後日譚217.事なかれ主義者は待ったことがない
お昼ご飯を食べる事も考えて、世界樹ファマリーを中心に反時計回りで町を回る事になった。
小腹を満たした僕たちは「町の子の様子を見て学びたい」というオクタビアさんの想いを叶えるために研修所がある区画を見学した。
世界樹の番人たちが事前に話を通してくれていたようで、研修所では手の空いていた教員が出迎えてくれて中を案内してくれた。
研修所では簡単な読み書きと算術に加えて、生活に必要なスキルが身に着くように指導がされている。さらに希望者には外部から講師を呼んで専門的な内容を教えてもらっている。そのために必要な建物は、町の拡張に合わせて追加でいくつか建てられていた。
専門的な事で人気なのはやはり冒険者だった。自前で持っている離れ小島のダンジョンで手に入れた魔物の素材を換金して得たお金は自由にしていいと明言している事もあって、そこそこの人数が志望している。ただ面倒を見てくれている冒険者にも限りがあるので定員を設けてはいるけど。
「冒険者の心得や旅の仕方に加えて実技などまで教えているのですね。参考になります」
「算術とか文字の読み書きも教えてるけど、そっちは見なくてもいいの?」
「残念ながら国民の意識は劇的には変わらず、教師役を集めるのに苦労しそうなので……。ですが、冒険者であれば他国の冒険者ギルドに依頼を出せば集まるのではないかと思いまして」
「なるほど」
実際、研修所で冒険者について教えてくれている人たちは流れてきた冒険者たちだ。
ファマリアに設置された冒険者ギルドのギルドマスターであるイザベラさんの紹介もあったけれど、研修所の規模を拡大するにつれてイザベラさんの昔からの知人だけでは足りなくなったので外部からも招いているらしい。
「足りなかったらこっちからも人を出すよ、って言いたいところだけど……結構しんどいっぽいからやめておこうか」
僕たちの話を聞いていた最古参の教師ダンカールさんが首を横にブンブンと振っていたのでやめておいた。
研修所を一通り見た後は再び浮遊台車に乗って商業区へと移動した。
「商業区では、私たちは主に荷運びを任されています。商店のお手伝いもしている子もいますが私は算術が苦手なので運び人をしています。基本的には朝食を食べてから働く子ばかりですけど、日の出よりも前に働く子と、夜遅くまで働く子もいます。そこら辺は時間を調整して適宜休憩をとる事ができるように対応しています。また、幼い子は日中以外のシフトには入らないように厳命されています。この区画では私たちの事はこのくらいかと思いますが、実際働いている所を見学されますか?」
「んー、どうしようかな。お昼ご飯を食べるついでに見るのもありだけど……オクタビアさんはお昼ご飯はどこで食べたいとかある?」
オクタビアさん聞いたら彼女は振り返って「行政区にあるカフェに行きたいです」と言った。顔が近い。
「行政区に向かいますか?」
「そうだね。お願い」
行政区とは南に広がる区画の事だ。行政を司る建物が多いから便宜上そう呼ばれているらしい。町の子たちは方角は分かるから南区で十分だと思うけど、そこら辺は町の管理もしてくれているホムラたちに一任してるから余計な口出しはしていない。
商業区には用がないという事が分かってからどんどん浮遊台車の速度が上がっていった。専用の道路があるから逆走しない限りはそうそう事故は起きないらしい。
レモンちゃんが楽しそうに「レ~~~モ~~~!」と声をあげている中、オクタビアさんに「結構速いけど大丈夫?」と尋ねると、彼女は再び振り返って「大丈夫です」と答えた。顔が近い。さっきよりも顔が赤いような気もするけどジロジロ見つめ合えるほど関係性は深くないので再びすぐに顔を逸らした。
「行政区は私も研修所で習った知識しかありませんが、基本的には身分の高い方々がご利用される場所です。私たちは重要書類の配達や、荷物持ちをする事もありますし、見た目が良くて礼儀作法を学び一定の評価を得た子は貴族様や大商人の対応をする場合もあるみたいです。あと、お仕事じゃないですけど、お休みの日は円形闘技場で台車レースに参加したり観戦して賭けをしたりする事もあります」
「お休み……ですか」
「ビックリしますよね、私たち奴隷なのに。週に一回お休みが貰えて、その日は自由に過ごして良いんです。研修所でいろいろ教わる時も午前の部と午後の部で分かれていて短いのでその日も割とのんびり自由に過ごせるんですよ。奴隷になってからの方が生活が豊かになったっていう子もいるくらい恵まれています」
「なるほど。だからこの町の子たちは奴隷とは思えない程明るい表情をしているんですね。下手したらエンジェリアの国民よりも生き生きとしています」
コメントし辛い……。
なんて声を掛けようか、なんて考えていると浮遊台車を押していた女の子が「行政区に入りましたが、すぐにお食事にされますか?」と尋ねてきた。たまたまだろうか? それとも察してくれたのか……どちらにせよ有難い。
「そうですね。待ち時間が出るかもしれませんので早めに向かいましょう」
「分かりました。何というお店ですか?」
「『フェアリー・フォレスト』というお店です」
「新しくできた所ですね、分かりますよ。ご案内させていただきます!」
たぶん待ち時間要らないやつじゃないかなぁ、なんて事を思いつつも黙って流れて行く景色を眺めるのだった。
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