第2話 ファーストキス

 第3章 第2話

試験を終え、2人は空中庭園を歩いていた。


「でも、これで、検査結果を捏造するのが、難しくなったわね。」


て言うか、絶対不可能だ。


  詩織はリカの顔を横目で見ながら言った。


 「でも大丈夫よ。一芸入試かなんかで1000点とったことにすればいいから。


  そうね、特待生制度かなんか作って頂戴。」


 


「アーク・エンジェル級昇格。ストラテジー・クラス(特殊戦略級魔詠姫団)昇進。 


おめでとうございます。檻村詩織さん。」


  ふと気がつくと、いつの間にか、マイクを持った複数の男女が2人の方に歩み寄ってきた。


   後方には複数台のビデオカメラが廻っている。


そして、マスコミたちが2人を取り囲む。


  フラッシュライトが焚かれ、シャッターが次々と切られる。


  「ええーっと?」


 詩織が困惑した表情をする。


  由諸正しい最優良のソーサレス(魔詠姫)の血統である、 檻村の後継者候補の1人檻村詩織は、このエイルヘルム次元領域では有名人である。


    檻村詩織はこのエイルヘルム次元領域にとって救済者であり、守護者であり、現存する神の巫女である。


   その多くの人々の希望の星である彼女が、昇進してまた一歩 楽園の守護天使に近づいたことは、この近隣の次元世界の人達にとって歓喜すべき朗報である。


   「良かったわね。詩織。あなたがいつも心に思っている 世界中の人達も、あなたの躍進と出世を祝福してくれてるわよ」


リカが口元に手を当てて、クスリと笑って耳元で囁いた。


  「ちょっとリカ、一体誰のせいでこうなったと思っているのよ?


 元はといえば、あなたのせいでしょう?」


   「そうだったかしら」


  別に詩織は、注目されたいとか人気者になりたくって、ソーサレスをしているわけではない。


  極論を言うと誰かを救済できれば一兵卒でも構わないのだ。


   事実、今までストラテジーへの昇進を頑なに拒んできた。


  「檻村さん。今までストラテジーへの昇級を頑なに拒絶されてきた訳ですけど、どのような心境の変化で編入を決意されたのか、その理由をお聞かせ願えないですか?」


  女性のレポーターが詩織にマイクを近づけて聞いてきた。


  「うふふっ、1人でも多くの人達を救済して、このエイルヘルムを守護する聖天使になりたいんですって、答えて挙げなさい。


詩織。」


リカが少し馬鹿にした態度で、ふざけて言った。


  詩織がムッとして少し腹を立てる。





「それはー 」


 もう、二度と、大切なものを失いたくないから。


この言葉と思いが脳裏に浮かび上がってきた瞬間、ハッとある考えが浮かんだ。



  「それは、ストラテジーに対して幼少期からの憧れと夢を抱く冬河さんのお側にたち、その目標に向かって共に寄り添い歩み続ける選択をしたからです。


  そして、そうすることにより、私の大切なパートナー(盟友)の力と精神(こころ )の支えになりたかったからです。」


「えっ?!」


リカが絶句する。なんか、少し嫌な予感がしてきた。


 「紹介します。私が心から敬愛する。


戦友にして盟友の冬河リカさんです。」


詩織がリカの方の手を広げて、メディアに彼女を紹介する。


  カシャッ カシャカシャカシャッ


注目がリカの方に集まり、一斉にフラッシュが明滅してシャッターが連続で切られる。


  


   「ちょっ、ちょっと。詩織」


  ー詩織さんにパートナーが出来たって聞いていたけど、彼女なのか?


  ー確か、冬河財閥のご令嬢だって聞いてたけど。


  口々に記者たちが噂話を口にする。


  リカは平静を装いながら、冷や汗をかく。


  敵対する組織に、正体を隠して別人に成り済ましている以上、あまり目立ちたくない。ましてやメディアで紹介されるなど、余り嬉しくない状況だ。


    「冬河さん、檻村さんとめでたく2人揃っての昇格、おめでとうございます。


   檻村さんとのパートナー承諾に至った経緯を、ご説明していただけますか?」


  敏腕リポーター達がさらに問い詰めてくる。


  秩序(プロメテウス)の上層部には、こちらから積極的に詩織に近づいてパートナーを要望したことを知られたくない。


  パートナー承認までの経緯について、あまり不自然な印象を与えたりして、上層部に何かしら下心があるような疑惑を持たれたくない。


 


