第4章 第1話 恋愛関係


  ウィッチ(魔女  )と呼ばれる者が人々に認識されたのは、今からおよそ幾千年前のことだった。


    パーガトリー フレイム(灼熱の炎)やブリザード ブレス(氷結の冷気)など様々な神秘的な奇跡を創生することのできるものたちのことを、人々は、魔女や神巫などと呼び、神聖化し、また畏怖していた。


  ウィッチ(魔女  )とは、魔導元素エーテルと呼ばれる高度な知能と思考性をもつ異次元の非物質と思念でリンク(融合)し、操作し交信することのできる能力者の総称である。  


 彼女たちはあるものは自分の住む次元世界の地球を守護し、人々を救済し、またあるものは、地球を征服し、支配者として君臨した。


   さらに、彼女たちは、ディメンション・エスカレーション・ソーサリー(次元転移降魔術)という、異次元からソーサリー・エナジー(魔導力)を引き出す進化したソーサリーを獲得し、そのことによって次元そのものまでも超越し、ウィッチ(魔女  )自身の肉体も次元転移できるようになった。


   次元転移やディメンション・エスカレーション・ソーサリー(次元転移降魔術)を使う進化したウィッチ(魔女  )のことを、人々はソーサレス( 精霊魔詠姫 )と呼ぶようになった。


  幾千億、幾兆もある次元世界は1つにつながり、世界の科学技術とソーサリーの技術は日進月歩で幾千万年から幾億年以上も発展した。


    アミュレット(魔導護符)と呼ばれる精密機器もその一つで、アミュレットをソーサリー・キャスト(降魔術詠唱)の補助手段として用いることで、ソーサリー・サークル(降魔陣)と呼ばれる浮遊するエレメント(物質元素)の円環状の紋様を異次元に転移させて、認証コードとして使用することで、異次元から膨大な量のエーテル(魔導元素)を流出させ、エレメント(物質元素)を精製できるようになった。


   それと平行して、この膨大な次元階層のこの世界は、人々の憎悪と猛執を糧に無尽蔵に増殖するフューリズの脅威にさらさせるようになった。


    フューリズとは一説によると進化した人間の魂であり、転移できないほどの深淵の次元階層に存在するソーサレスが他の次元世界を滅亡させるために生み出した殺戮兵器だと言われている。


   


    この人々の恐怖と畏怖はより一層ソーサリーを発展させ、フューリズを駆逐することを目的とした先進派と名乗る無数のソーサレス至上主義者たちの組織を生み出した。


   プロメテウス( 秩序  )を初めとする至上主義者たちは、フューリズの精製されるメカニズムを研究し、魔導力を製造する振源、魔導振源の拡張と増殖によるソーサレスの強化と発展、つまり、メイガスと呼ばれる最強のウィッチの精製を基幹政策として、組織を増長させていった。


    


   多数のメイガスを有するプロメテウスを初めとした先進派の組織にフューリズを越える脅威を感じた次元連邦の組織は、先進派の組織と対立し、第3次次元世界戦争が勃発、


 現在、膠着状態が続く。











 











 ルナが初めてソーサレスになったのは、10才の頃だった。


    故郷の星が悪魔たちによって滅ぼされ、紅蓮の炎によって飲み込まれてから、ルナはこの不浄の世界に対する報復を近い、全てを消滅させることを心に誓った。


   ルナが復讐するべき相手は、世界最強のソーサレスを要する檻村を初めとするプロメテウスの上層部である。


    プロメテウスの支配階級を崩壊させれば、フューリズ(悪魔精霊)との均衡が崩れ、この世界は滅亡と終焉に追い込まれる。


   だが、1度死んで全てを失った、魂の片鱗を失ったルナには、このどす黒い流血の願望を成就することが全てだった。


  病弱で気弱で魔導力の生産量が最低レベルと言われたルナは、幾百幾千もの壮絶な、熾烈な戦いを繰り返し、数多くのソーサレスたちを殺害し、フォルセティー( 正義)といわれる先進的な組織で有力な幹部候補となるまでに上昇していた。


    そんなある日、運命を変える出来事があった。


   


   


   ルナと同じ姿形をした少女が、カプセルの内部の培養液のなかで眠っている。


   いや、呼吸はしていない、もう、既に死んでいる。


   どうやら、プロメテウスのソーサレスで、連邦との戦いで傷を受け死んだらしく、フォルセティーが運良く死体を回収出来たらしい。


    


      「これは、私?」


   あの時、ルナはそう呟いた。


   そう思いたくなるほど、瓜二つの、自分と姿形がそっくりな少女だった。


   嫌、姿形だけでなく、実際にそっくりそのまま、同じ遺伝子の人間なのだ。


   違うのは記憶くらいなもので、容貌も体格も、全て同じである。


    「こんな偶然って、あるのね。」


  ルナがさらにそう呟いた。


  ここにいる少女は、ルナの遺伝子配列を元に生み出された人間、つまり、ルナのクローン人間だ。


   プロメテウスの人間が、ルナのデーターを使って何らかの理由で人間をゼロから生み出したのだろう。


   多分子供が欲しかった未婚の親か?あるいは兵士が欲しかったのか?


