マゼンタ・ソーマ、お嬢様を惑わす
「失礼する」
先ほどまで冷たくあしらっていたはずのマゼンタを背中に
彼らを出迎えたのは、一人の女生徒。
発展途上の美少女というより、完成された美女と言った方が彼女にはふさわしいだろう。
「おオー、おジョーサマ、おジョーサマがいますヨ!」
「おいマゼンタ、まさかお前、入学式のことをもう忘れたのか?」
新入生代表としての挨拶を見事に
その名も、その姿も、ひとたび見知ったならば忘れようもないものだったから。
彼女の名は――。
「静まれい!」
だが、『お嬢様』と言葉を交わす間もなく、天井から降って来た女の声が彼らの間に割って入る。
「っ!?」
「上だ」
一瞬その身を強張らせたマゼンタに対し、烈堂は一人で腕を組んだままちらりと視線を向けただけだ。
その視線の先では、天井に開いた管理作業用と思しき穴から、一つの
影は空中で反転し、忍びの者とは程遠い目を引く
その顔も忍者らしく覆面で覆われており、わずかな隙間から鋭い眼光が烈堂たちを見据えていた。
「忍者、
時代劇というより、漫画に出てくるキャラクターのように名乗りを上げたくノ一……四乃舞は、続けて
「こちらにおわすお方をどなたと心得る。恐れ多くも
そして、くノ一の紹介を受けた令嬢は、一歩進み出るとその唇を開く。
「御老公の御前である! 頭が高い、控えおろう! って誰が御老公ですの!?」
「誰が御ろ……いやすまん出遅れた何でもない」
「ノリツッコミは貴族の
「すまんな。庶民だから上流階級の風習には
烈堂は咳払いを一つして、呆れたような表情を消す。そうして気を取り直すと、一瞬左下に目を向けた後、再び焔子に向き直った。
「挨拶が遅れた。俺は一年五組の赤羽烈堂。そこで土下座してるのが二組のマゼンタ・ソーマだ」
「ははァー」
「あの、
「いや、お嬢がノリで頭が高いとか言い出すからでござる」
「ええと……別に、ほんとに頭が高いなどと考えていたわけでは……」
動揺するお嬢様の代わりに、四乃舞が声を上げる。
「マゼンタ・ソーマ、立ちませい!」
「ははァー」
そうやってようやく立ち上がったマゼンタに、失礼、と焔子は声を掛けた。
「
「あいきゃんとすぴいくいんぐりっしゅう」
「
流暢な英語をさえぎって放たれたマゼンタの棒読みに、焔子は思わず絶句する。
「からかわないで下さいまし。私はまじめに……」
「いや待ってくれ。こいつのことは小さい頃から知っているが、これが素だぞ」
「事前に調査をいたしたが、父親がアメリカ人というだけで、日本生まれの日本育ちという話でござったな」
「し、しかし、英語の授業ぐらい、小学校から受けているでしょうに」
「それは俺たちも同じだが、皆が英語ペラペラになるわけじゃない。こいつは中学の時から英語は2だったぞ」
英語はというか……それ以降の言葉を烈堂は呑み込んだ。それはいま語るべきことでもあるまい。
「百点満点ですの……?」
「5段階評価だよ!」
「いえしかし……先程から聞いていれば、日本語の方もおかし……失礼、不自由、ではなく不如意と申しますか……」
言葉を選んでいるらしい焔子を、もういい、言いたいことはわかった、と烈堂は制する。
「『日本語以外は話せない』と『日本語が不自由』は両立する。何の疑問もないだろう」
「それでしたら……
「ハイ」
焔子の問いかけに短く応えると、マゼンタは近くの机の上に置かれていた紙とペンを手にとり、でかでかと『ぢ』の
「人の不安を掻き立てないと生きていけない
一瞬声を荒らげた焔子であったが、手にした扇でその顔を
「しかし、無駄に達筆なのがまた何と言いますか……」
「誰にでも特技のひとつやふたつ、あるものでござる。問題はもうひとつの特技でござるが……」
「特技ですカ! 小粋なジョークなんかも得意ですヨ!」
「待て! お前得意の意味を理解してないだろ!?」
「そこからですの!?」
「まあまあ、いいではござらんか。自己紹介代わりにお笑いでも一席」
「俺は知らんぞ、どうなっても」
ため息とともに視線を逸らす烈堂。
他の二人の注目を浴びながら、マゼンタは満を持して唇を開いた。
「『魚屋のオッサンがオナラした』『ヘー』」
「………………………で?」
訪れるべくして訪れた沈黙に耐え兼ね、烈堂は不機嫌な表情と声をマゼンタにぶつける。
「おアトがよろしかったデスか?」
「よろしいわけねえだろがあああ!」
状況を理解していないその態度に、烈堂の我慢は限界に達した。
「知性とか理性とか品性とか、そういったものがお前からは一切感じられないんだよおおおお!」
「言葉のイミはよくわからんガ、とにかくヒドい言われよう」
マゼンタの相手は諦め、烈堂は先程から何も言わない焔子と四乃舞の方に向き直る。主従は、凍りついたように動きを止めていた。
「……………………」
「……………………」
「おい、あんたらも黙り込んでないで何とか言ってやってくれ」
「にんともかんとも」
「……………………」
「お嬢も、
「いや何も言ってないだろ。それはそれで間違いではないが」
それよりも、と烈堂は本来の目的を果たそうとする。
「この部についてなんだが……」
まだ動きのぎこちない焔子に代わり、四乃舞がそれを制した。
「そ、その前に、もう一人のメンバーを紹介するでござる」
四乃舞とともに、焔子も部室の奥へと視線を送る。
その先には、応接間のようなソファーに腰を下ろした女生徒が一人、先ほどからの騒ぎをまったく気にも留めずに、カバーをかけた本を熱心に読みふけっていた。
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