第2話 聖域の宮殿
授業を終えた放課後、リカと詩織はフィレージアという次元世界に転移して来た。
フィレージアは先のエインヘルムでの戦いで活躍したリカたちの、新しい転属先である。
要塞を統括する司令官の挨拶を終えたあと、詩織はアミュレットの調整のために
魔導装置制御管理機構の公舎へと向かって行った。
リカも一緒に調整しましょうと詩織は誘ったが、リカは海辺の景色が見たいからと言って断った。
檻村財閥の人間は、基本的にアミュレットの調整を、檻村の管轄区域で従事する専属の魔導装置制御管理師に行ってもらう。
今日は、転属初日ということもあり、
檻村財閥のほうから専属の制御管理師がフィレージアに派遣されて来ていた。
リカは将来の宿敵になりえる檻村に、自身の分身であるアミュレットのデーターを見られたくなかったのである。
優しい日差しに包まれた午後の木漏れ日の中、冬河リカは、海辺にある空中庭園を1人で歩いていた。
深緑が優しい日差しを浴びてキラキラと輝き、美しい赤や青、白い花々が色とりどりに咲いている。
そしてこの、丘の上から見える海は、
楽園都市とともに空中に浮遊する天空を流れる海である。
最先端の魔導技術によって生み出された反重力装置が、地上の海を逆流させ、巨大なポンプのように循環させているのである。
景色は綺麗だけど。
何かが物足りない。
それはきっと、彼女がいないからだ。
檻村詩織。
彼女の存在が、リカの中で大きくなってきている。
彼女とほんの少し離れているだけで、
寂しい。
もう、独り身の寂しさなど、とっくに感じなくなってきたはずなのに。
初めは利用するために、彼女に近づいたはずだった。
でも今では、彼女の事が深く気になってしまう。
一瞬、背後から凍りつく様な感覚と戦慄が走る。
時間が停止して、波の音や鳥の鳴き声など外界の音が遮断され、魔女の旋律が潜在意識の中へと流れ込んでくる。
「えっ?」
背後を振り返ると、 流れるような
一陣の風が吹き抜けていった。
旋律のような風の音色が聞こえ、時間がスローモーションのように流れていく。
彼女の黒い髪が風になびき、制服がひらひらと揺らめいた。
振り返った彼女の横顔を見た瞬間、
神崎アイナはハッと息を飲む。
そして、何よりも大切だった親友の面影を見た。
かけがえのない、たった一人の親友。
「きゃっ」
リカはとっさに、髪を手で抑えようとする。
リボンが風に吹かれてパラリとほどけて飛ばされてしまう。
リボンは宙を舞い、海に落ちて流されてしまう。
リカは柵に捕まって海を見下ろしていた。
「あああー」
お気に入りだったのに。
「うふふっ、可愛いリボン、波にさらわれちゃったわね」
そして、再び背後を見ると、そこには、
聖天使のように美しい少女が立っていた。
リカより1つ上くらいか、教育機関の制服を着た少し大人びた感じの少女だ。
心の片隅で、見覚えがあるが、何処かで出会ったことがあったかしら?
「 素敵なお花畑でしょ? 海も透き通っていて綺麗だわ。」
アイナが笑顔を浮かべて言った。
「ええ、そうですね。風がとても気持ちいいわ。」
リカが物腰柔らかな態度で答えた。
「 貴女は、もしかして、冬河リカさんでしょう?
知ってるわよ。あなた、エインヘルムでは有名人だから。
あの、檻村財閥のお姫様のパートナーにして、恋人の、冬河リカさん。」
「それはどうも、お騒がせして申し訳ございません」
リカが、苦笑いをして誤った。
その話には、触れて欲しくない。
早速もう、この次元世界から逃げ出したくなった。
「 うふふっ、冗談よ 」
アイナがはにかむ。
「あの、私も、貴女のこと、何処かでお会いしたと思うんですけど、失礼ですけどどなたでしたっけ?」
「 いいえ、私達が直接会うのは、今日が 最初よ。
初めまして、私は神崎アイナ。
よろしくお願いね」
「 神崎アイナ、あの、メレデイムの神崎アイナさんですか?」
メレデイムの神崎アイナ、この近隣の次元領域ではかなり有名なソーサレスだ。
リカたちのように、スキャンダルや家柄だけで有名人になった訳ではなく、正真正銘の実力と能力で実績を挙げた楽園の守護者である。
たしか、ネットでインタビューを受けているのを聞いたことがある。
「ええ、メレデイムでは、プロメテウスの特殊部隊の上級ソーサレスをしていたわ。
1年前、フューリズとの戦闘中に事故に会ってからは、退任して、現在はフィレージアの魔工制御養成機関高等科に通っているわ。
こんなところで、優秀なソーサレスの貴女に会えて、感激だわ」
「あなたほどの実績があり有能なソーサレスに賞賛して貰えるなんて、こちらの方こそ感激です。
あの、お時間ありましたら、少し歩きませんか?」
アイナはエインヘルム近隣の次元世界では、優秀でリカ以上に経験豊富なソーサレスである。
退任したとはいえその彼女とせっかく出会えたのだ。
この機会を逃したくない。
彼女から何を聞こうか?