   だが、同じ遺伝子を使って同じ人間を複製したからといって、大量にソーサレスが量産できる訳ではない。


   クローン人間なら、カプセルさえあれば簡単に大量生産できる。





  だが、ゼロからソーサレスを生み出すには、魔導生物精製高等降魔術の粋を極めた最先端魔導技術と錬成資源が必要なのである。


   このように、同じ容姿と同じ遺伝子を持つソーサレスと出会えるなど、奇跡に近い確率である。


   「いいことを、思いついたわ」


   その日、ルナは自分の運命を変えてしまう、普通のソーサレスなら到底思いつかないような、常軌を逸した、邪悪な計画を思いついてしまう。





  いま、ここにいる、プロメテウスのソーサレスであるこの少女と入れ替わり、九死にに一生を得た振りをして、プロメテウス(秩序)の内部に潜入して敵を内側から崩壊させる。


  


 その日、柄沢ルナは、冬河リカとして生まれ変わる。


   


    冬河リカという別人に成り済ました柄沢ルナは、その日から、以前の組織にいた頃と同じように連戦を繰り返し、同じく幾千幾万ものフューリズ、そしてソーサレスを撃ち破り、破竹の勢いで昇格していった。


   神界の天使たちを有するプロメテウスのソーサレス、いやメイガスたちを撃ち破るには、莫大な財産と権力、そして力が必要だ。


    その為には、連邦を初めとしたより多くの敵対勢力のソーサレスたちを撃ち破り、駆逐して、上層部からの信任を得なければならない。


    そして、柄沢ルナが名前を変えたもう1つの、いや、最大の目的。


   それは、檻村詩織を手にいれることだった。


    檻村詩織は、檻村の犯した唯一の失策である。


    檻村を崩壊させ、プロメテウスという組織を壊滅させる最大の鍵である。


     


    


 DWPK2





 檻村詩織、あの娘といると腹がたつ。


 強い力がありながら、引き出せないでいる。もどかしい。


   彼女の真の力があれば、世界を変えることができる。


   運命に抗い、悪意の連鎖の歯車を打ち砕くことができるかもしれないのに。


   


 





 プロメテウスという組織は、基本2人1組のパートナー制度が主流である。


   連邦の数千分の一という人口比率と天然資源のプロメテウスには、いわゆるパーティーという多人数のユニットを多数生み出す余裕はなく、超少数精鋭主義をつらぬくしか方法はない。


   なるべく少ない人数で多数の次元世界を分割で担当させ、守護やフューリズなどの殲滅にあたらせる。


   だが、1人では戦略的に失策したり、不確定な要因で窮地に追い込まれた際の対応が難しいため、比較的2人という適度な人員が配置される。


   しかし、詩織やリカが、今まで2人だけで戦ってきたのはそれだけが理由ではない。


   それは詩織の性格にある。


   善意の魔女である詩織は魔導力や実力の乏しいレベルの低いソーサレスを仲間にすると、敵との戦闘で護衛しなければならなくなるだろう。


   また、逃走のさいにも、その仲間が逃げ遅れれば見殺しにはできない。


    その仲間が傷をおって動けなければ、詩織も逃げることはできなくなる。


   敵を倒さなければならないか、その仲間を連れて逃げなければならない。





   


   そうなれば、結果詩織は道ずれにされて命を落とす可能性がある。





   また、それを理解しているからこそ、詩織自身も誰かとパートナーを組むのを嫌がっていた。


    リカと組むことになったのは、リカの度を越えた執着心と魅力、それに百戦錬磨の戦闘経験からである。


     だが、基本的に詩織のようなソーサレスは、仲間を持つことには向いてない。


   単独行動なら、苦しくなればいつでも戦闘を切り上げられる。


   やはり詩織は、ソロプレイヤーが向いているのだろう。














   深緑に包まれた空中庭園を、2人は歩いていた。








「ねえ、詩織って恋愛とかに興味ないの?」


  いきなりリカが詩織に聞いてきた。





「相変わらず唐突ね。


 興味ないわ。」詩織が素っ気なく答える。


「どうして?婚約者でもいるの?」


「婚約者なんていないわ  。


 檻村は、遺伝子配列よりも、エレメンタリー・インテリジェンス( 系統元素情報 )を重視するの。


 つまり、檻村と似た波長のソーサリーをもつウィッチを後継者候補として育成するのよ。


 檻村ではウィッチの養子をとるのなんて当たり前なの。無理して婚約者なんて作る必要ないわ。」


「そう」





  「それに、今まで何人かの男の子と付き合ってみたけど、つまらなかったわ。


   やっぱり、自分より数倍は強くないと、駄目だわ。


 名門のでの王子様たち


 じゃ、話しても退屈でありきたりで面白くないし。」


 詩織が、過去のボーイフレンドたちを小馬鹿にした態度でいった。


   詩織からしてみたら、何歳年上でも相手は未熟な子供にしか思えないのだろう。


   戦いや慈愛や慈悲、人々の救済に対する意識の高い詩織にとっては、ほとんどの人間の思考や生き方など幼稚で馬鹿馬鹿しい。


    数奇な運命と宿命を持つ檻村の血統にしてみれば、連中など恋愛対象になど到底なり得ない。





    「お姫様のあなたからそんな言葉がでるとはね。」





  「 だいたい、いつ死ぬかわからないのに、恋愛なんてするだけ無駄でしょ。」


    人々の救済と守護に命をかける詩織にとって、自身の安らかな未来など念頭にない。


   それは当然といえば当然だが、実際に口にして言われると、驚愕した。


   彼女の冷酷なまでの信念と覚悟には、戦慄と畏怖の念さえ感じる。





   「うふふっ、遊びと割りきって、キープ君だけ何人か作っといたらいいのよ」


 リカが悪ふざけで言った。


  「 馬鹿言わないで、あなたじゃあるまいし。


   そんなに言うなら、あなたが性転換してわたしの恋人になってよ。」

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