手で払いのける。


 


    


    だが、仮面から飛び出した隠し触手が詩織の死角を突き、弧を描く軌道で背後に周り込んで直接リカに襲い掛かる。


  詩織は聖銀の鞭を精製すると、リカの腕に巻き付け、強引に引き寄せる。


   触手が空をきり、超高層ビルが真っ二つになって落下してくる。


    





 リカの身体が強烈に発光した。


  ついにソーサリー(降魔術)の詠唱が完了したのだ。


  前方につきだした左手の指先から、4枚に重なる降魔陣が5箇所出現し、時計仕掛けの歯車のように連動する。





  


   「聖炎の流星群(ホーリネス・リンケージ・シューティング・レイ)!!」





    降魔陣からホーリネス・リンケージレイ(聖炎の烈光)が連続して次々と発射される。


   超高速 超短縮 詠唱で、その名の通り銀河を駆け巡る流星群のように、連続して次々と発射される。


    2、3、4、5、6、7、8発目





  ホーリネス・リンケージレイ(聖炎の烈光)は全弾フューリズ(悪魔精霊)に炸裂し、連鎖反応を起こして爆発する。


 


  フューリズ(悪魔精霊)は後方へ吹き飛ばされて転倒するが、外観を観察しても、体内を循環する魔導力を感知しても、ダメージが感じられない。





 リカは元々の魔導力の内容量が低いので、何発も撃つことができても一発一発の威力が小さいのだ。


 つまり、蛇口からでる水の量はいつも一定。





  


   「いつもと変わらないわね。何が違うのかしら?」


 詩織が怪訝そうな瞳でリカを睨む。


  「まだまだ!!」


 リカはさらに、継続してホーリネス・リンケージレイ(聖炎の烈光)を発射し続ける。


   9、10、11、12、13、14発目


  


  烈光のシャワーが水滴のように弾け散り、フューリズ(悪魔精霊)は灼熱の聖炎に包まれる。





   フューリズ(悪魔精霊)は連続して吹き飛ばされ、そして、ダメージを受けないまま後方にある溶岩の中へ転落した。


  キシャアアァア


  





   フューリズ(悪魔精霊)は咆哮をあげながらもがき苦しみ、火山口から脱出しようとするが、時すでに遅く、底無し沼のように沈んでいく。


「やったわ!!リカ」


 詩織が歓喜する。


「ええ、当然よ!!」


 リカが魔導力の消耗と疲労の極致でふらつきながら言った。





  キュイイーン


  再び次元空間が歪曲し、天地が回転して、強制的に次元転移させられる。


  


   気がつくと、そこはもといた場所の檻村の宮殿の詩織の部屋のバルコニーだった。


     


   


「成長したわね。詩織。それから、あなたの戦い方、見せてもらったわよ。冬河リカさん。」


   不意に、背後から、透き通るような女性の声がした。


    冷や汗が流れ、心臓の鼓動が急速に速まる。


    さっきまで戦っていたフューリズ(悪魔精霊)がまるで子猫のようにすら感じる。


   いま、自分の背後には、本物の悪魔が立っている。


   落ち着け、冷静になって、ゆっくりと振り返るんだ。


   自分の心の旋律を、この悪魔に悟られてはならない。


  ソーサレス・シンフォニー(魔女の旋律)を調整して、動揺や思念を感知されないようにしなければ。


    リカはゆっくりと、振り返る。


  そこには、巨大な天空浮遊要塞を背景にした、女神のように美しい女性がいた。


   長い紫銀色の髪。


 そして、見つめるだけで溶かされるような同じく紫銀の瞳。


   


  そう、彼女が邪悪なる檻村財閥の有力後継者候補の1人。


 聖天使 檻村深雪。


  








   「ごめんなさい。冬河さん、試すような真似しちゃって、でも、それでも、どうしても、知りたかったの。


   詩織がどんな娘をパートナーに選んだのか?だって、大切な私の義妹だから」


  そう言って、深雪が詩織に優しい眼差しを向ける。


   「深雪お姉様」


  詩織が顔を赤らめる。


  どうやら詩織は、この女に深く心酔している様子だった。


  内心、リカは歯噛みする。


   養子で末っ子の檻村詩織に優しくするなど、どういうつもりだろう?


    私と同じように利用するつもりか?


    それとも、罪悪感からか?


    








   


 Pamj





   深雪とリカは、バルコニーのテーブルを挟んで向かい合って座っていた。


  詩織は、紅茶を沸かしに行っている。


   ある意味、檻村の血統と初めて対峙する。


   リカにとって、願望を叶えるための最大の危機である。


   


   


「詩織が初めてパートナーが出来たって聞いた時には、驚いたわ。


 詩織は、融通が聞かなくて、頑固で偏屈な娘だから。」


  深雪が、物腰柔らかに、穏やかな口調でいった。


  深雪は、詩織がなぜ心を閉ざしていたのか、そのことには直接触れなかった。


  


「だから、どんなソーサレス(魔詠姫)なのか、凄く気になったわ。


  きっと、冷酷で冷徹鋭利な魔女なのだろうと。でも、実際に会ってみて、話してみて、以外に普通の娘だったわ。」


   檻村の血統とのパートナーを自ら希望するソーサレスは、自分の能力に自信があり、かつ非常に高い意識を持っている。


   勝利への強い執念を持ち、飽く無き自己の研鑽を行っている。それが冷徹鋭利な感覚を磨くのだろう。





   


   


   


   「たいしたソーサレス(魔詠姫)でなくて、申し訳ありませんでした。」


 リカは気弱で淑女たる装いで謝罪してみせる。


 「いいのよ。気にしなくても。


 でも、あの娘って、過去に、幼少期とかにいろいろあったのよ。


 だから、人間不審っていうわけでは無いんだけど、対人関係に酷く臆病になっているのよ。」


 ーやっぱりそうか。


 リカは詩織と出会って最初の頃を思い出した。


  彼女はリカを拒絶し、頑なに心を閉ざしていた。


 詩織の過去に一体何があったのだろうか?


