第3話 楽園の姫君
第3話 楽園の姫君
檻村詩織は、現存する最新の社会福祉機構、プロメテウス(秩序)の評議会、649議席の貴重な一角を占める、超巨大財閥檻村の由諸正しい血統の一人である。檻村財閥は、幾千とも幾万とも言われる楽園世界を支配する現在の王侯貴族である。
詩織は、楽園の姫君にして、その檻村の優秀な才能とソーサリー(降魔術)を受容したまさに将来を嘱望されたソーサレス(魔詠姫)である。
訓練を終え、2人は複数の空中浮遊要塞をつなぐ連絡橋を通って、帰路につこうとしていた。
その際、リカがまたしても唐突に聞いてきた。
「ねえ、詩織はどうして、戦闘職専門のソーサレスになろうと思ったの?
人々の生命を守りたかったから?
檻村所有の楽園を救済したいから?」
「えっ?」
「だって、人々を救済するのが目的なら、回復支援専門でも技術専門職でも良かった訳でしょ?
とうしてワザワザ、沢山ある進路から、よりにもよって戦闘職を選択したの?」
リカの、突然に真剣な表情と、唐突に核心を突いた問いかけに、詩織は言葉に詰まる。
「言っとくけど、あなたみたいに優秀で、頭脳明晰で、そして、評議員の後継者候補であるあなたが、ソーサレス(魔詠姫)として最前線で戦ってるなんて、特殊で特別で、異常で、本来ならあるまじき行為なのよ。
あなたみたいな境遇の人間が、どうして生命まで掛けて、過酷な戦いを続けて試練を乗り越え続けているのか?その理由が知りたいわ?」
詩織は沈黙を続けている。
そう、リカはけして、軽い感じのいい加減でだらしのないただの小娘ではない。
何か心の奥底に、薄青く燃える正義(邪悪 )の炎を宿している。
リカが一転して詩織の心の深層に踏み込もうと攻め込んでくる。
「というか、あなたがなぜわざわざ自分で戦う必要があるのか?よく分からないわ。
あなたはせっかく箱入りのお姫様として育ったのだから、そういうのは、檻村に忠誠を誓った下僕たちに任務を遂行させて、自分は安全なところに隠れて、命令だけしていればいいのに。」
今のリカの一言は、自尊心の高い、高潔な詩織の心の
万が一でも、お姫様の道楽で戦っているとか、歪んだ解釈をされて変な風に思われるのは許せない。
「 そうね、確かに自分は戦いを回避して、命令を下すだけの指揮官になることもできるかもしれない。
それでも 私は、誇り高い、高潔な檻村の血統なのよ。
誰かに危険な任務を押し付けて、自分は安全な場所から隠れているなんて、そんな卑怯なこと出来るわけないじゃない。
わたしは檻村の誇り高い血統としての義務や名誉のため、そして、人々の生命や幸福を守護して、救済するため戦い続けているの。
私は、自分の意思で選択して、自分の能力とソーサリー(降魔術)で戦いたいの。
自分の血を流して、自分のこの手で戦いたいのよ」
詩織が抑制の聞いた声で、自分の胸の内を語った。
静かだが、彼女の心の深淵で燃え盛る熱量が伝わってくる。
以前から気がついていたが、今までで一番この少女の心の深層というか、激情の性格、正体を垣間見ることが出来た。
「そう、あなたは、自分と檻村の血統の自尊心と誇りのために、戦ってるわけね。」
リカはどう思ったのだろう。
金にもならない自尊心や誇りのために戦うなど、一般人に近いこの彼女にとってはお姫様の酔狂な娯楽とそう変わらないのだろうか?
