第2章 第1話 友愛

 第2章 第1話 友愛



 真夜中、星空が輝く夜、そこは海から少し離れた、丘の上にある街が見渡せる公園。その展望台のような公園に、白い洋服を着た少女が一人きりで訪れていた。


 誰もいないシーソーとブランコが、淡い月明かりに照らされ輝いている。


 清涼なそよ風が軽く吹き抜け、新緑の樹木が優しく揺らめいた。


 ふと気がつくと、周囲に、幻想的に光り輝く薄青い蝶が数匹宙を舞っていた。


 神秘的で煌びやかで美しい。


「〜さん。〜さん。」


 何処からか、誰かの声が聞こえる。


 まるでピアノの旋律のような、透き通るような少女の声である。


 遠くのようであり、すぐ近くのようにも思える。どうやら、自分と同い年くらいの少女のようである。


「こっちよ。〜さん」


 今度は、はっきりした声で、自分のことをフルネームで呼んできた。


 気がつくと、目の前に、黒い洋服を着た自分と同じくらいの年の少女が木の柵の上に腰かけていた。


 さっきまで誰もいなかったはずなのに、いままでずっとそこにいたかのように。


 彼女の後ろには、ネオンライトで光り輝くコンクリートの街並みと満天の星空が広がっている。


 少女が指先を伸ばすと、その上に青い蝶が一匹止まった。


「ずっと待っていたわ。〜さん。


 きっと来ると、思っていた。わたし、あなたのことが、ずっと気にかかっていたの。」


 そう言って少女は立ち上がり、ゆっくりと長い黒髪をかきあげた。


 そよ風で長い黒髪がサラサラとなびいて、月明かりの淡いシャワーを浴びてキラキラと紺色に光り輝く。


 まるでこの薄青い蝶のような、神秘的で幻想的な雰囲気の美しい少女。


 まるでこの青い蝶みたいに、清楚で可憐な容姿をした美しい少女がそこにいる。


 けれどもどこか繊細で、ガラス細工のように今にも壊れてしまいそうにも思える。


 白い洋服の少女は、黙ったまま彼女に魅了され、見つめ続けている。


 それを黒い洋服の少女は、白い洋服の少女の視線の先の背景を邪魔していると感じたように、一瞬だけ後ろを振り向く。


「綺麗よね。コンクリートの街並みも、濃紺の夜空も、色彩りどりの宝石を散りばめたように光り輝いている。


 ここは、あなたのお気に入りの場所なんでしょ。」


 そう、ここは少女の逃避行の場所。


 現実の雑踏から逃れるための避難場所。


 辛い時、悲しいとき自分を誤魔化すための虚飾の聖地。


 少女は一瞬だけ切なげに俯くと、彼女に問いかける。


「私?私は〜。


 今夜、あなたに会いたいと思っていたの。


 私、あなたのお友達になりたかったのよ。」


 そう言って、照れているのか少し頬を紅く染め、手を差し伸べて無邪気に微笑む彼女の顔は、心優しい天使のようであり、悪戯好きな小悪魔のようにも思えた。




 ときどき、自分が一体誰なのか、忘れそうになる。


 自分は楽園を守護する聖天使なのか?


 それとも、楽園を崩壊させ、終焉させる悪魔なのか?