「あなたが、どうやってあの娘の心の扉を開いたのか、とても気になるわ」


「いいえ、別に、特に何もしてません。


 ただ、映画やカラオケに行って、遊園地で遊んだ事くらいですから」


  


「そう」


 深雪は、眼差しこそ優しげだが、今も


 こちらの心の中を覗き込んでいる。


   「でも、それだとなおいっそう、不思議だわ。」





「どうしてですか?」





「あなたのほうから、詩織のパートナーに立候補したんでしょ。


  普通、檻村の人間とは、かかわり合いに成りたくないはずですもの。


  しかも、一緒に戦う事になるとしたら、やりにくいでしょう。


 よっぽど権力や名声や財産が欲しいって言う、野心家は別にして、あなたは、そういう種類の人間には、見えないですもの。


   もっと清楚で、貞淑で、詩織とは違った意味で人間関係にも臆病な、気弱で繊細な娘に見えるんだもの。」


  これは、リカが清楚で気弱な淑女を演じているからではない。


   リカ自身が持っている性格の本質を見抜かれているからだ。


 その人間の本質は、思念の波長を見れば、つまり旋律(   シンフォニー)を聞けば解る。


   臆病な性格も繊細な心も、魂の中枢部から奏でる旋律の音色で隠し通す事はできない。


   


 「そうでしょうか?」


  そう、ほんの少し、油断したら、深雪は疑念疑惑の目を向けて追及してくる。


   いや、最初から常時、こちらの事を完全に信用してはいないのだろう。


   こちらの動揺を誘おうと、揺さぶりをかけてくる。


   


「だって、檻村の人間に大怪我でもさせたら、一大事でしょう。


 でもあなたは、その檻村のお姫様に、遠慮せずに自分の盾になってくれと頼んだ。


 自分の事を護らせて、自分自身が主役になって、お姫様に補佐役を任せてみせた。


  檻村の後継者候補を、対等な立場として、遠慮せずに、お願いしたのよ。」


「それは、買い被りすぎですよ」


 リカは冷や汗をかきながら答えた。


 リカは動揺を隠せない。


 心の旋律に大きな乱れが出ている。


 深雪も、そのことには気がついている。


 だが、これは自然な反応だろう。


  これではまるで、詩織のことを邪険に扱うなとか、もう少し遠慮して彼女の身の安全を最優先しろとか、暗黙のうちに要求されているようなものだからだ。


   だがしかし、これこそが深雪の仕掛けた恐ろしい罠なのだ。


   なぜなら、ここでもし、リカが精神の波長を乱さずに、冷静沈着で居続ければ、それこそがリカが心に仮面を付けて潜伏してきているという証拠になるからだ。 


  「しかも、それだけじゃない。フューリズ(悪魔精霊)の触手の刃がこの身に迫った際、あなたは全く動じずに、詩織を信頼してソーサリーを詠唱し続けたわ。


   あの娘のナイフが両方砕け散った状態で、あなたは、生命をかけて、詩織に全幅の信頼をよせて、任せてくれたわ。


   あの娘、言葉では言い表せないほど、嬉しかったでしょうね。


    どうして、そこまでできるのかしら?」


  「それはー」


  それは、リカ自身にも、明確にはよくわからない。


   彼女を成長させるためには、これぐらいの危機くらいは、乗り越えさせなければならないからか。


   


   詩織は自分の命よりも、かけ代えのない友情を大切にする。


   友人の命を守ることを、最優先にする。


   詩織にとっての絶体絶命の窮地はリカが殺されることである。


   その窮地を脱出させることで、詩織をソーサレスとしても、戦士としても、成長させたかったのだ。


   そのためには、自分も命を落とすような危険を犯す覚悟ができている。


   その最終的にある目的とは、連邦を壊滅させることか?プロメテウスを崩壊させることか?


 この女を含めた檻村の血統を抹消させることか?


    あるいは?


「お待たせしました。お姉様。」


 詩織がテーブルの上にティーカップを置いて、紅茶を注ぎ始めた。


  「ありがとう。詩織」


  深雪が礼を言うと、カップを一口つけた。


「それじゃあ、もうそろそろ、帰らせて貰おうかしら。」


 深雪が立ち上がる。


  「ええっ、もうですか?」


 詩織が残念がる。


  「ええ、もう少し、貴女たちとお話がしたいけど、今日はあまり時間がないのよ。


   それに、大好きなお友達と、折角故郷に帰ってきたんでしょう。


   この星の事を、もっとお友達に紹介して差し上げて、ゆっくりと、お二人で楽しんで行って頂戴」


 そういって、深雪はリカに優しく微笑みかける。


   リカにはそれがなにか意味深に思えたのは気のせいだろうか?








   


  








    

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