第4話 盟友

第4話 盟友




「 リカ、大丈夫?」

「え、ええ」


  詩織はフローズン・アロー(冷凍氷結の矢)を抜くと、膝をついたままゆっくり起き上がる。


どうやらリカに怪我はないようだ。


よかった。


彼女が無事で、本当によかった。


純粋にそう思う。


今感じてる痛みも、あまり意味はない。




詩織の脇腹から血が出ている。


どうして他人の生命なんて助けるの?


どうして私のことなんか。


バカな娘だ。


  


「油断するからこうなるのよ。リカって本当ドジね」


 「ち、違うのよ。これは」


リカが何が言い訳しようとするが、言葉がでてこない。


油断していたのは紛れもなく事実だ。


  釈明の仕様がない。


   ふと、気づくと、空から何か黄金の粉、燐粉が降り注いできた。 


 上空でバタフライが羽根を広げてはためかせ、羽根から燐粉がパラパラと剥がれ落ち、舞い降りてくる。 


   「リカ、そろそろ立ち上がって頂戴、あのお空を飛んでる蝶々を撃ち落とすのよ」


  詩織が傷口から血を流しながら言った。


  ダメージがまだ少し残っている。


あまり動けない。


  一方リカの方は、まだ仰向けで倒れている。


 「う、うん。わかっている。でも、なんか眠いのよ」


「えっ?」


  どうやらあの蝶々の金の燐粉には、睡眠効果があるようだ。


   睡眠ガスってやつだ。


   いわゆる 通称 ステータス異常とも言う。


   魔導力のレベルの低いリカから効果が現れたのだろう。


   何て言うこと、これは結構危機的状況(ピンチ)なのではないだろうか。


  さっきまで、無傷で余裕で勝っていたのに。


  バタフライのストロー状の口が延びて、こっちに向かって急降下してくる。


   昆虫の蝶はあれを突き刺して花の櫁とか吸うが、悪魔精霊版の蝶は一体あのストローを何処に突き刺して何を吸うつもりなのか?


   「リカ、しっかりして」


詩織は半分眠りかけのリカを揺する。


本当に、なんて手のかかる娘なの。


   ドカーン


   何処から、熱線が放射され、バタフライに命中する。


   バタフライは大爆発して墜落する。


 


その爆発音からか、詩織が電流を流したからか、リカが目を覚ます。


  


  キィシシャアアアアア


  数百メートル先から魔物の咆哮がする。


そこには、ライオンをベースにして様々な生物と機械が融合したようなフューリズ(悪魔精霊)がいた。


  横向きに割れた両顎からは、まるで氷柱(つらら)のような牙が無数に映えている。


   その横向きの両顎の周囲を取り囲むように、6つの血のように赤いレンズのような眼球が頭部に?くっついている。


  首の周りにはライオンのようなたてがみが延びていて、鋭利な10本の爪が映えた甲殻類のような頑丈な4足歩行の足が映えている。 


   奴の名はマンティコア LWP8型m37


   Aランクの悪魔精霊てある。


   マンティコアが飛び上がり、目の前にいる海洋生物をベースにしたフューリズ(悪魔精霊)に猛スピードで飛びかかった。


その速度はもはや通常のフューリズ(悪魔精霊)の比ではない。


   獰猛で鋭利な爪で切り裂き、引き裂き、両顎で噛みちぎる。


    マンティコアが光輝く。


    すると今まで倒してきた悪魔精霊(フューリズ)の残骸からエレメントが溢れだし、抜け出して、宙を舞ってマンティコアの筐体に流れ込んでいく。


   マンティコアが巨大化し、背中からコウモリのような翼と無数のトゲ、さらに蛇の尾が映えている。


    