何を教えてもらおうか?
でもまさか、直接 プロメテウスを壊滅状態にまで追い込む方法とかを訊ねる訳にはいかないし。
どうしようか?
そうやってリカが頭の中を高速回転させる。
リカが何を話せばいいか会話の取っ掛かりを探っていると、彼女が苦悩していることに勘付いたアイナが気を作って質問してきてくれた。
「冬河さん、貴女って、大人しそうで 気が弱そうな、普通のお嬢様って感じよね。
とても、戦いに向いてるタイプには見えないわ。
貴女のパートナーの檻村のご令嬢。
あの娘の方がまだ戦いに向いてそうなタイプだわ。
聡明で、意思が強そうで、神聖で凛とした輝きがあって。
それなのにどうして、ソーサレスに、しかも特に危険な最前線の襲撃専門のソーサレスに成ろうと思ったの?」
そういえば、以前詩織にこんな質問をした気がする。
「私は別に、ただ何となくですよ。
ほかに得意なこともないし、出来ることもないから。
特に理由とか意味はないです。」
リカが素っ気なく答える。
まさか、世界を破滅させて道連れにするとか、絶望感から逃れるためとか、そんな事を言えるわけない。
「そう」
「あなたは?」
そう言ってリカは口籠る。
事故でソーサレスとしての機能を失しなった人間に、いまさら何故ソーサレスになったのか?という質問は残酷だし意味がない。
強いてするべき問いかけは、なぜ、いまでもソーサリーやソーサレスたちの戦闘に関わろうとしているのか?が最適だ。
それでもリカは、彼女のように優秀だったソーサレスの魂の本質ともいえる動機が知りたかった。
「 私も、貴女と似たようなものよ。
ソーサレスになった理由は、ただ周りの大人たちや組織の人間に求められていたから。
自分の意思でソーサレスになったのかどうかも解らないわ。
それでも、ソーサレスとしての戦いを続けるうちに、他者を救済する喜びやソーサレスとしての使命感が芽生えた。
そして、共に戦う盟友との間に友情が生まれ、護るべきものができたの。
今でもその気持ちは変わらないわ。」
「神崎さん、ソーサレスとしての使命感や目的を見失った時には、どうしたらいいんですか?」
リカのソーサレスとしての使命や目的とは、フューリズを駆逐するためではなく敵対する組織のソーサレスや偽りの同胞たちを抹殺することである。
リカはその邪悪なる悪魔の使命を見失った訳ではなかったが、プロメテウスに来てから次第に僅かながら躊躇や迷いを感じている自分に戸惑いを覚えていた。
だからこの質問は、正確ではないかもしれないがあながち的外れでもなかった。
「 まず、自分が今どうしたいのか考えることね。
そして、身近な人や親しい人、周りの人たちを護ることを最優先にすることよ。
特に、共に戦う貴女の盟友のために、何が出来るのか考える事ね。」
「それって、詩織のことですよね?」
「ええ」
先日、詩織が味方に扮した魔女に刺されたことを思い出した。
リカが思い詰めたように怪訝そうな表情をする。
「 どうしたの?彼女と上手くいってないの?」
リカは黙って頷く。
「 彼女は、現実を理解しないで、夢ばかり見ている。
正義感がどうとか慈善心がどうとか、そんな綺麗事ばかり言っている。
彼女は頑固で、潔癖症で、意固地で、自分がいつも正しいと思い込んでいる。
生粋の偽善者なんです。」
リカは気持ちを抑えているが、少し怒りの感情を現しながら盟友について語った。
「私は彼女のそういう所が大嫌いで、
ほっといても良いんですけど、馬鹿は死ななきゃ治らないっていうけど、本当に死んじゃったら、現実を理解出来ないし、馬鹿なまんまだから、私が守ってやって、戦い方とか
