第6話 遊園地

 第6話 遊園地

 「詩織、私はあなたのように、見知らぬ人々を救いたいとか、正義感や慈愛心に生命を捧げたいとか、そういう気持ちは、あまりよく分からないわ。


 けれども自分の大切な人々、友達や恋人と一緒にいたいとか、愛する人に自分の想いを伝えたいとか、そういう気持ちなら、少し理解できるわ。」


 詩織が振り向いて、リカの方を見つめた。


 今、自分と彼女の心が一つになった気がした。


 同じ気持ち、同じ願いを分かち合う友達。


 自分は何も、自分と同じように正義と信念のために生命をかけて戦い続ける戦友が欲しかったんじゃない。


 ただ自分のことを理解してくれて、隣に一緒にいてくれて、優しい言葉をかけてくれるかけがえのないたった一人の親友が欲しかっただけなのだ。


 自分が最も欲しいと願っていたもの。


 それが今、ようやく手にはいった気がした。


 心の底から願ってやまなかったもの。


 それは世界の平和でも、人々の幸福でも、ましてや人々の魂を執握することでもなく、たった一人の友人をつくること。


 かけがえのない、心を通わせ、打ち解け合うことの出来る、たった一人の親友。


 それは虹のように光輝き、レモンの雫のように甘酸っぱく、甘美に満ちている。


 2人の時間を、ネオンライトの輝きが包み込んだ。リカが光に包まれ、天使のように微笑む。


「それじゃあ 今日はこの辺で帰りましょうか?


 明日もまた、何処かにお出掛けしましょう。


 今度は、あなたの行きたい場所に、連れてって頂戴ね」


 リカはそう言うと、後ろを振り返り、ゆっくり歩いて行った。


 ふと、リカの左手首を見ると、昨日の傷が痛々しく残っていた。


 -怪我するの、覚悟で助けてくれたんだ。


 次の日、リカと詩織は、テーマパーク(ドリーム ファンタジー ランド)に来ていた。


 開園当初は、シンデレラや白雪姫などの、童話をメインにした家族向けのレジャー施設だったが、今では映画やゲームソフトなどの世界観を取り入れた若者向けのアトラクションも多数増えている。


 観覧車やメリーゴーランドなどの家族向けの乗り物はもちろん、ジェットコースターなどの絶叫マシーン系も充実している、世界最大規模のテーマパークである。


 絶叫系が意外に得意な詩織は、何度もリカをジェットコースターなどの急降下型のマシーンに誘い、最初は余裕の表情を見せていたリカも最後の方は冷や汗をかいていた。


 観覧車では身を乗り出して住んでる街を指差して、2人で並んでソフトクリームを食べながら、猫のマスコット人形のハレー・キティーやクマのメリー・ペアなどと記念撮影もした。


 それ以外にも、スペースウォーズやハローポッターなどの映画をモチーフにした様々なアトラクションなどをまわり、特に、子犬とスライムが合体した謎の動物型?マスコット人形のシナモノ・ロールを見つけた時は、リカは両手を広げて一回転して大はしゃぎした。


 いつのまにか、時間は夜の20時を過ぎ、遊園地は1000万個のライトが彩る虹色のイルミネーションに包まれていた。


 白い氷雪のような、不思議の国の城が、幻想的に浮かび上がる。


 その上空に花火が打ち上げられる。


 大通りでは、かぼちゃのバスに乗ったシンデレラや、移動する氷の神殿から人工氷雪を降らせる白雪姫たちが進行してきた。


 その周囲を、大勢の騎士たちや妖精たち、それにウサギのフィッフィーやアヒルのガァーガァーなどダンスを優雅に踊っていた。


 今までの14年間で最高のひととき。


 最高の幸せ。


 今までで一番楽しい時間。


 今までで最も幸せな1日。


 心の奥底から溶かされるような、夢心地な時間。


 今まで出会った中で最も素敵な少女。


 最も素敵な友人。冬河リカ。


 優雅で可憐で愛おしい。


 リカと詩織は、パレードの大通りから少し離れた石畳みの並木通りを、2人で肩を並べて歩いていた。


 花火が、2人の顔を照らす。


「ジェットコースター、凄いスピードだったわね。レールから、飛び出すんじゃないかと思ったわ。」


 詩織がリカの顔を見ながら話しかけた。


「お子様の発想ね。私はあんな程度ものだと思ったわ。


 少し物足りない気持ちよ」


 リカが涼しげな気持ちでクールに嘘ぶいた。


「うふふっ、嘘ばっかり、本当は凄く、怖がってたくせに。


 お化け屋敷では、わたしの服掴んできたし。」「な、何言ってんのよ。そんな事あるわけないじゃない。


 暗闇で、あなたが迷子にならないように、」リカはしどろもどろになって否定する。


「うわああ〜ん」


 ふと声がする方に2人が振り向くと、街路樹のすぐそばで、幼い女の子が泣いていた。


 新緑の生い茂った木々の枝葉には、風船が引っかかってプカプカ浮いてる。


「うふふっドジな娘ね」


「リカと同じだわね」


 幼い子供をあざ笑っていたリカは沈黙する。


 リカは爪先を伸ばして背伸びをすると、ふらつきながら風船の紐を掴む。


 そして、風船を引き寄せて、少し微笑みを浮かべて子供の前に差し出してやった。


「はい」


 子供は、急に顔色を明るくすると、満面の笑みを浮かべて風船を手に喜んだ。


「お姉ちゃん、ありがとう」


 幼い女の子はお礼を言うと、振り返って、走り去って行った。


 リカはその女の子の後ろ姿を眺め、詩織は女の子を眺めているリカの姿を見つめていた。


 こんな優しい表情も出来るのね。


 不思議の国のお城を背景に、リカは再び詩織の方へと振り返る。


「さあ、詩織、今度は、あなたの番よ。」


 そう言ってリカは、詩織に向かって、優しくそっと左手を差し出した。


 不思議の国の魔法のお城を背景にして、上空では、花火が煌びやかに舞い散っている。


 その輝きが、リカの可憐な顔を映し出す。


「しっかりと、私の手を握って、決して離しては駄目よ。


 だって光り輝くパレードは、始まったばかりだもの」


 今、夜空では、ひときわ美しい花火が舞い散った。


 その輝きが、2人を照らし出す。


 妖精や、人魚姫たちが、踊りながら通り過ぎていく。


 光り輝くパレード、それは、リカと詩織がこれから2人で歩んで行く未来。


 -まっすぐに、私だけを見つめていなさい。


 詩織


 ほかのことには目もくれては駄目よ。


 私だけを見て、私だけを信じて、私の言うことだけを聞いていればいいの。


 そうすれば、たとえ最期には破滅の時が訪れるとしても、その日が来るまでは、甘美に満ちた溶けるような幸福感に酔い痴れさせてあげる。


 リカといると、すべてが光につつまれている。


 まるで、物語の世界にいるよう。


 たとえこれが、蜃気楼のような偽りの幸せでも構わない。


 リカ、今のあなたは、私にとって優しく、純真無垢な天使なの?


 それとも、私を暗闇へと引き込む悪魔なの?




  

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