守護隊部、怪人と遭遇する

 百年近い歴史と、数千数百人の生徒数を誇る紅路樹こうろぎ学園には、教師でさえ把握しきれないほどの多数の施設が存在する。

 今、守護隊部の面々は、いわゆる旧校舎と呼ばれる建物の一つを訪れていた。


「わォ、これはまた、アンドーナッツなビルですネ~」

「それを言うならアンティークだ。アンしかあってないじゃねえか」

「ここは学園創立のころから存在しておりますが、今では老朽化のため立入禁止となっています。もちろん今回は立ち入り許可を取っておりますが……」

 焔子ほむらこが入り口の鍵を開け、中に入った直後――。


「待てい!」

 五人のものとは異なる男の声が、烈堂れつどうたちの動きを止める。

 玄関ホールと思しき広間の奥の扉、その前に一つの影があった。


「何だこの、ええと……何?」

「……おお、ほんとに怪人だ……」

「アー、よくテレビで見るやつですネー」

「言われてみれば、俺も子供の頃、見たような記憶がある」

 そこにいたのは……体型こそ普通の人間に近いが、門柱らしき建材をその身に鎧のごとくまとわりつかせた、白い仮面の人物。


「念のために確認するが……話し合いの余地とかはないのか?」

「この門番マンのまなこが闇よりくらき漆黒をまとううちは、太古より封印されし不落の城門、くぐることかなわぬものと心得こころえよ!」

「わかった。話は通じそうにないな……っていうかあれ、人間なのか?」

「あれは、学園のシンボルである桜の樹が、人の思いを元に生み出したものでござる」

「もとはと言えば純粋な願いだったのかもしれませんが、ああなってしまえば勝手を押し通すだけの代物しろもの


 焔子は、部員たちのもとから三歩進み出る。

「しかし、それに対抗するには、こちらも同じ樹の力が必要。ですからまず、わたくしが見本を見せますわよ!」

 そのまま焔子は、先程の腕輪を左手から抜き、右手に持ち換えたそれを天高くつき上げる。直後、腕輪から何かのスイッチを押したかのような小さな音が聞こえた。


    ◇


紅色変身スカーレットチェンジ!」

 ダンスというより日本舞踊めいた所作とともに、あかく輝く腕輪が光の軌跡を残し、少女の姿は燃え盛るほのおにも似たくれないの奔流に呑まれた。

 輝きは数秒後に収束し、炎の中からよみがえる不死鳥のごとく、焔子は立ち上がり紅蓮の翼を広げる。

 いや、それは翼などではなかった。彼女のトレードマークとも言える、赤髪の縦ロールをはためかせ、少女は光の中で悠然と構えていた。


 そのときには彼女は、紅色べにいろ――鮮やかに発色した赤――を基調としたボディスーツのような衣装で、頭や四肢を含む全身を隙間なく包み込まれていた。

 数舜前まで彼女が纏っていた制服は、いつの間にか姿を消している。

 さらに、ロングドレスに似た装束へと変じた光を、焔子が姿を変えた戦士はその身に纏った。

 頭部は覆面レスラーを連想させる真紅のマスクに覆われ、目とその周辺だけがゴーグルのような光沢のある黒い素材になっている。さらには、鎧武者の『鍬形くわがた』のように、図案化された『紅』の文字がその額を飾っていた。ただ、彼女のトレードマークともいえる真紅の縦ロールだけは、その長さを増して残されている。


「スカーレットレッド、参ります」

 貴族令嬢のごとく――いや実際に社長令嬢ではあるのだが――優雅に一礼し、紅蓮小路焔子改めスカーレットレッドは凛とした声色で名乗りを上げた。


    ◇


 くノ一……朱藤すどう四乃舞しのぶもそれに続く。


朱色変身ヴァーミリオンチェンジ

 忍者らしく両手で印を結ぶと、くノ一の姿は足元から吹き上がるあかい煙の中に消える。


 その煙が晴れると、そこに立っていたのは先ほどまでとあまり変わりのないくノ一の姿。

 朱色――わずかに黄色みを帯びた赤――の装束こそスカーレットレッドのものと似たデザインが付け加えられたものの、全体のシルエットはほぼ元の姿と同じだ。ただ、その顔の部分だけは、マスクに変わっていた。元々目元だけが露出していたものの、それも黒いゴーグルで覆い隠されている。額にはスカーレットレッドのものと似たような、『朱』の一文字が飾られていた。


「ヴァーミリオンレッド、ただいま参上!」

 姿を変えた四乃舞改めヴァーミリオンレッドは主である焔子スカーレットレッドに並び立つ。


    ◇


「ハイハーイ、ワタシも、行ってきまース! まぜんた、ちぇぇんじぃ!」

 次の瞬間には、マゼンタも飛び出していた。


「おい待て! まだお前何も聞いてないんじゃ……!」

 烈堂の心配をよそに、マゼンタの体は赤い風に包まれる。


 その向こうを見通せぬほどの密度を持った原色の風は彼女の姿を覆い隠し、そして透明な大気に希釈されるように消える。

 そこに残されたのは、色の三原色の一つ、彼女の名でもあるマゼンタのボディースーツめいた衣装の少女。さらにその上に、西部劇のガンマンを思わせる上着を羽織っている。ベルトの左右にあるホルスターには、二挺の拳銃らしきものも収められていた。その額には、仲間のものとは違い、アルファベットのMを模したような飾りがあった。


「ヘイ、どうですカ、レツドー?」

 そこでマゼンタは、烈堂に呼びかけつつ、ファッションショーのようにくるりと一回転して見せる。


「いや、どうですかって……」

「モー! こういう時はオセジでもキレイって言うもんですヨ!」

「その覆面レスラーみたいな格好に何と言えと」

「……覆面レスラー言うな」

「うおっ!?」

 マゼンタに気を取られていたせいか、間近からかけられたつゆの声に驚く烈堂。


    ◇


「……これは、古より伝わるいくさの装束」

 そう言うとつゆは、烈堂の前に進み出て、右手に持ち替えた腕輪を突き上げる。


「……緋色変身クリムゾンチェンジ

 腕輪から、新体操のリボンを思わせる緋色の光の帯が伸び、つゆの体に巻き付く。

 制服は覆い隠され、そのまま光の帯はボディースーツへと変わった。目立った特徴のない、やや短めのスカートを履いた姿。額には、図案化された『緋』の文字がある。


「……クリムゾンレッド」

 間延びした話し方とは印象の異なるキレのある動きで、つゆ改めクリムゾンレッドはポーズを決める。


    ◇


 最後に赤羽烈堂は――。

「ふっ!」

 変身するでなく、いつもの制服姿のまま地を蹴った。門番マンを自称する怪人まで、十メートル近くある間合いを一瞬で詰める。


「ぬうっ!?」

 門番マンも、慌てて両腕で頭と胸を守る体勢をとる。

 烈堂はそれを予想していたかのように右のアッパーで防御する両腕をはじき、間髪入れずに肘を打ち下ろした。


「ちえええぇぇいらああああ!!」

薩摩国さつまのくにの方ですの!?」


「げずっへ!!」

 鳩尾みぞおちに肘打ちを食らった怪人は、奇声とともに白目を剥いて倒れ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る