リカがしどろもどろになって混乱困惑している。


   冷静沈着に立ち振る舞う戦いの時と違ってこう言うのは苦手なのね。


可愛いわ。



    「 そ、それは、檻村さんから護衛の任務を依頼されてー」


    「それは、リカとは、冬河リカさんとは、特別な関係にあるからです。」


    リカが適当に最もらしい作り話を説明しようとしたのと同時に、詩織がこう切り出した。


   詩織はリカに、護衛の代理としてパートナーの要望したわけではない。


   詩織はリカを、友愛と信頼関係で成り立ち戦友と認めたからパートナーとして承認したのであり、リカもそう思っているはずである。


    リカは 檻村の血統に気兼ねして、友愛の関係にあると言えずに護衛の任務を依頼された、などと作り話をしたのだろう。


  


   世間の人達に、護衛とか側近とか、リカとの関係をそんな冷徹なビジネスライクのような関係だと思われたくない。


  

   そして、リカにも上層部にも檻村財閥にも、自分がどう思っているのかハッキリわかってもらおう。


   単なる 護衛とか側近とかではない。


   命よりも大切な親友であることを知って貰おう。


 

   だけど、ただそのまま説明するのでは面白くない 。  そうだ。面白い事を思い付いた。


  この前頬に付いたソフトクリームを舐められたこととか、放課後に道路で抱き付かれた時とか、今までさんざんセクハラされてきた仕返しをしよう。


  


「特別な関係とは、どう言った関係ですか?」


記者が聞いてくる。


  「私とリカは、相思相愛の関係にあるんです。


  私とリカは、恋愛関係にあるから」


  


 詩織が、顔を赤らめ、照れながら言った。





  「えええっ!!」


    打ち上げ花火のように、シャッターが押されフラッシュが一際猛烈に焚かれる。


これには、リポーターたちだけでなく、それ以上にリカが驚いた。


  「し、詩織。それは」


リカが慌ててしどろもどろになる。


この娘も、案外、攻撃は得意だが防御は苦手のようだわね。


詩織はそんなことを考えると、笑みを浮かべる。


 「それは、本当ですか?檻村さん!!」


 「2人のなり染めを、お聞かせ下さい」


   記者たちが次々と質問をぶつける。


  こう言うのは、2人きりのときに限って言うものだ。


   外の世界で他人様に言うのは、例え冗談でも、誤解を生む。


  普段恋愛経験の少ない、(いや、恋愛ではないけど)お嬢様が、慣れてないためか、空気も読めず突然ヤバいことをいいだしてしまったのだ。


   


   「い、今のは嘘です。檻村さんの冗談なんです。」


  リカが必死に取り繕う。


  「いいえ。嘘でも、冗談でも有りません。今から、証拠をお見せします。」


そう言って、詩織はリカの手首を掴んで引き寄せ、強く抱きしめて無理矢理唇を奪う。


  リカは瞳を丸くして、動揺して、驚愕して、引き離そうとするが、押し退けることができない。


   カシャカシャカシャカシャ


  再び、一際激しくフラッシュが猛烈に焚かれ、竜巻のように、猛吹雪のようにシャッターが切られる。


    「す、凄い」


 女性リポーターの1人が、ポツリと呟いた。  


 





   檻村評議会員のご令嬢にして、ストラテジー・ソーサレス( 特殊戦略級魔詠姫 ) の檻村詩織さん


熱愛発覚!!禁断の同性愛!!


お相手はパートナーの女性ソーサレスにして、冬河財閥の次期代表


冬河リカさん!!


  


  「私と彼女とは恋愛関係にあるの」


情熱的な告白の後に、 講習の面前で熱烈なキス



   次の日、某次元領域全般の魔導次元ネットワーク ニュースでは、檻村裕一評議員の一人娘にして、ソーサレスのエリートであるストラテジー(特殊戦略級魔詠姫団)の一員である、檻村詩織の熱愛報道で紙面を賑わせていた。


   


  檻村詩織さん、恋人の女性との背徳の甘い同棲生活。


   「私が、変わりにとって挙げるわ」


檻村さんの恋人、冬河さん、檻村さんの頬を舐めてソフトクリームを味わう禁断のプレイ。





「な、何なのこれは!!」


  


   平静さを失ったリカが、立体映像にイチゴを投げつける。


   空中浮遊型の3次元液晶パネルが歪み、イチゴが壁に当たって床を転がる。


  


「うふふっ、誰のせいで、こんなことになってしまったのかしら」


「あ、貴女のせいでしょ!!」


背後で詩織がニヤニヤと笑っている。


 


  何ということなの!!私の計画は、頓挫するどころか、むしろ予想を遥かに凌駕する


驚天動地な方角へと突き進んでいく。


  まさか、こんな事になろうとは。




標準世界、DML703583、二人が住んでる星である。


久しぶりの休暇、二人はモノレールに乗って街へ遊びにでかけていた。


モノレールから、海や山、コンクリートの街並みが見える。


 詩織、私のファーストキスを無理矢理奪ったお詫びに、どこかに遊びに連れていってよ。


 