    ほかの悪魔精霊(フューリズ)のエレメントやエーテルを吸収して、パワーアップしたのだ。


「こんなの、久しぶりに見たわ」


リカがそう呟く。


噂には聞いてはいたが、悪魔精霊(フューリズ)が別の悪魔精霊(フューリズ)を殺し、エネルギー源にするとは。


   それは生き物が同じ種を補食するようなものだ。


    マンティコアはリカたちに気がついてないのか、興味がないのか、彼女たちを無視して今度は都市を破壊し、人間を殺戮し始めた。


    次々と鋭利な爪や牙で人々を毒牙にかける。


   


  「さあ、帰りましょう。あなたも手傷を負っているし、ここに長居は無用よ。」


 


  リカが振り返り、詩織に言った。


「ええ」


詩織は殺戮される人々を見ながら、無表情に力なくそう答えた。


 


口惜しい、手傷さえ負っていなければ。


まだ戦えたのに。


  別にリカを助けたからこうなったとか、リカを責めてるわけではないが、それでも悔しい。


目の前で大勢の人たちが、なんの罪もない人々が、一方的に虐殺されて、死んでいくのに、何も出来ない。


ただ手をこまねいて、見てるだけしか出来ない。


リカが黙って数歩歩いた後も、詩織は動く気配がない。


  使用がないわね。


「詩織」


背後からリカが詩織の名をよびかける。 


詩織はリカの方を振り返る。




  リカの立てた作戦はこうだ。


  マンティコアは、その魔導力( ソーサリー・エナジー )とそのパワーも去ることながら、そのスピードも驚異的だ。おそらく、2人がいままでであったどの(フューリズ)悪魔精霊よりも速いだろう。


  そして、どの悪魔精霊(フューリズ)よりも凶悪で獰猛だ。


そしてその獰猛さこそが、その悪魔精霊(フューリズ)の魔導力( ソーサリー・エナジー )の源であり、魂と精神の中枢だ。


   だから、その獰猛な精神を逆手にとって戦う。


   腹を貫かれ手傷を負って動けない詩織は、射程圏外に離れて、そのマンティコアを観察する。


   悪魔精霊(フューリズ)を遠距離から観察して、ソーサリーの探知機、シンフォニーレーダー(旋律の探知)を使い、敵の邪悪なる思念波を捉えて動きを補足する。


   持てるエレメントのすべてをつかい、憎悪と妄執の旋律を奏でるマンティコアの位置情報と動作の探知と補足に専念する。


  一方リカは、アミュレットの通信機能を使って詩織からその情報を受け取り、マンティコアとの戦いに専念する。


  だが口で言うのは簡単だが、果たしてそう上手くいくのだろうか?


   いくら獰猛で妄執の根源のような存在のマンティコアだとはいえ、あれだけ素早く動ける悪魔精霊(フューリズ)の動きを、捉えることなど出来るのだろうか?


   仮に敵の動きが補足できたとして、果たしてリカはその動きに対応出来るのだろうか?


  通常の悪魔精霊(フューリズ)の数倍は速い。


  いままで戦ってきた悪魔精霊(フューリズ)とは訳が違うのだ。


   「詩織なら大丈夫」


  リカがそう言ってきた。


    「詩織ならできるわ」


  リカの瞳に嘘偽りはなかった。


  「私たち2人なら、必ず勝てる」


  リカはなんの迷いもなく、自信を持っていってきた。


   あのスピードに対応する方法も、リカには、何か考えがあるのだろう。


   リカには揺るぎない、絶対的な勝利の確信があった。




マンティコアの背後から、リカが聖炎の烈光( ホーリネス・リンケージレイ)を3発放った。


  リカの気配を察知し、マンティコアが素早くかわす。


  不意打ちですらかわされるとは。


 グォオオオオオ


リカを敵だと認識したマンティコアが獰猛な叫び声をあげる。


リカが再び( ホーリネス・リンケージレイ)聖炎の烈光を放つ。


  マンティコアが右にかわしたかと思うと、視界から姿を消した。


速い!!


