後日譚220.侍大将の望みは既に叶っている
シグニール大陸から海を渡って西に進んだところにあるクレストラ大陸は、他の四つの大陸の何れよりも大きく広大である。
だが、世界樹はたったの一本しかなかった。その一本だけある世界樹の名はフソー。クレストラ大陸の中央よりも南に聳え立つその世界樹を中心に、都市国家フソーは広がっていた。
魔物たちの勢力圏である『魔の山』と接する事もなく、ファルニルとヤマトの二つの国に囲まれていた内陸国だったが、世界樹に異変が生じた際に滅んでしまっていた。
だが、滅んだ国であるフソーの街には数多くのエルフが暮らしていた。以前と違う点は彼らの首に奴隷の証である首輪が着けられている事だろう。
彼らは滅ぼされた後、生き残った者の多くが奴隷として売られ、散り散りになっていた。
だが、新しく世界樹を育む加護を授かっていたシズトによって買い戻され、以前と同じような生活をする事が許されていた。
そんな彼らを管理しているのが世界樹フソーの根元に広がる禁足地の中で生活しているムサシというホムンクルスだった。
二メートルほどある彼の体には当然のようにドライアドたちが纏わりついているが、鍛え抜かれた彼の体はびくともしない。
「拙者、いろいろ考えたのでござるが、やはり望みは特にないでござるよ」
「そうなの?」
申し訳なさそうに切り出したムサシを見上げる形で見ていたシズトが首を傾げた。
前世基準で考えると中肉中背のシズトだが、ムサシを前にすると幼さの残る顔立ちも相まって子どもに見えなくもない。
彼らは今、ご褒美に関して話をしていた。
ホムンクルスへのご褒美が着々と決められてシズトが対応する中、全く音沙汰がなかったムサシの所にシズトがやって来たところだ。
「拙者のやりたい事というと、主殿に仕える事でござる。それは既に現時点で叶っているから特にこれ以上望む事はないのでござるよ」
「仕えるって言ってもほとんど会ってないじゃん。ここ一年なんてこっちの大陸の国に加護を使うために来た時に顔を合わせる程度でろくに話もしていないじゃん。取ろうと思えば幾らでも……は無理だけど、月に一回くらいは時間をとれるだろうし、何かやりたい事とか言ってもらえると助かるんだけど……」
「そう申されてもなぁ……」
「じゃあ欲しいものは? 困っている事でもいいよ」
「ないでござるなぁ」
「しっかり考えてる?」
「考えているでござるが、欲しい物はたいてい手に入るでござる。困っている事はだいたい自分で解決できた事ばかりでござるから特にないでござるよ。強いてあげるとしたら、望みがなくて今困っているでござる。主殿の命でござるから、一生懸命真面目に考えているでござるが……そう願われて作られたのかも死ぬでござるなぁ」
「そんな事願ったかな? 侍っぽいイメージで作ったのは否定できないけど……」
「あとは拙者を起動したホムラ殿の考えもあるかもしれぬでござる。まあ、いずれにせよもうこうして動いている以上どうしようもないでござる」
「そっか……。じゃあ、とりあえず定期的に時間を作って一緒に過ごそうか」
「忙しい主殿の時間を奪う事なんてしたくないでござるよ」
「奪われたなんて思わないよ。僕がそうしたいからそうするの。……どうせなら赤ちゃんたちにも会わせたいし、定期的にファマリアに来てもらって一緒に過ごすのもアリだけど、こっちの状況はどう?」
「国家間の大きなトラブルはないでござるよ。小さなトラブルの内に自分たちで解決しているでござる。だから拙者が数日欠席したところで国際会議は問題ないでござる。街のエルフたちは契約で縛られているから下手な事は出来ないでござるし、奴隷相手に狼藉を働くような余所者はジュリウス殿から貸し出されている世界樹の番人たちによって捕えられているから拙者がやる事はないでござるなぁ。何もやる事がないから最近はその場にいるだけのお飾りの将軍みたいな気分でござるよ」
「ん~…………僕はそっちの方が楽だけど、ムサシは何かしていたいとかある?」
「いやぁ、ないでござるなぁ。主殿の助けになるのであればいつでもどこでも馳せ参じる所存でござるが、今の生活ものんびりできて悪くないでござる」
「そっか、ならいいか。とりあえず調整して月に一回くらい顔を出してよ」
「分かったでござるよ」
転移陣で帰っていくシズトを見送り、ムサシはぼりぼりと頭を掻く。
その様子を見てムサシの体に引っ付いていた小柄なドライアドが彼に話しかけた。
「どうしたですか~?」
「いや、何か適当に欲しい物を言っておくのが良かったかもしれぬと思っただけでござるよ。主殿に仕え続ける事が望みであるからこれ以上何かをしてもらう必要はないのでござるが……主殿が褒美を与えたいのであれば、それに答えるのが拙者のするべき事だったでござる。次に会うまでに何か適当に考えておくべきでござるかなぁ」
「一緒に考えましょう!」
「皆で考えればいい案がきっと浮かぶはずです!」
「そうでござるなぁ。とりあえず家に帰るでござるよ」
「そうするでござる~」
「ござるござる~」
その後、ドライアドたちの欲しい物を参考にムサシは欲しい物を考えたのだが「他の子たちとのバランスを考えるとそれだけじゃ足りないよ」とシズトに言われるのだった。
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