   (檻村の宮殿とか)じゃないと私、ストレスで精神がおかしくなっちゃうかも。とかいって、半分脅迫ぎみにごねてきたからだ。





   水族館では、赤や黄色などの、色とりどりの様々な種類の魚たちが、天井と床下と壁面、上下左右グルリとガラスケースの中をおよいでいた。


いや、魚たちから見れば、人間のほうがガラスケースのなかを歩いているように見えるのか。


まるで、深海のなかを二人で歩いているようだ。


詩織がソーサリーで光を灯すと、無数の魚たちが二人のそばに寄ってきた。


また、リカが口紅で人魚の絵や英語の文字をガラスケースに大きく描いた。


私たちは神界をさまよう人魚エンジェルフィッシュだとか、そんな意味の言葉だ


どうやら神界と深海をかけているらしい。お洒落だが非常識だ。


詩織と記念撮影がとりたいといいだした。


次は、雑貨屋さんでお買い物をした。


リカがシナモノロールのキーホルダーやマカロンの形のケースを買っていった。


詩織も、リカに進められて電気キャンドルを買っていった。


 


帰り道、夜の8時頃、海の見える丘の上の公園を二人は歩きながら話していた。


「水族館では驚いたわ、いきなりリカが、ガラスケースに絵とかサインを書き始めるんだもの。」


「写真がとりたかったのよ」と答えるリカにたいして、詩織は「そういうのはスマホで加工処理しなさい」


と突っ込む。


「それに、マカロンの形のケースに本物のマカロンを入れるなんて、まるでクマの着ぐるみの中にクマのぬいぐるみを入れるようなものよ。」


そういって、詩織は風になびく髪を押さえて、屈託のない笑顔をリカに傾けた。


油断したのか、気が抜けたのか、長い髪が、一瞬、エレメントの白銀でキラキラと光輝く。


「リカっていろいろ、面白いこと知っているのね。もう少し、その情熱を、魔導力のトレーニングに当ててくれたら」


「いいのよ、私はこれで充分天才だから」


「でも、万が一って事があるでしょう。もしも不注意で敵のソーサリーが命中でもしたら」


   魔導力の低く防御力も低いリカは即死してしまう。


  たとえ、実質的な強さが別格だとしてもだ。


「リカ、やっぱり、上級特別ソーサレスの階級は、諦めたほうが?


もしよかったら私も」


「詩織  」


リカが、弱気になる詩織に沈黙で答える。


  危険があることなど、始めから解っていることだ。





「いいえ、わかっているわ、リカはリカなりに、凄く頑張っているのよね。


でも、そこが困るのよ。


駄目なら駄目って、はっきり気づいてくれればいいんだけど。


でも、ここで挫折したくても、あきらめられないのよね。


その気持ち、わかるわ。


だから私、リカのそういうところが好きなのよ。見捨てられないのよ。」


詩織はここで一呼吸置いて、リカのほうを振り返る。


  今詩織言ったことは、半分は事実である。


現時点では、確かにリカと詩織は互角か、むしろリカの方が少し強いかもしれないが、持っている内容量や潜在能力が違いすぎる。


   危険な綱渡りの戦いを続けるリカは、レベルの高い戦闘を繰り返すに連れて、いつか、絶望的な才能の限界に行く手を阻まれるだろう。


「詩織」私はあなたを、利用しようとしているのよ。


「本当、なんでソーサレスなんか続けているのか、今すぐ止められたら、どんなに楽か。


でもそれは、私にも言えることなのよ。


私もあなたと同じなの。


私も、檻村の中では、まだまだ劣等生だわ。


私は檻村の血統という宿縁に囚われ、過去に囚われ、運命に囚われているー


あの水槽のなかの魚たちや、


籠の中の鳥と同じ。


大海原へと旅立つことも、大空へと飛び立つことも出来ない。」


そう言って、詩織は一瞬悲しげな、儚げな表情を見せる。


そしてすぐ、また優しげな、純粋な笑顔の姿に戻る。


「それでもあなたは、深海をさまよう人魚でいたいと思う、大空を舞う天使であり続けたいと願う。


そして、ソーサレスで居続けようとしている。


それは、どうしてなの?」


「それは」


詩織がリカの問いかけに答えようとした瞬間。


「きゃっ」


リカが声を出して転んだ。


どうやら野球ボールをふんずけたらしい。


「うふふっ」


詩織は左手を軽く握って口元にあてる仕草でクスクスと笑う。


リカも地面に膝をついたまま、苦笑いをした。


「ところで、この電気キャンドルはなんに使うの?」


詩織が、唐突に聞いてきた。


「それは、メイク」


メイク ラブ そう答えようとして、リカは慌てて口を詰むんだ。


しばらく、沈黙が流れる。









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