「そう言うあなたは、どうしてソーサレス(魔詠姫)なんてやってるのよ。
誰か、守りたい人がいるの?故郷の盟友たちとか、家族とか?」
「別に、ただ物心ついた時には、ソーサレス(魔詠姫)としての戦いに身を投じていたわ。
ただ、惰性で戦っているだけ、とくに、意味なんてないわ。」
リカが、淡々と答えた。
リカの瞳に憂いのある輝きがみえた。
あれだけ執拗に自分には魔詠姫としての存在意義を聞いてきた癖に何という下らない理由だろう。
それとも、リカ自身も答えたくないのだろうか。
自分が答えたくないことを他人には無理矢理にでも答えさせようとする。
なんて嫌な女なのだろう。
もういい。
「そう、ありきたりね。つまらない解答だわ。がっかりだわ。
人に質問するくらいだから、きっと興味深い理由があると思ってたけど、存外面白くなかったわ」
2人が対策司令部に駆けつけると、中央にある立体映像のモニターに何処かの標準世界の都市と、都市を破壊し、殺戮をおこなう魔物たちの姿、フューリズ(悪魔精霊)たちが数体写し出されている。
「出現したフューリズ(悪魔精霊)の数は37体、推定ランクはいずれもBかC、隣接する次元領域から転移してきたものと思われます」
先程のオペレーターの女性が説明する。
「BかC そこそこ高めのランクだわね」
詩織がそうつぶやいた。
「このランクで37体って、割りと厄介だわね」
リカが続けてコメントする。
どうしよう。詩織は思案する。
自分の願いや思いを叶えるには、成長しなければならない。
多少背伸びをして、挑戦を繰り返さなければならない。
強くならなければならないからだ。
そうしなければ、正義を貫くことも、
世界の平和や人々を救済して守護することもできない。
檻村の義姉たちにも置いてけぼりをくらい格差が拡がる一方である。
いままで1人なら、多少無理をしても出撃していただろう。
だがいまはリカがいる。
リカは百戦錬磨だが、それでも、どんな
予想外の出来事があるかわからない。
彼女は油断するかもしれないし、何かしらミスをするかもしれない。
それは詩織ではコントロールできないのだ。
まさか本番で、ドジッ娘属性がでてくることはないとは思うが。
自分の夢や希望、願いのために、他人を、リカを巻き込んでいいものなのだろうか。
沈黙して不安げな表情をする詩織に、彼女の胸中を察したのか、リカが口を開く。
「いきましょう。詩織。
この程度で怖じ気づいていたら、楽園の守護天使とは言えないわよ」
楽園の守護天使とは、楽園を守護する聖天使たち、ソーサレスである。
ハイランクの上級ソーサレスのことをさすこともある。
そうである。戦うべき理由があるのは、リカも同じである。
だからこそ、いままで煉獄の海の中で、常軌を逸した戦慄を胸に秘め戦い続けてきた。
「リカ」
詩織が小さく彼女の名を呼ぶ。
標準世界のひとつに、2人は次元転移していた。
ビルの屋上に上ると、様々な形態のフューリズ(悪魔精霊)が破壊と殺戮を繰り返している。
詩織が歯噛みする。
「詩織」
詩織が黙って振り向く。
「詩織、焦らないで。ゆっくりと、
冷静に状況を見極めるの」
「リカに言われたくないわ」
詩織が苦笑いする。
リカは口を歪める。
イニシャライズー
詩織がソーサリーを詠唱すると、詩織の思念波を左手薬指の魔導護符( アミュレット )が探知し、起動し始める。
詩織の体内をソーサリー・エナジー( 魔導力 )が循環し始めて、そして、エーテルが基礎構造を変化させる。
エーテル(魔導元素)は自身の粒子構造や機能性、性能を変化させる事が出来る。
ソーサリーの種類と性質、それにソーサレスの基礎的能力値は、このエーテル(魔導元素)の粒子構造と機能性とその保有量によって決定する。
ソーサレスは通信機能を持つエーテル(魔導元素)を思念で制御し、操作することが出来る。
そのためソーサレスは、エーテル(魔導元素)に命令や指示を与えて魔導元素の構造や機能性、性能を調整し、再構築することが出来る。
アミュレット(魔導護符)は、ソーサレスとエーテル(魔導元素)の交信を支援して、シンクロ(同期)率を高める装置である。
ソーサレスはアミュレット(魔導護符)の支援を受けることにより、単独で行うよりもより複雑で
精密な命令や指示をエーテル(魔導元素)に与える事が出来る。
「行くわよ。リカ。」
そういって詩織は跳躍する。
リカも後を追う。
2人はビルの屋上を跳躍し、次々と渡り歩いていく。
最初に現れたのは、数体の芋虫型のフューリズである。
蛹になって蝶や蛾になる前の幼虫の姿で、機械が融合している。
その芋虫が、複数道路を這いずりまわっている。
バタフライ・ラーヴァD4W197型だ。
ピュッ
蚕が繭を作るときに使うような、白い糸である。
その膨大な白い糸の塊が、上空でパッと広がって漁業の魚網のようになってリカの頭上に舞い降りる。
リカは剣を振って迎撃しようとするが、糸が剣に絡み付いて切れない。
「きゃっ」
軽めの悲鳴をあげて、戦闘開始直後にいきなりリカが白い糸に包まれて繭のようになって落下していく。
「リカ!!」
こういうところが不安なのよ!!