 檻村詩織は純真無垢で、誰よりも優しい。


 彼女といると、心が安らぎ、戦いのことも、この世界を支配する不条理のことも、すべてを忘れることができる。


 まさに彼女は天使の生まれ変わり、すべてを慈愛で包み込み、救済する聖天使である。 彼女といると、自分の心が揺らぎ、時折天使の慈愛に懐柔されたのかと思う。


 彼女の心を誘惑し、悪魔を討ち滅ぼす悪魔に変えなければならない。


 あの絶大な、強大な力を持つ連邦を崩壊させ、さらには檻村を初めとする神界の天使たちを滅亡させ、秩序( プロメテウス )の支配統治に終焉をもたらす。


 そして、この世界の均衡を崩す。


 そのための鍵を握るのが、この檻村詩織なのだ。


 今彼女は、清廉潔白な純真無垢な天使だが、彼女にも、心の隙間があるはずだ。


 私にはわかる。


 天使と悪魔とはカードの裏表、目には見えないが必ずある。


 悪魔とは、天使の持つもう一つの姿なのだ。




 祝日、2人は、幾億、幾百億と存在する楽園世界の1つに来ていた。


 そこは大自然と最先端の科学技術、そして魔導工学が融合した夢の次元世界である。


 楽園世界は、構想ビルに匹敵する程の有り得ないほどの巨大な草花が生い茂る。


 さらには、天空に届くかと思うほどのバベルの塔のような白い円柱形や螺旋状の塔が立ち並び、球状や多角形の不思議な建築物が無数に浮遊していた。


 その中の一つ、空中浮遊都市と呼ばれる浮遊する要塞の中にある、秩序( プロメテウス )という組織のソーサレスの訓練施設に詩織とリカは来ていた。


 白い植物素材の有機質と陶磁器セラミック、それに金属合金を掛け合わせて精製された、広い競技場のような、巨大な施設である。


 その施設を利用する(ソーサレス)魔詠姫たちは、制服を着ている2人を除き、その大半が楽園の衣服をきていた。


 楽園の衣服とは、金属繊維が編み出した科学技術都市の未来の新素材に、北欧神話やギリシア神話などの伝承に登場する天界の住人たちが着る衣服を融合したような特殊なデザインの衣服である。 


 キィーン


 空中浮遊都市にある基地の、訓練場で、鋼鉄の刃と刃が激しくぶつかり合い、共鳴し合う音が鳴り響く。


 リカは矢継ぎばやに連続して剣撃を放ち、距離を詰めていく。


 詩織はその剣閃を片手ナイフで受け止め、捌いていく。


 次々と火花が散り、エレメントが弾け散る。


 詩織はこの時間を、心地よく思う。


 胸が踊り、心臓が高鳴る。


 いつも一緒に過ごしている穏やかな時間や、


 遊んだり笑い合ったりしている時間も快適で、幸せだが、彼女と戦っている時間もまた、違った喜びがあった。


 それはリカも同様である。


 詩織は、ダイヤモンドの原石である。


 彼女と戦うのは、まるで、原石を磨きあげているような感覚である。


 彼女をより強くするにはどうすればいいか?


 毎回、様々に剣術と戦術、ソーサリー(降魔術)の構成とパターンを変えて、彼女に技を繰り出す。


 詩織も、それがわかっていて、それにこたえようとしている。


 2人のソーサリー(降魔術)による戦闘訓練は、会話である。


 心が通じあっているものの会話のようである。


 まるで愛し合う恋人同士が見つめ合うように、優しく触れあうように、愛を語り合うように、心の中では繋がりあっている。


 詩織はソーサリーを詠唱し、ナイフを持ってない素手の右手を半透明の薄い水晶のような鉱物で固める。


 そして、硬質化された右手でリカの袈裟斬りを払いのけ、左手のナイフでリカを突く。


 リカは後方に跳躍してそれをかわす。


 中間距離になった瞬間、詩織はナイフと右手の鉱物を消滅させ、聖銀の鞭を精製する。


 振り下ろされる鞭には煉獄の灼熱パーガトリー・フレイムと呼ばれるソーサリーがかけられ、白銀の炎の輝きに包まれている。


 その刹那、それに対抗するように、リカが自らの聖剣に聖炎のソーサリーをかける。


 聖剣が臼蒼の聖炎に包まれ、聖銀の鞭と激突する。


 灼熱と聖炎のエレメントが連鎖反応で爆発し、エレメントの粒子が弾け散る。 




 次の日、放課後、授業が終わり、檻村詩織は、級友たちと別れを告げる。


 精霊の加護を受容し、顕現した、御使いたちの末裔である、魔詠姫ソーサレス


 その神の使徒にも等しい能力を持つ魔詠姫檻村詩織が、何万何億とある一標準次元階層世界の一お嬢様中学校に通っているのは、発展途上世界の古代史や考古学にも等しい無駄な知識と技術を習得したいからではない。