「詩織?!」


「左斜め後方!!」




敵の渦巻く妄執と憎悪の根幹をとらえ、位置を補足した詩織が、リカに伝えた。


リカの頭上と足元に、降魔陣( ソーサリー・サークル )が出現する。


  振り返りざま、その位置からリカの身体が弾き出され、超高速で移動する。


    マンティコアの振り下ろす前足の爪は宙を斬り、アスファルトの道路を砕く。


    リカが今使ったのは、反電磁波をエネルギー源、動力源に使用して移動するソーサリー、


ライトレール・アクセル( 高速電磁波移動 )だ。


レール・アクセル( 高速電磁移動)は同極の2つの磁石が反発して弾けとぶ原理である。


エレメントの反電磁気を帯びたソーサレスの身体を支点に、頭上と足元の双方に反電磁波を発生させ、ソーサレスの身体を滑らせてその領域から弾き出させることにより瞬間的に高速移動できるソーサリーである。


リニアモーターカーが走行する原理で、烈光や灼熱の炎を発射する原理を回避に適用したソーサリーだ。




マンティコアの側面に回り込んだリカが、ショートソードを振り下ろす。


キィィーン


超硬質なマンティコアの甲殻に聖剣は弾かれ跳ね返される。


  一瞬リカの身体が宙に浮いて止まってしまう。 


   マンティコアは空中に一時停止しているリカを捕獲しようと方向転換しようとするが、リカはとっさにマンティコアの脇腹を蹴り上げその反動で跳躍してその場を脱出する。


   再びマンティコアの爪が宙を斬る。


  


 リカの制服の袖が切り裂かれ、かすり傷ができている。白い魔導服が紅に染まる。余裕でかわしたはずなのに。


   マンティコアの鋭利な爪は、空気を切り裂き、その疾風だけで、リカの身体を切り裂いたのだ。


立て続けに、迫り来る脅威。まさに綱渡りの命懸けの戦いである。


ライトレール・アクセル(高速電磁移動 )はソーサレスが使用するソーサリー(降魔術)の中では、普遍的な、ある一定レベルになれば大半のソーサレスが使える一般的なソーサリー(降魔術)である。


  だがそのレールアクセルでも、リカのような百戦錬磨の頭脳明晰なソーサレスが使用すれば数倍の速度を持つ強敵と渡り合える超兵器( スーパー・ウエポン )になる。


  だが、レールアクセルを駆使して獲得できた利点は、あくまでも回避のみである。


   依然として、リカの使用するすべてのソーサリー、聖剣と、聖炎の烈光( ホーリネス・リンケージレイ)、双方の攻撃ソーサリーが敵には通じてはいない。


  果たしてどのようにして、彼女はこの強敵に立ち向かうのか?


   だが、リカは、顔色を変えずただ平然と剣を構えた。


「あらゆる敵が 脅威が 運命が 私達の生命を奪おうとしている。


希望や願いを 踏み潰そうとしている。


数兆数十兆ともいわれる悪魔精霊( フューリズ )たちは、私達を飲み込もうとして、今もなお増殖し続けている。


   そしてそれ以上の数の敵対するソーサレスたちが、私達を無惨に引き裂こうとしている。


   3000あまりある私達 プロメテウスと対立する組織の戦力比率は、それぞれ600倍以上、最大の強敵にして脅威、次元連邦に関しては8000倍から15000倍と言われている。


   私たちプロメテウス(秩序)と連邦の人口比率、135万倍、天然資源の比率、57万倍。


まさにここは、絶望の海、練獄の炎のような世界。


   それでも私達が戦い続けることができるのは、戦友がいるから。


   何にも代えがたい、生命よりも大切な 盟友がいるから。


   戦友とは 盟友であり、希望と願いそのものだわ」


「リカー」


リカが詩織に語りかける。


自分でも、なぜこんなことを話すのかわからない。


  彼女を懐柔したいからか、利用したいからか?


それとも、もう。


 

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