リカが自動車のボディーの上部に着地すると衝撃で糸がパッとリカの身体から離れていく。
リカの周囲の空中や道路に白い糸が雲のように拡散する。
リカの左手の先には、
白い糸に捕獲される瞬間に、とっさに剣を消滅させて、ソーサリー・エナジー(魔導力)を防御ソーサリーに集約し、魔導の
オーロラ・シールド(魔導の盾)は、剣よりも広範囲の防御に有効だ。
また、今のように柔軟性にとんだ材質のものでも電磁波の簿膜で弾き飛ばすことができる。
詩織はほっと胸をなぜ下ろす。
詩織がアミュレット(魔導護符)を思考操作して、魔導保存領域( ストレージ )の構成をーフレイムズの属性系統特化型に
変更する。
魔導保存領域とは、エーテル(魔導元素)を格納するスペース(空間 )のことである。
エーテル(魔導元素)には様々に異なる粒子構造と機能性、性質がある。
エーテル(魔導元素) には様々な種類と異なる特性があるため、格納するエーテル(魔導元素)の種類やその保有量の配分によって、ソーサレスの能力や使用できるソーサリーの種類、その持続力や精度、破壊力などが決まってくる。
フレイムズとは、ソーサリーの属性系統の種類である。
エレメンタリー・インテリジェンス
( 物質元素属性情報 )とも言われる。
主に、 高速振動型、あるいは物理融解型の属性情報を持つソーサリーである。
属性系統特化型とは、外部干渉型のエレメント(物質元素)のうちの1種類の属性系統が50パーセントを超える保存領域を持つソーサレスを、属性系統特化型と呼ぶ。
ちなみに40%以上の属性系統が2種類あるソーサレスを、2系統特化型と呼び、
30%以上の属性系統が3種類あるソーサレスを3系統特化型と呼ぶ。
20%未満の属性系統が4つ以上を超えるソーサレスを、4系統環境適合型と呼ぶ。
基本的に、エレメント(物質元素)の属性系統の種類は単体に絞り込むほど、その属性情報を持つソーサリーの能力値や精度、詠唱出来る同系統のソーサリーの種類や保有量が増える。
反対に、保存するエレメントの属性系統の種類を増やすと、 エーテル(魔導元素)の性能と機能性が分散して、1種類あたりのソーサリーの能力値や精度、種類や保有量が減少する。
ただし、ソーサレスが格納できる魔導力の総量には限りがあるので、基本的に1つの能力値や物質元素の属性系統などに保存領域を大きく割り振ると、他の能力値や属性物質元素の精度や威力などを犠牲にすることになる。
また、エレメント(物質元素)の属性系統や使用できるソーサリーの種類や能力は多ければ多いほどあらゆる状況に対処出来、環境適応能力は高くなると言われている。
詩織は、ナイフを構えると、そのナイフの刃に、ソーサリーを詠唱してエレメントを流し込む。
するとナイフの刃から灼熱の炎が燃え上がり、白銀に光輝く。
パーガトリー・フレイム(煉獄の灼熱)と呼ばれる、破壊力と広範囲への攻撃に有効なソーサリーの応用技、パーガトリー・フレイムナイフ(煉獄の灼熱の短剣)である。
原理としては、異次元と現実世界を接続して、異次元から現実世界にエーテルを断続的に流し込み、ナイフを
エレメントによって生み出されたソーサリーの松明(たいまつ)である。
詩織は灼熱のナイフで糸の塊や網状に拡がった糸を高速で矢継ぎ早に切り裂く。
雲のような、綿菓子のような糸は燃え上がり、あっという間に気化して消滅する。
普通に斬ったのでは、さっきのリカのように、刃に糸が絡み付いてとれないので、ナイフの刃に灼熱の炎の輝きを灯す。
