第4話 虚飾の天秤
pjnt 天秤3
薄青に光り輝く長い髪をなびかせて、リカが、ゆっくりと道路に着地した。
光の絹がほどけるように、花びらのように散った魔物の虹色の陽炎をみたリカは、はあっ と一息溜息をつく。
いつしか暗い靄のような霧は晴れ、あたりは普段の日常へと引き戻されていく。
パァァァァーッ
自動車のクラクションの鳴り響く音と、そして遠くから聞こえるサイレンの音が通り過ぎていく。
突然、道路上に、オーロラのカーテンような円柱状の光の膜が出現する。
円柱形の上辺と下辺にはそれぞれ降魔陣が展開している。
その円柱状の光芒のカーテンが、3つ、4つと次々と出現する。
円柱形の光芒が消滅すると、中から複数人が出現した。
この世界にある、何十億、何百万億もある多重次元階層のどれか一つから次元転位してきたソーサレス(魔詠姫)たちである。
修道服を着た女性、金属製と同じ強度の合成繊維の服を着た科学都市の人達、そして、聖域と呼ばれる楽園の衣服を着た人達。
「相変わらず、来るのが遅いわね。もう終わったわよ。せいぜい、後始末くらいは、ちゃんとやってよね。」
リカはそう捨て台詞を吐くと、彼等を尻目にゆっくり歩いていく。
「冬河さん、大丈夫ですか?」
修道服の女性が、切り裂かれたリカの左手首をみて心配する。
リカはその言葉を無視して黙って歩き続ける。
「何だよ、あいつ、愛想のない奴だな」聖域からきた男性が呟く。
「リカ ︎」
詩織が彼女を小走りで追い駆けながら、呼びかける。
「リカ ︎待ってよ リカ ︎どこにいくの?」
リカは後ろを振り返ろうともせず、彼女を無視して歩いていく。
「行かないで、少しは話を聞いて ︎」
詩織はそれでも、しつこくリカに食いつく。
「ついて来ないで。今日は疲れたのよ。早く帰って眠りたいわ。」
リカは詩織のほうを振り返ろうともせず、まるで邪魔者を追い払うように横着に答える。
「さっき、あの女性を見殺しにして、自分一人で
私があの人を救うって懇願したのに、フューリズ(悪魔精霊)も私の手で必ず打ち破るって誓約したのに、どうして私のことが信用出来ないの?!」
つまらない理由をつけて話しを逸らそうとするリカを、詩織は一蹴して話を続けた。
「リカが協力してくれたら、せめて邪魔さえしないでいてくれたら、あの女性を救えたかもしれないのにー」
詩織は今まで溜まっていた不満を晴らすように、堰を切ったように話し始めた。
リカは、それでも詩織の方を振り返ろうともせず、彼女を無視して黙って歩いて行く。
悪魔精霊( フューリズ)の基礎構造は、本来、物質ではない。
非物質次元階層を循環する、憎悪や妄執などの精神と思念が渦巻く振源である。
そして、悪魔精霊( フューリズ)は、消滅と終焉の願望を持つ人間を選別し、その邪悪な心を持つ人間と精神を融合(リンク)する。
人間の精神や人格、記憶の中に、悪魔精霊( フューリズ)の振源が浸透し、同化することを、神界の契約と呼ぶ。
神界の契約を受理した人間は、その精神や魂に、エンジェル・コア( 悪魔精霊の心臓 )と呼ばれる振源の源泉となる核が植え付けられる。
エンジェル・コア( 悪魔精霊の心臓 )が植え付けられた人間は、徐々に精神を侵食され、精神と人格が憎悪と妄執で破綻し、最後は顕現して、肉体の構造までもが物質化した悪魔精霊( フューリズ)に生まれ変わる。
それは、仮に人の姿をしていても、同様である。それは他者を欺くために偽装した虚飾の姿に過ぎない。
「リカ、聞いているの ︎」
詩織は彼女が自分のことを無視したことに苛立ちを覚えたせいもあり、リカの手首を乱暴に掴み、引き寄せて、捻り上げて強引に振り向かせる。
さっき悪魔精霊( フューリズ)に切り裂かれたリカの左手首の裂傷に詩織の固い爪が食い込む。
傷口が再び開き、ダラダラと鮮血が流れ落ちる。
彼女の手首を掴んだ手に生暖かい感触が伝わる。
刹那、詩織の胸が痛む。
「つッ」
リカが苦痛でほんの少し顔をしかめる。
「 ちょっと、何するの、詩織。痛いでしょう。離して頂戴」
「嫌よ。リカがちゃんと私に説明してくれるまで、離さないわ ︎」
詩織は平静さを装いながら冷や汗を流すリカを、睨みつけながら拒否した。
