後日譚221.元訳アリ冒険者たちは案じている
シズトたちが転移した世界では、十五歳になると大人として扱われる。そして、家庭を持つのもだいたいそのくらいの年齢が一般的だった。
また、子どもを産むのも早い。子どもは幼い頃から労働力として使える事が多いからだ。加護を授かっていたら子どもが貴族になって生活が楽になる事もごく稀にある。そう言った打算もあって、結婚したらすぐに子どもを作るのもよくあった。
また、産む子どもの数が多い事もよくある。
加護を授かるかもしれない、という打算はもちろんあるが、出産の際に子どもがなくなる事もあるし、例え母子ともに無事に産まれたとしても、魔物や盗賊という脅威が身近にあるため大人になるまでに亡くなる事も珍しくはないからだ。
だから女性が二十五歳になる頃には二、三人子どもができていても不思議ではない。不思議ではないのだが、ファマリアの冒険者ギルドのギルドマスターであるイザベラは、子どもどころか恋人すらいなかった。
「はぁ。もうアンタたちの子どもが私の子どもって事でいいんじゃないかしら」
「それはだめじゃないかしら」
イザベラは久しぶりに会った元パーティーメンバーと一緒の机を囲みながら夕食を食べていた。
銀色の長い髪を後ろで束ね、ツリ目がちな赤い瞳が特長的な彼女は困ったような顔で笑う女性に視線を向ける。
「そうでもしないとやってらんないわよ」
「ベラちゃんはえり好みしすぎじゃないかしら? 私が眠っていた間、良い人はいなかったの?」
さらに問いかけたのは真っ赤に燃えるような髪の毛を真っすぐに下ろした大柄な女性だ。彼女の名前はルウ。シズトの嫁であり、今は一児の母である。普段であれば防具などを身に着けているのだが、今は完全にオフの格好でタンクトップにホットパンツという軽装だった。
そんな彼女にイザベラは「ベラちゃんっていうな!」と言い返すだけだった。そんな彼女の代わりに答えたのは、同じ机を囲っている女性だ。
「出会い自体はギルドマスターになってからちょくちょくあったみたいだけどな……」
「どいつもこいつも私よりも弱かったから結婚していても上手くいきっこなかったわよ!」
イザベラが言い返した先にいたのはルウの姉であるラオである。ショートヘアーの彼女は赤い髪を特にセットしていない。ルウと同じようなタンクトップにホットパンツという出で立ちだったため、髪の長さが同じだと見分けるのは難しいだろう。
姉妹は二人とも大量の食事を注文したにもかかわらず既に食べ終わっていて、酒を飲んでいた。イザベラもまた、二人ほどではないが注文した食事は既に食べ終えていて、空のワイングラスを持っている。
「イザベラよりも強いやつってなると随分と限られるんじゃねぇか?」
「そーねぇ。それに、そういう人たちってすでに所帯持ちな事が多いし……。ベラちゃんは昔っから二人だけで愛し合いたいって言ってたけど、今もそれは変わってないのかしら?」
「あったりまえでしょ! っていうか、ベラちゃんっていうな!」
イザベラはだいぶ出来上がっている様で顔は真っ赤だったが、ラオとルウはほんのりと赤い程度だった。飲んでいる量がイザベラの方が多いというのもあったが、単純に二人は酒に強い。
「ファマリアだと出会いはあんまりないだろうしなぁ」
「もう既存の知り合いで手を打つしかないんじゃないかしら? ほら、クルスくんとか……」
「クルスはイザベラよりも弱いだろ。やっぱボビーじゃねぇか?」
「なんであいつの名前がここで出てくるのよ! いつも氷漬けにしてるから私の方が強いわ!」
「いやいや、何事もなく抜け出してんだろ」
「ボビーくんは一途だし、丁度いいんじゃないかしら?」
「デリカシーのないバカは嫌いよ」
「本当に嫌いな相手は発言すら許さないくせにぃ」
「はったおすわよ」
「あら、できるのかしら?」
机に立てかけていた杖を手に取ったイザベラを、余裕の笑みで煽るルウ。そんな二人をラオは呆れた様子で見ていた。
その後も大量の酒を飲みながら三人の宴は続いていた。ラオとルウも飲み続けているため、流石に顔が赤くなっていたが、イザベラはそれ以上に真っ赤っかだった。
宴の話題は変わらずイザベラの結婚相手に関する事だ。イザベラの演説のような長い話を一通り聞いていたラオが呆れた様子で口を開いた。
「あれもこれもって条件を設けてるから相手がいねぇんだよ。アタシらと同じでイザベラも二十五だろ? そろそろ結婚しねぇとマジで先はねぇぞ?」
「自分よりも強い相手って言う条件を無くしたらまだ候補は増えるんじゃないかしら?」
「それは絶対に譲れないわ! 私が出産するまでの間、私たちを守ってくれる相手じゃないと」
「金持ちに嫁げば護衛とかつけてくれるだろ」
「でも、お金持ちで一夫一妻の人なんて限られるし、そういう人はもう既に相手がいるわよ? ……成人前の子を狙うとか?」
「それだとなおさらイザベラよりも強いやつっていう条件をクリアするのが難しーだろ」
「加護持ちは競争率が高いものね……」
「やっぱボビーにしておけよ」
「そうよね、ボビーくん、ベラちゃんの事が大好きだものね」
「おう、そうだな!」
唐突に話に割って入ってラオとルウの意見に割って入ったのはラオとルウと同じくらい大柄な男だった。丁度話に出ていたボビーである。
「あ、アンタいつのまにいたのよ!」
「いつの間にって今さっきだが? 表の通りからお前たちの姿が見えたから混ぜてもらおうかと思ったんだ」
「ガールズトーク中よ! あっち行きなさい!」
「ガールズっていう歳でもないだろう?」
「そういう発言を止めろって言ってんでしょーが!」
「思った事をそのまま行っちゃうのはボビーくんの悪い所よね」
「それこそお喋りの神様にでも愛されてんじゃねぇか?」
姉妹揃ってため息を吐いた後、同時に立ち上がった。
「そろそろアタシらは帰るわ」
「ちょっと待ちなさいよ! まだまだ飲み足りないわ!」
「丁度ボビーくんも来たところだし、一緒に飲めばいいじゃない」
「お、そうか? じゃあ遠慮なく……」
「ボビーくん、発言はちょっと考えてからすると良い事があるかもしれないわ」
「無理だ! なんてったって『お喋りタンク』だからな!」
「そんな堂々と言う事じゃねぇだろ。……支払いはアタシらがしておくから好きなだけ飲み食いして良いぞ」
「お、太っ腹だなぁ! じゃあ遠慮なく……」
「ちょっとは遠慮しなさいよ!」
「タダ飯と酒は遠慮するなって教わっただろう?」
「そういう事。それじゃ、ボビーくん、ベラちゃんの事よろしくね」
「ベラちゃんっていうな~~~」
赤ら顔で叫ぶイザベラを放っておいて、ラオとルウはそそくさと退散した。
口では嫌だ嫌だと言いつつもイザベラがボビーの事を意識している事を知っているからこそ二人っきりにさせたのだが――。
「うまくいくんかね、あいつら」
「どうかしら? ボビーくんがほんの少しだけ考えてから発言するようになればうまくいくと思うんだけど……」
「それかイザベラがボビーの発言を気にし無くなればあるいは、な」
どちらにせよ、すぐには難しいだろう。
そう思いつつも姉妹は結婚適齢期を既に過ぎている二人の事を案じながら屋敷に帰るのだった。
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