詩織はナイフを消滅させると、左手を伸ばし、その先から、パーガトリー・フレイム(煉獄の灼熱)を放射させる。
灼熱の炎は、芋虫型から発射された後続の糸の塊に発火する。
その灼熱の炎は、ビルの屋上付近から道路を這う芋虫の咥内まで延びる長い飛行機雲のような糸の束をたどって燃え拡がり、芋虫の咥内の中へと炎が流れ込み、体内の糸を製造する器官で圧縮された糸に着火し大爆発する。
そして、連続して灼熱の焔を放射し、同じ要領で、次々と糸の塊を発射する芋虫たちを爆発させていく。
「やるわね、詩織」
リカはリボンを創生して、ビルの屋上に飛びうつる。
次は、6体の蝶や蛾をベースに様々な生物と機械が融合したような空中を舞うフューリズである。
バタフライ49ER型92f
ようするにさっきの幼虫が成長して羽根が生えたものだ。
詩織が再びアミュレット(魔導護符)を操作して、魔導保存領域の構成を
アイシズー属性系統特化型に変更する。
アイシズは振動凍結型、もしくは
物理冷却型の属性情報を持つソーサリーである。
詩織はブリザード・ブレスという絶対零度の冷気の吹雪を放射する。
バタフライの羽根が凍結し、羽根を動かせなくなって次々と墜落していく。
リカがビルの屋上から跳躍した。
さらに、凍結して墜落して急下降している最中のバタフライを踏みつけて、再度跳躍して飛行距離をのばして跳躍する。
すれ違いざま、空中を飛翔しているバタフライに聖剣で斬りつける。
バタフライの羽根を切り裂き墜落させる。
「リカ 」
なんて危険なことをするのよ。
リカが向かいのビルの屋上に着地すると、そこには、深海に住む軟体生物が基礎のフューリズ(悪魔精霊)が待ち構えていた。
リカがこのビルに飛びうつることを予想して移動してきたのだろう。
軟体生物がいそぎんちゃくのような大量の触手を延ばしてきた。
リカは
さっきの剣にくらべてさらに軽量で、片手で使用できる。
通常の剣にくらべ威力は大幅に落ちるが、速度は比較的に向上する。
再生能力が高く膨大な本数の軟体生物の触手には、破壊力が弱くても剣閃の速度が速く高速で連続で剣撃が放てるレイピアのほうが有効なのである。
リカは剣を左右袈裟斬り、横薙ぎと振り回して触手を短冊状に切断して迎撃する。
バタフライを8体墜落させた詩織は、跳躍を繰り返しリカのいる屋上へと向かっていた。
戦いはもう終着を迎える。
やはり2人だとかなり違う。
リカはホーリネス・リンケージレイ(聖炎の烈光)で軟体生物を吹き飛ばすと、振り返り、詩織を見る。
「これなら、あと20体はいけるわね」
詩織がリカのいるビルの屋上に着地した瞬間、リカがそう言った瞬間、何処かの魔女が放った幾つもの氷の結晶の矢、フローズン アローレイがリカの心臓周辺めがけて超高速で迫っていた。
詩織の身体は、自然に動いていた。
何かを考えることなく、頭の中が真っ白になって、まるでそうすることが当たり前のことのように。
「危ない、リカ!!」
詩織はリカに覆い被さるように飛び込むと、押し倒してその場に2人で倒れこむ。
詩織の顔が苦痛で歪む。
氷の結晶の矢が一本、脇腹のしたに突き刺さっていた。
300メートル先のビルの屋上に、赤いローブを着たソーサレスが立っていた。
不敵にニヤリと笑い、振り返って姿を消す。
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