「リカ、私たち、出会ってから、まだ数日しかたってないわよね。
一緒にいる期間はまだ短いけど、それでも 気持ちはお互いにほんの少しだけど通じ合ってると思っていた。だけどそれは、私のただの思い込みだったの!」
詩織は純粋に、誠実に、透明な瞳と心でまっすぐに見つめてくる。
まるで真冬の雪のような静寂さの中にかくれた、灼熱の炎のようなその瞳の中に宿る凛とした輝きで、リカの瞳を真っ直ぐに見つめてくる。
そこには余計な虚飾や駆け引き、計算や狙いは何もない。
まるで透明な春の雪解けの、川のせせらぎのように、自分自身の陰謀や深淵の闇を鏡のように反射してしまう。
だからリカは、自分の胸のうちを、心の裏側を見透かされそうで、怖くなった。
陰謀、虚飾、罠-
これから始める悪魔の計画-
見知らぬ人間など救う必要などない。
彼女はさっきこう言い放った。
戦いの時の彼女は、冷徹鋭利で、冷酷で、残酷で、計算高く生命の価値さえ天秤にかけられる。
でも今の彼女は、怯えにも似た弱々しい表情を見せる。
春の雪解けの氷のように、儚く、脆い。まだ幼さの残る、か弱い少女である。
まるで美しい白い花(ユリ)を、思わず手折るような、そんな感覚を覚えてしまう。
同性の自分でも、思わず魅了され、ハッと息を飲むような美しさ。
それはまるで、神の彫刻品、天使の模造品。
あるいは、天使を堕天させる(おとしめる)悪魔じみた美しさ。
恋愛感情とは違う、もっと崇高で芸術的な美しさ。
そんな彼女への同情と憐れみと、いっそ壊してしまいたいという偏執的な感情が交錯する。
「うふふっ、あなたも、本当に執念深いわね。」
リカは静かに冷笑すると、観念して言葉を吐き出した。
詩織と対決し、気持ちを打ち明ける覚悟を決めたのだ。
「じゃあ言うけど、あなたは、あの女性を救おうとして、それでどうなったの?
悪魔精霊( フューリズ)が顕現した、あの女性に殺されかけたんじゃないの?」
リカはゆっくりと、静かに言葉を紡ぐ。
「それは、あなたが悪魔精霊( フューリズ)を消滅させる為に、
詩織が反論する。
リカが協力してくれれば、女性がフューリズ(悪魔精霊)に精神と肉体を完全に乗っ取られる前に、救出する事ができた。
いや、せめて、単独でフューリズ(悪魔精霊)に攻撃を仕掛けたりしないで、余計な事は何もしないで、自分に全てを委任してくれていれば、一人でも女性の生命を救出する事が出来たはずだ。
そう言いたかったのだ。
「それに、今回、あの女性がフューリズ(悪魔精霊)に侵食されていることを見抜けなかったのは、ただ単に、私のシンフォニー・レーダー(旋律の探知)のソーサリーの熟練度が低かっただけ。
ただそれだけよ
次回はもっと訓練を積んで、能力(スキル)を蓄積させてまた挑戦すれば、今度こそ」
「違うわ、記憶の
詩織はリカから目を反らして、自分の過失を認めて負い目を感じながら少し声のトーンを落として話した。
その詩織の言葉を、リカは途中で遮った。
悪魔精霊( フューリズ)に都合よく編集され、映像化された女性の過去と経験を、詩織は女性への同情と親近感という旋律をつけて、思念として心と脳裏に流し込まれた。
それらはまやかしの慈愛や慈悲となって、純粋で心優しい聖女の精神を浸食し、幻惑する。
「今回、貴女が窮地に陥ったのは、私が単独でフューリズ(悪魔精霊)に攻撃を仕掛けたせいでも無ければ、貴女のソーサレスとしての熟練度やシンフォニー・レーダー(旋律の探知)のソーサリー・スキルが不足しているからでも無いわ。」
リカが先程の言葉の補足をして、さらに話を続ける。
「それだけじゃないわ、女性を救済しようとして、万一フューリズ(悪魔精霊)を駆逐し損ねたら。
あの時点で確実に悪魔精霊( フューリズ)を抹消させておかなければ、この惨劇は今以上に増大して、さらに何千万、何億もの被害者が続出することになる。」
悪魔精霊( フューリズ)とは、ある意味自然災害のようなものである。
周囲の大気や気流を飲み込んで増大する竜巻のように、悪魔精霊( フューリズ)は繰り返される殺戮と処刑による人々の断末魔の恐怖と絶望を糧に、どんどん増長し、強大になっていく。
「だから、私が絶対に悪魔精霊( フューリズ)を抹消するって-」
