後日譚215.事なかれ主義者も赤くなっていた

 エミリーの故郷に訪れた翌日、オクタビアさんがやってきた。

 エンジェリア帝国の女帝で、僕の婚約者(仮)の彼女は初めて会った時よりも大人びてきている。

 エンジェリアを統治するために後ろ盾が必要で、僕が後ろ盾になった事を分かりやすくアピールするために彼女と婚約したんだけど、一応あと一年後には白紙に戻すかも、という話になっている。なっているんだけど、このまま結婚する事になりそうな気がして仕方がない。

 チャム様の信仰を広めるためにシグニール大陸の東側にある小国家群を回っていたんだけど、それにオクタビアさんも同行していた。定期的に行われるそれのおかげでエンジェリア帝国と小国家群との関係は良好で、戦争行為も減ってきていると報告があった。

 水不足やら不作やらで争っていた所も多かったから争う理由が一先ずなくなったから様子見しているのだろう、との事だった。

 それ自体はとても喜ばしい事なんだけど、小国家群を一緒に回った事でオクタビアさんと僕の顔が広まりすぎてしまった。

 これは婚約を白紙に戻したらだいぶ面倒な事になりそうな予感がしている。というか、そうなるだろうとランチェッタさんにも言われた。

 僕にできる事と言えば、なし崩し的にこれ以上お嫁さんが増えないように頑張る事だろうか? 新しい加護を授かったし、その結果、影響力も拡大しているみたいだからそういう訳にもいかないだろうけど……うん、考えているとまた増えそうだ。その時考えよう。


「ごめんね、待たせて」


 エミリーの弟であるエドガスくんを出迎えた結果ちょっと待たせる事になってしまったので、彼女が通された部屋に入りながら謝罪すると、オクタビアさんは微笑を浮かべて「大丈夫ですよ」と言った。

 今日は非公式の会談という事でシンプルなドレスを着ている彼女は、普段は複雑に結われている紺色の髪を下ろしていた。


「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「こちらこそ、去年は大変お世話になりました。助けられてばかりな私ですが、今年はシズト様をお助けする事ができるように頑張ります。今年もよろしくお願い致します」


 軽く挨拶をしたら深々と頭を下げられてしまった。

 そんなに彼女の事を助けていただろうか? 名前を貸している状態だけど、それでうまく事が運んだとかそんな感じかな?

 定期的に届く手紙には女帝としての仕事に関する事はほとんど書かれていないので、今の彼女の立場がどういう感じかは分からないけど、少なくとも無理はしてなさそうだった。


「今日は泊っていくの?」

「いえ、やる事があるので夕方頃には帰ろうと思います」

「折角だし、夜ご飯を一緒に食べて行けばいいのに」

「そう、ですね。せっかくですし、お言葉に甘えてそうする事にします」

「お昼までは時間があるけど、どうしようか?」


 正月遊びはやり尽くした感はあるけど、オクタビアさんとだったらいい勝負が出来そうな気もする。

 他のお嫁さんたちとは良好な関係を築けているようだけど、結婚が避けられそうにないのならどれだけ仲良くなっていても損はないだろう。


「特にご予定が無ければ街の様子を見させていただきたいです。奴隷や他種族とのかかわりなどの参考にしたくて……」

「いいよ。今日はオクタビアさんが来るって聞いてたから予定は何も入れてないし。どうせだったらみんなで行こうか」

「あ、できれば! ……できれば二人だと嬉しいです」

「? まあ、オクタビアさんがそうしたいならそうしよっか」


 よくよく考えたらオクタビアさんと二人だけで何かをするのって仕事以外でなかったような気もする。

 いつもは小国家群で気になったものの説明をしてもらっているし、今回は僕が説明役として頑張るか。

 正面玄関から屋敷を出たところで「ジュリウス」と僕が呼ぶと、どこからともなく彼が現れた。

 二人だけで過ごしたいから少し離れて護衛をしてもらえないか交渉すると「造作もない事です」と了承された。

 ただ、彼の視線が僕の上に向けられたのが気になった。


「あ、レモンちゃんは人数にカウントされる? されるなら頑張って引き剥がすけど」

「レモン!?」

「いえ、レモンちゃんは大丈夫です」

「そう? 良かったね、レモンちゃん」

「レモン!」

「それじゃ行こうか」

「はい」


 町の様子を見たいのであればぐるっと回った方が良いのかな、なんて事を思いつつとりあえず歩き出すと右手がギュッと握られた。


「…………え?」

「あ、ご迷惑でしたでしょうか?」

「いや、別に。ちょっとびっくりしただけだよ」

「そうですか。ではこのままで……」


 今までスキンシップがほとんどなかったオクタビアさんと手を繋いで歩く事になるとは思わなかったなぁ、なんて思いつつも害があるわけでもないし、親密さをアピールするならこのくらいは普通か、と気にしない事にした。

 隣を歩く彼女の頬が心なしか赤くなっているように見えるけど気のせいだろう。

 畑の間に作られた道を歩いていると、何か聞きなれない物音がした。

 オクタビアさんに一言断りを入れてからそちらへ行くと、メイド服姿のアンジェラがエドガスくんを見下ろしている所だった。

 その周りには多数のドライアドと一緒にエミリーもいた。


「何してるの?」

「エドガスがアンジェラに稽古をつけて上げてるんですよ」


 僕たちの話が届いていないのか、集中しすぎていて気付いていないのかアンジェラに何事か言われたエドガスくんは起き上がってはすぐに地面に転がされていた。


「アンジェラが稽古をつけているんじゃなくて?」

「エドガスが稽古をつけて上げているようですよ。まだ本気を出していないそうです」

「ああ、実力を測るためにあえて投げられてるてきな……?」

「そうかもしれません。シズト様はこれからお出かけですか?」

「うん。町の様子を見て回りたいんだって」

「ご飯はどうされますか?」

「そうだね。お昼前に一度戻ってきて、それからまた出かけようかなとは思うけど……」

「食べ歩きをされる予定でしたら夕ご飯だけの方がよろしいのでは?」

「そうかな? オクタビアさんはどう思う?」

「できれば町で食べたいです」

「そうですよね。しっかり勉強しているようで良かったです」

「勉強?」

「なんでもないです。それより、町は見て回る物がたくさんあるでしょうし、早くお出かけになられたらどうですか?」

「そうだね、そうするよ。エドガスくんによろしく伝えておいて」

「かしこまりました」


 エミリーが恭しく礼をしたところでまたエドガスくんが地面に叩きつけられる音がした。

 後から聞いた話だけど、結局エドガスくんはヘロヘロになるまで投げられ続けたらしい。

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