ソーサレスの流儀とか不文律とか、色々教えてやって、導いてやらないといけない。
あーあ、面倒くさい。」
リカの口調が、早口で雄弁になる。
自分の事を話すときは、機械的に冷淡に話していたのに、友達のことに関して良くも悪くも情熱的になっている。
アイナは笑みをこぼした。
「しかもそれだけじゃないわ、短気で怒りっぽくて、大人しそうにみえて見かけによらず凶暴で、陰湿で、しかもいつまでも根に持つ。
でも一人だと、危なっかしいから、面倒見てやらなきゃいけない。
彼女はとんだお荷物だわ。
早く、現実に目覚めて、私の役にたってくれないかな。」
「 うふふ、あなたはその娘のことが、
大好きなのね。」
リカの言葉使いは悪かったが、彼女の詩織に対する情熱的で純粋で複雑な気持ちは良く伝わってきた。
おそらく、檻村が先日の真紅のソーサレスに罠に嵌められて刺されたことを、彼女に咎めた際に喧嘩になったのだろう。
「 そ、そんなことないです!!」
リカが強い口調で否定する。
「でも、貴女は彼女のことが、嫌いじゃ無いんでしょう。
自分の好きな人や大切な友達がいる事は、素晴らしい事だわ。
正直、羨ましいわ。」
リカは沈黙する。
アイナはその沈黙を肯定していると受け取った。
「 だったら、そんな事言わないで、今まで以上に、彼女と一緒にいる時間を、大切に過ごす事ね。」
アイナは、リカに優しい言葉をかける。
アイナにも、彼女のように自分の事を気にかけてくれる親友がいた。
冬河と檻村、まるでこの2人は、昔の自分たちを見ているようだ。
「それじゃあ今日は、これくらいにしておきましょう。」
アイナが、数10メートル先から親友の元へ駆け足で近づいてくる詩織の存在を察知して、会話を突然切り上げた。
「えっ、もう終わりですか?
また、会って貰え」
ますか?と言う前に、アイナがリカのアミュレットに思考操作でメールを転送した。
レンズ型コンピューターの画面に、アイナのプロフィールが出現する。
「ここに、いたの。リカ」
リカは背後から声を掛けた詩織を見る。
「あっ、詩織。良いところに来た。
こちらにいるのは」
リカがアイナを紹介しようと再び彼女の方を見ると、アイナはすでに姿を消していた。
ビルの路地裏に身を潜めながら、神崎アイナ は戸惑っていた。
彼女に、冬河リカに最愛の親友の面影を見たこと。
彼女の相談に乗り、親友との関係を応援してやった。
辛うじて平静を保ち、彼女を心理的に操作し、罠に引き込むことには成功した。
だが、それは、自分の本心なのか?
そして、 神崎アイナは容姿を変化させるソーサリーを詠唱し、再び偽りの仮面を着ける。
いや、こちらが本物の自分なのか。
冷徹営利な真紅の魔女、レイナ ヘンゼルセンにー
次の日、2人は、空中浮遊大陸と離島をつなぐ、ループ橋を歩いていた。
たわいのない会話を続けながら、詩織の故郷の邸宅である檻村の宮殿へとたどりついた。
檻村の宮殿は人類の最先端技術と超高度な魔導技術が融合して生まれた、水晶と白銀のセラミックが組合わさったような神の城だった。
詩織の部屋に入ると、ベッドが2つ並んでいる。
「むひゅー」
へんな擬音を発して、リカが両手を伸ばしたまま顔から毛布に倒れ込んでうずくまった。
「ああ、疲れた~」
リカが仰向けに反転してため息を漏らした。
詩織はクローゼットを開くとゆっくりと魔導服を脱いで着替え始める。
「リカ、あなた今日は何にもしてないでしょう」
最近リカがしたことと言えば、謎の恋愛感を語ったことくらいである。
「ねえ、詩織?あなたはどうして、急に故郷になんて帰りたくなったの?