詩織が口籠り、戸惑いながらも、強気な発言をする。
「うふふッ 絶対?」
リカが口元に手を置いて、冷笑しながら詩織に問いかける。
「はっ 」
詩織が息を飲んで口を紡ぐ。
リカの冷笑と絶対?その単純な一言、問いかけに、詩織は気づいた。
自らの精神の動揺と焦りに。
「女性も救って人々も救う。凄い自信ね。さすが最初から檻村の強大な叡智と資産、権力を受け継いでいる楽園のお姫様は違うわよね。」
リカが、皮肉と侮蔑にも似た憐憫を込めて、彼女を嘲笑する。
「な、何ですって?」
詩織は顔を少し赤くして、言い返そうとするが、上手く言葉がでない。
「ソーサリーは精神や心、魂が奏でる旋律であり、ソーサレスの意思 であり、願望と想いの力だわ。
貴女は、あの女性を救いたいという気持ちがあった。
あの女性に助かって欲しいと願っていた。
その気持ちがあなたの シンフォニー・レーダー(旋律の探知)のアンテナ(感知能力)を曇らせて、狂わせたのよ。
貴女の現実を歪めて見せたのよ。」
ソーサレスとしての強さや魔導力、様々な能力とは、ソーサレス自身の想いや願い、恐怖や不安などの精神状態が影響する。
エーテル( 魔導元素)はソーサレスの思念波の影響を受けてその基礎構造を変化させる。
そしてその変化したエーテル( 魔導元素)がソーサレス自身の能力やソーサレスの体内などを循環するエレメント( 物質元素)
などに干渉し、影響を与える。
ソーサレスの強い意思や執念は、ソーサレスとエーテル(魔導元素) とのシンクロ率( 同調率 )を高め、魔導力や能力値を強くする。
だがソーサレスの強い強迫観念や緊迫感は、時として敗北や失敗への不安や死への恐怖などに繋がり、その能力や技術を歪めてしまう事もある。
今回詩織は、人質に取られた女性を救いたいと強く想い過ぎたために、それが不安や焦りに繋がり、エーテル(魔導元素)の構造を歪め、ソーサレスとしての能力値を下げてしまったのだ。
「今回貴女があの女性がフューリズ(悪魔精霊)に顕現した事を見抜けず騙されたのは、貴女のその、何でも自分なら出来るっていう自惚れと、過剰で意味不明で不利益で有害極まりない謎の慈愛心や慈悲深さが原因よ。
この、根本的な原因を理解して、解決しない限り、いくら研鑽を積んでも情熱を燃やしても 煉獄の燃え盛る溶岩の中へと真っ逆さまに沈没していくだけだわ。
貴女がそこまで、生命を燃やすその慈愛心と献身の正体は何なの?
偽善心か?愚劣な民衆への哀れみと同情か?それとも、救済の聖天使にでもなりたいのか?」
「それは!!」
強い口調で言い返そうとする詩織の言葉をリカは遮って話を続ける。
「人質を救いたいなどと、口走っている時点で、すでに自分を見失っている証拠よ。
下らない慈愛心や正義感で冷静さを欠いて、自分の精神状態すらも制御出来ず、
そう言ってリカは詩織に掴まれた左手首を振り解くと、振り返ってゆっくりと立ち去って行った。
「人を救済して、誰かを守護することが、そんなに悪い事なの!!リカ!!
貴女には、誰かを愛するとか、誰かを守りたいとかって気持ちはないの!!誰も大切な人とかはいないの?!
正義の為に戦う事を嘲笑して、断罪するなんて、貴女はどうしてそんなにも意地悪で、偏屈で、強情で、嫌な娘なの?もう、リカなんて大嫌い!!」
詩織はもう、その場を立ち去ろうとするリカを追いかけられずにいた。
リカの現実的で冷淡で、それでいて情熱的な理論と言葉に正義感を看破され、揺るがされたからだ。
それでも最後に、彼女の背後から叫び声をあげ、自分の心の深淵にある慈愛と慈悲の気持ちと怒りの言葉を絞り出し、捨て台詞とともにリカを罵倒する。
彼女自身も、燃えるような情熱的で、悲哀と友愛の心を込めて。
ふと気がつくと、右手にベットリとした生暖かい感触があることに気がついた。
源泉のように光り輝く、精霊の宿る血。
(幾つもの作品の中からフォーレン エンジェルを選んで下さり本当に有難う御座います。
引き続きこの小説をお楽しみ下さい。)
ご意見、ご感想をお待ちしております。
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