後日譚218.事なかれ主義者は見たくないものもある

 目的地の『フェアリー・フォレスト』に着くと店内は混雑していたけれど待っている人はおらず、すぐに入る事ができた。

 店先には植木鉢がいくつも並んでいて、色とりどりの花が咲いていたけれど、店内にも観葉植物がそこかしこに置かれている。机と椅子は全て木製で、落ち着いた雰囲気のあるところだった。


「いらっしゃいませー」

「人間さんだ~」

「何しに来たの~?」

「いや、こっちのセリフだよ」

「お店屋さん!」

「私たちもしてみる事にしたの~」

「外貨獲得」

「なるほど……レヴィさんは知ってるのかな?」

「人間さんは知ってるよ」

「この場所用意してくれたんだよ」

「そっか」

「注文が決まったら呼んでね~」

「ばいばーい」

「れもれもー」


 僕の問いかけにハキハキと答えてくれたのは人族の幼児くらいの大きさしかないドライアドたちだ。彼女たちの頭の上には花が咲いているけれど、それ以外は人族の子どもにしか見えない。

 最初は一人だったのにわらわらと集まっていつの間にか接客をしていたドライアドのほとんどがこっちに来ていた。それでも問題が起きなかったのは、ドライアドたちと一緒に町の子たちも働いているからの様だった。

 料理をしないドライアドたちが喫茶店なんてどうやってるのか疑問だったけど、調理は町の子たちがやっていて、ホールを回っているのがドライアドたちのようだ。通常であればそのサポートを町の子たちがしているようだった。


「下見の時はとても並んでいたのに、まさか今日に限って列がないとは思いませんでした。想定外ですが、致し方ありません」

「並んでみたかったの?」

「まあ、そうですね。ですが他にもやってみたいシチュエーションはいくつかあるので大丈夫です」

「シチュエーション?」

「なんでもないです」


 オクタビアさんは先程までしょんぼりしている様子だったけど気持ちを切り替えた様でメニュー表を眺め始めた。

 オクタビアさんが順番待ちをしてみたかったんだったら先に言っておけばよかったかな、なんて事を店の前にできている長蛇の列をチラッと見て思った。




「なるほど、借りた本にそんな感じのシーンがあってやって見たかったと」

「はい。読んだ時はあまり理解できませんでしたが、お互いに食べさせ合うというのはいいですね。少し恥ずかしかったですけど、シズトさんの恥ずかしそうな顔が可愛らしかったです。他の方とはああいう事はされてないのですか?」

「いや、主にルウさんが率先してしてくるから慣れてるんだけどね。流石にドライアドたちや他のお客さんたちにガン見されながら食べなくちゃいけないのは恥ずかしいよ」


 浮遊台車に運ばれながらカフェでの事を思い出すとまた頬が熱くなった気がしたが、前に座っているオクタビアさんは普段通りだった。

 カフェでは新鮮なサラダやオニオンスープ、ジャムがたっぷり塗られたパンなどを食べて、最後に焼き菓子を食べた。

 その焼き菓子を食べる時に彼女の希望で食べさせ合いっこをする事になったんだけど、僕がオクタビアさんにしたタイミングでその様子を一人のドライアドが興味深そうに見ていた。

 その後、僕が食べさせられる番になった時にはドライアドが増えていて、その事で他の席のお客さんたちも僕たちがしている事に気付いた様子でなにやらジッと見られた。

 ただ、ああいうのはさっさと食べちゃった方が恥ずかしい時間は短くて済むというのは経験則で知っているから気にしないようにしてサクッと終わらせた。


「それより、次は何をするの?」

「劇を見たいです」

「あ~……行った事はないけど、なんか劇団もできたんだっけ? あれ? やってきたんだったかな……? まあ行けば分かるか。劇場に行ってもらえる?」


 振り向いて浮遊台車を押してくれている女の子を見上げて尋ねると、彼女は真っすぐに僕を見返して「どこの劇場に行けばいいですか?」と聞いてきた。危ないから前を見て欲しいな。


「いくつかあるの? オクタビアさんは行きたい場所は決まってる?」

「はい。『語り部座』にいきたいです」

「分かりました。ご案内します」


 進行方向に目的地があるのか、浮遊台車はそのまままっすぐ進み続ける。

 すぐに着くという事だったので大人しくして待っていると、真新しい大きな建物に到着した。

 どうやら行政区にあるいくつかの大きな建物は劇団に貸し出しているものらしい。有事の際は避難所としても指定されているようで、看板が立てられていた。

 劇場のお客さんは町の子たちもいるようだけど、暇を持て余した冒険者、身なりの良い貴人などいろんな人が訪れているようだ。

 当然のように列に並ぶ必要はなく、VIP席っぽい所に案内された。

 ふかふかの椅子に並んで座ったオクタビアさんがまだ幕が開いていないステージを見ながら口を開いた。


「先月まではシズト様の偉業を劇にしたものを講演していたようなんです。エミリーさんやシンシーラさんから教えてもらったのがもう少し早ければ私も見れたんですけど……残念です」

「…………」


 自分がモデルとなった劇なんて絶対見たくない。けど、お嫁さんたちが見るのを止めるのは違うだろうし……。

 とりあえず「また今度やってるといいね」と声をかけたんだけど「他の劇団ではやっているので、そちらを一緒に見る約束をしましたから大丈夫です」という返答が来た。

 ……劇団には今後も訪れる事はないかもしれない。

 そんな事を思っている間に上演時間が来て、劇を見る事になった。過去の勇者様とお姫様のラブストーリーだった。有名なお話らしい。

 魔法も盛大に使っているから普通に人が飛ぶし、とても迫力があって見応えがあったけれど、将来僕とお嫁さんたちの話が劇になるかもしれないと思うと何とも言えない気持ちになった。

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