後日譚210.事なかれ主義者は話し上手ではない

 エミリーの故郷を訪れた僕は現在、エミリーの実家にお邪魔している。しているんだけど、肝心のエミリーとそのご両親はこの場にはいない。両親と再会を果たした彼女はいろいろ話したい事があるからと良心に連れられて行ってしまった。

 僕は肩の上にレモンちゃんを乗せたまま栄人を抱っこしつつ椅子に腰かけていた。

 ジュリウスは問題がないようにすぐ近くで控えているけれど、彼よりも僕の近くにたくさんの人がいてフンフンと匂いを嗅いでいる。彼らの共通点は狐人族という事くらいだろう。恐らくエミリーの親戚とかそういう感じ。

 レモンちゃんが「レモ~~~」と威嚇をしているようだけれど、そんな事を気にした様子もなく匂いを嗅いでいた彼らだったけれど、一斉に匂いを嗅ぐのをやめて、同じ方向を見た。

 僕もそちらを見ると、丁度扉が開いてエミリーとそのご両親が入ってきた。


「ちょっとアンタたち! 邪魔だからさっさと出ていきな!」


 そう言ってエミリーのお母さんが部屋にいた狐人族の人々を追い出していく。小さなお子さんを片手で一人ずつひょいっと持ち上げると彼女もまた出て行った。


「シズト様、大丈夫でしたか?」

「うん、何ともないよ。匂いを嗅がれてただけだから」

「…………尻尾、変ですか?」

「いや、エミリーの尻尾は今日も綺麗だなって」


 モフモフの尻尾を持つ集団に至近距離で囲まれていたからモフモフしたい気持ちが膨れ上がっているんだけど、流石に他の人の前でそういう事はできない。屋敷に帰ったらさせてもらおう。


「それだけ貴方が娘を大切にしてくれているっていう事ですよね。ありがとうございます」


 そう言ってぺこりと頭を下げたのは、エミリーと同じく髪の毛などが白い狐人族の男性だった。彼女はエミリーのお父さんだ。先程の弟くんもエミリーも顔立ちはお母さんに似たんだろう。

 ……ご両親ともエミリーからは「父と母です」としか言われていないから名前分かんないけど、この場合は聞くべきだろうか? 呼ぶ時はお義父さん、お義母さんだから別に気にする必要ないかな?


「全員追い出したわ! これでやっと落ち着いて話しができるわね」

「あ、その前にちょっと使いたい道具があるから待って」


 珍しく敬語を使わずに話をしているエミリーをジッと見ると、彼女はアイテムバッグの中から魔道具『遮音結界』を取り出した。それを設置しようとしたところでジュリウスが手で制した。


「既に精霊魔法を使ってますのでご安心ください」

「ありがとうございます」

「……貴方は娘とはどういう関係なのですか?」

「娘さんの夫であるシズト様の専属護衛です。ジュリウスと申します」

「これはこれは、ご丁寧にどうも……。護衛と聞くと荒くれ者のイメージでしたが、エルフの護衛ともなると礼儀正しい人もいるんだね」


 お義父さんの質問に対してジュリウスは嘘は言っていない。細かい所を端折っているだけだ。

 お義父さんはそれ以上ジュリウスに質問する事もなく、エミリーに視線を向けて何事か小さな声で呟いた。小さすぎて聞こえなかったけれど、エミリーは「問題ないわ」と頷いた。


「シズト様はいつもの紅茶で良いですか?」

「うん、大丈夫だよ」

「紅茶なんて高い物うちにはないわよ?」

「大丈夫。持ってきたから」


 エミリーがアイテムバッグから取り出したのは四人分のティーセットと魔道具化したティーポットを取り出した。ティーポットに魔力を流しながらカップに紅茶を注いでいくといい香りが部屋に広がった。


「魔法を使えるようになったのかい?」

「使えないわ。これは魔道具よ」

「紅茶を淹れる?」

「そう、紅茶を淹れるためだけの魔道具。シズト様はそういうのを作っていらっしゃったの」

「へー」


 エミリーと会話をしていたお義父さんの視線がこちらに向いた。どう反応すればいいか分からないのでとりあえず栄人をあやしておく。

 お義母さんはというと、黙ってジッと魔道具を観察している様だった。静かにしていると優しそうな雰囲気の女性だけど、エミリー曰く、気性も言葉遣いも荒いらしい。ただ、食事をする事が好きで、食事中は大人しいとの事だった。

 紅茶を淹れ終えたエミリーは、アイテムバッグから焼き菓子を皿ごと取り出して机に並べた。どうやら出発前にせっせと作っていたものの様だった。

 焼き菓子だけではなく、ジャムもいくつか用意されたところでやっとエミリーが僕の隣に腰かけた。

 来た時と比べると尻尾が元気に動いている。どうやら両親と話して緊張は解けたようだった。

 僕が手を伸ばして焼き菓子を手に取り、口に含んだところでお義母さんの手が伸びた。だがそれを掴んで止めたのは彼女の隣に腰かけたお義父さんだった。


「随分と高価な物が並んでいるような気がするんだけど、本当に食べていいのかい?」

「はい、大丈夫です。ほとんど自分たちで作った物ですから」

「レモン!」

「そうだね、レモンちゃんたちにも協力してもらったね」

「えっと……そのレモンちゃんはお子さんですか?」

「いえ、世界樹の周りに棲みついたドライアドの一人です」

「…………世界樹?」

「あれ? まだ話してないの?」

「そうですね。私が身売りしてからその後の話はしましたけど、シズト様の事は異世界からいらっしゃった方で、お金持ちである事ととても奴隷に優しい対応をされる事しかお話しておりません」


 チラッとご両親を見ると、お義母さんの方は聞いているのかいないのか分からないけどお義父さんの方は何かに気付いた様子で緊張した面持ちになっていた。

 彼女の耳元に顔を寄せてこそっと小さな声で「話したらまずい感じ?」と尋ねると彼女は首を振った。


「辺境の地とはいえ、遅かれ早かれ伝わる事でしょうしいいんじゃないでしょうか? それに……シズト様のお許しさえ出れば故郷で日照りなどが起きた時に助けて欲しいですし……」

「そこは別に問題ないけど……そうだね。それをするって考えたら事前に伝えておいた方が手っ取り早いか」


 僕が来る度に天候が良くなると気づく人はそのうち出てくるだろう。

 良い方に捉えて貰えると助かるけど、間違っても悪い方に捉えられるわけにはいかないし。

 そういう訳で話す事にしたんだけど……どっから話をするべきか悩んだ。

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