 ソーサレスの卵や蛹と言われる、クリサリス・ウィッチを探索するためである。


 クリサリス・ウィッチはまだ覚醒していない魔詠姫(ソーサレス)であり、そもそも自分が魔詠姫(ソーサレス)の血統であるという自覚すらもない。


 魔詠姫は、人の心の中や思念を感知する降魔術、旋律の探知(シンフォニー・レーダー)が使える。


 魔女(ソーサレス)の蛹が不定期に発生させる魔詠姫(ソーサレス)の旋律を聴くために、詩織は辺境の次元世界の制服を着て授業を受け、発展途上世界の一教育機関に身を置き潜伏活動を行なっている。


 魔女の蛹、クリセリウスの探索には、2つの段階がある。


 1つ目の段階は、クリセリウスが存在する大まかな次元世界や在住している大陸や国、都道府県などの地域情報を広域範囲である程度割り出し、特定する事である。


 その方法の1つは、魔導量子コンピューターなどによる過去の統計や確率、上昇推移などを解析して推測する方法である。


 そしてもう1つは、広域範囲探索部隊と呼ばれる探索や探知専門のソーサレスを使ってクリセリウスの居場所を見つける方法である。


 探索部隊は、クリセリウスの感情の起伏によって発生した微量な魔女の旋律を探知して、クリセリウスを発見する。


 クリセリウスの感情の起伏は、主に偶発的な事故や事件などに巻き込まれて変化する事が多いが、時には人間関係や将来への悩みなどの些細な事柄から上昇する事もある。


 広域範囲での探索の場合、旋律を探知出来てもクリセリウスの正確な居場所までは特定するのは難しく、概ね半径数キロメートルから十数キロメートル程度の範囲で位置情報を絞り込む。


 次に、挟域範囲からクリセリウスを見つけ出す方法だが、クリセリウスは主に10代前半から半ばにかけての年齢に多い。


 そのため、その年代の未成年が常時密集する中等科や高等科などの教育機関にソーサレスを派遣し、同じ教育機関に通う一般の生徒として潜伏させる。


 そうする事で、近距離から1度により多くのクリセリウス世代の通常の人間の旋律を効率的に探知する事ができる。


 校舎の屋上で、詩織は、腕時計を見ながら地団駄踏んでいた。


 リカとの待ち合わせの時間から、すでに30分過ぎている。


「ごめん、詩織、遅れたわね。」


 お昼過ぎ、ようやくリカが到着した。


「もう、リカ、遅い!!」


 閉口一番、詩織がそう言って振り返った瞬間。


 自動小銃を持ったリカが、いきなり撃ってきた。


 プシュー


 銃口から噴水のようにインクが吹き出し、詩織の顔全体にモロにかかる。


「きゃはは、引っ掛かった引っ掛かった!!」


 リカが大笑いしてはしゃいでみせる。


 顔に青いインクがベットリ着いた詩織が怪訝そうな表情をして、リカを睨み付ける。

 遅刻してきて相当苛立っている状況で、この突拍子もない悪戯だ。

   怒り心頭の詩織の沸点はピークに達した。

   


「やったわねー、リカ」


 詩織は目を吊り上げて、怒気を強めて聖銀のムチを精製し、リカ目掛けて振り下ろす。


 リカはバレリーナのようなダンスのような軽快なステップを踏みながら、クルクルと回転してヒラリとかわす。


 まさか、これぐらいの冗談でソーサリーを詠唱するとは、このお嬢様は結構短期で怒らせると怖いかも。


「駄目だよ~あたんないよ~」


 内心そう思いながら、憎まれ口を叩きながら、リカは蝶々のような華麗な動きで、詩織の放つ鞭の連続攻撃をひらりとかわす。


 聖銀のムチが宙をきったその瞬間、背後に転がっている缶ジュースを踏みつけて、


 半回転して横転してしまう。


「きゃっ」


 悲鳴をあげて、リカはコンクリートに仰向けで倒れる。


 あまりの鈍臭さに、詩織は目を白黒させて唖然とする。


 そして、互いの瞳が合ったあと、2人で大笑いした。


 ☆

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