ホームシックか何か?」
「うん、それもあるけど、リカ、あなたに会わせたい人がいるの?」
その言葉にリカが反応して上体を起こす。
「誰よ?」
「 私の義姉の1人、深雪お姉さま。」
詩織の義姉、その言葉を聞いて、リカの魂に戦慄と恐怖がはしる。
背筋が凍りつき、冷や汗が流れ落ちる。
今、現時点であの女と対峙するのは不味すぎる。
こちらの胸のうちを、読まれてしまうかもしれない。
こちらの策謀、計画、詩織を利用し、姉妹同士で戦わせて檻村を打倒しようとしていること。
「 詩織の、義姉 ? 」
リカは、少し震える声を抑制しながら、詩織に問いかける。
「 うん、深雪お姉様は、とくに優しくて、清廉潔白で礼儀正しく、私に対して仲良くしてくださったの。
私に、はじめてソーサリー(降魔術)や剣術を教えて下さったのも、深雪お姉さまなの。」
「 詩織に、ソーサリー(降魔術)を?」
それは、以外だった。檻村の義姉自らが、直々に自分の義妹に教育を施すとは。
詩織にソーサリー(降魔術)を教えたということは、詩織の戦闘に対する根幹を、理念を、骨針を知っているということ。
詩織にとっては、最大の脅威になるだろう。
「 私にパートナーが出来たって聞いたら、御姉様、驚いていらっしゃったわ
ぜひ、一度会ってみたいって」
「 そう、私も、会いたいわ」
リカが、詩織に本心を気取られないように強がりを言う。
なぜ、私に会いたいのだろう。
純粋に、興味本意なのか?
いや、ちがう。檻村の血統がそんな下らないことに時間をかけたりはしない。
恐らく、私が自分の妹の、パートナーにふさわしいかどうか面談する気だ。
「御姉様は私のこと、ほかになにか言ってた? 」
「そうね、思ってたよりも、普通の経歴の持ち主だとかいってたわ 」
詩織の義姉は、深雪は、私のことを疑念や猜疑心の目で見ている可能性が高い。
きっと、何か裏があって近いてきているかもしれないと、考えているのだろう。
「 私がここに初めて来たとき、1人でなにも出来ず、心細かった私に、声をかけて優しくしてくださったわ。
ソーサリーについても、基礎から丁寧に手解きしてくださった。
御姉様は強くて、麗美で、聡明で、世界で一番尊敬しているわ。
深雪お姉さまは、私の憧れなの。」
詩織が瞳を輝かせていった。
それを聞いて、リカは口を歪める。
ただ単に、深雪と敵対した時に彼女に対する敬愛の気持ちが障害になるからだけではない。
それもあるが、嫉妬にも似た憤慨を感じる。
「きゃっ」
「ちょっと、何するのよ。
リカ」
いきなりリカは、詩織めがけて枕を投げつける。
「詩織が悪いのよ」
リカがふて腐れていった。
朝、2人は優しい日差しの中、朝食を食べていた。
テーブルには、山盛りの果物が皿に積んである。
「リカ、もっと食べないと駄目よ。
折角世界最高峰のメイドさん達がいるのに、勿体無いわ。
そんなにダイエットがしたいって言うならせめて果物だけでもたくさん食べなさい。そんなんだから運動神経が鈍いのよ。」
「ふみゅ~」
リカが腐ったアザラシのような?声を出す。
何か言い返したいが、詩織が割と正論をいっているからだ。
食べ過ぎればスレンダーになれない、食べなければソーサレスとして弱い。
ただ、魅惑の魔女であるリカの外見は魅了系のソーサリーの効果をあげるのに左右するのだ。
「今日はいい日差しね。」
リカがバルコニーに出て空気を吸い込む。
目の前に生えているお花畑の超巨大な遺伝子改良の薔薇の香りがする。
「ええ、この星の天気はいつも快適なのよ。
人工知能の天候維持で、巡回ナノロボットが日差しや気温を調整してくれてるから。」
地元の人間である詩織が説明した。
「えっ??」
天地がひっくり返るような感覚があり、視界が目まぐるしくまわる。
いきなり次元空間が歪曲し、天地が反転して、異界に強制転移させられる。
「リカ!!」
詩織がリカの名を呼び、リカが振り替えると。
そこは、どこかの廃墟と化した超高層ビルと岩山だらけの世界。不思議な超絶巨大な人食植物が無数に生えている。
火山が幾つも噴火し、溶岩が流れだしている。
空は、絵の具の箱をひっくり返したような虹色だった。
その虹色の不可思議な空では、稲光が連続して走り抜け、雷鳴を轟かせている。
まさに地獄のような場所だった。
「ここは ? 」
リカが呟く。
「ここは、どこかの壊滅した次元世界。たぶん、侵入者のソーサレスに、隔離するために強制転移させられたのよ」
詩織が答える。
2人に気づかれずに、瞬時に次元転移を完了させている。
神憑り的な、脅威的な魔導力とソーサリー(降魔術)を持った強敵である。
しかも、檻村財閥の中枢部に侵入してくるとは、なんと恐れしらずな敵なのだろうか?
連邦政府のストラテジー・クラス・ソーサレス(特殊戦略級魔詠姫)だろうか?
それとも、後継者争いで将来に遺恨を残したくない義姉の側近の誰かがが独断で放った刺客だろうか?
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