後日譚206.事なかれ主義者は嘘は言ってない
「もう降りちゃうの~?」
「リーちゃん喜んでるのに~」
「もっとのぼろーよ~」
「レモン!」
「駄目、降ります。朝ご飯があるので。…………っていうか、リーちゃんって誰?」
僕の問いかけに周りにいたドライアドが一斉に世界樹を指差した。なるほど。ファマリーだから『リーちゃん』か。トネリコの所は確か『リコちゃん』だったから、ちょっと考えれば分かる事だった。眠気が強くて頭が回ってないな。
「ご飯食べたら二度寝しようかな」
「駄目ですわ。朝に初詣をするって言ってたのですわ」
「七日までにすればセーフだよ、セーフ」
魔道具『安眠カバー』に頼り切っていたんだなぁ。いや、頼り切っていたからその反動で眠気に抗えないんだろうか?
そんな事を考えながら、魔道具『魔法の絨毯』で地面に降り立った僕たちは屋敷に戻った。
食堂に到着すると既に朝ご飯の準備はできていた。別館で暮らしているエミリーの部下のバーンくんたちがしっかりと準備をしてくれていたようだ。
準備してもらった物は食べないとな、なんて事を思いながら席に着く。
「いただきます」
僕がそう言うと、食卓を囲んだみんなが慣れた様子で唱和した。そして、それぞれのスピードで食事を開始する。当然のようにラオさんとルウさんが一番早く食べ終わったんだけど、お雑煮の中に入っていたお餅に慣れていなかったのかラオさんが喉を詰まらせていた。
「お餅は美味しいけど気を付けて食べないとほんとに危ないよ。前世だとそれで高齢者が亡くなったっていう話を何度も聞いたんだから」
「んな危ないもん食うなよ」
「しょうがないじゃん。正月は餅つきをするものだし、飾っていた鏡餅も食べなくちゃいけないし。それに危なくても美味しい物は食べたいでしょ。ドラゴンのお肉とか」
「いや、アタシら冒険者でもドラゴンの肉を食べる事ができるのは限られた成功者だけだからな」
「命がいくつあっても足りない物ね」
「それと比べたら気を付けて食べるだけで安全になる美味しいお餅は素晴らしいね。あ、お雑煮のお代わりある?」
「は、はい! ただいまお持ちします!」
普段お代わりしないからか、慌てた様子で壁際に控えていた女の子の一人が出て行った。
「ちょっと食べ過ぎたかも」
ついつい食べ過ぎてしまったけれど、少し寝ればなんとかなるかな……なんて思いつつ舟を漕いでいるとルウさんにひょいっと抱き上げられて祠まで連行された。
防具はやっぱり固いなぁ、なんて事を思いながら大人しく運ばれる。暴れると抱きしめられて余計に痛いのは経験済みだ。
レモンちゃんは食事が終わって僕が少しの間微睡んでいる時にラオさんに回収されていたようだ。抗議の髪の毛わさわさをしているけどラオさんは気にしていないみたい。
「シズトくん、着いたからしっかり神様にご挨拶しましょ?」
「そうだね」
ちょっとうとうとしたからか、食事前の眠気よりは幾分かマシになった。これならしっかりとお祈りもできるだろう。
世界樹の根元に広がる畑の中にぽつんと立っている二つの祠には、僕が信仰している四柱の祠があった。
ファマ様たちをまとめて入れている少し大きな祠は、魔道具によって後光が差すようにされている上にアダマンタイト製の像だからだいぶ派手だ。
それと比べるとチャム様の祠はこじんまりとしている上に、後光は差していないからちょっと地味に感じる。千与と蘭加が大きくなったら似たような感じで作ってもらえないかお願いしてみよう。
お嫁さんたちと一緒に二つの祠の前に並ぼうとしたけど、僕が先頭でその後ろにお嫁さんたち、という構図になっていた。まあ、いいか。
二回礼をした後、二回拍手をして、それから祈りを捧げるために目を瞑った。
とりあえず家族の安全をお願いしておこう、と順番に神様に祈りを捧げていったんだけど、チャム様に祈りを捧げたところで周りの音がいきなり消えた。
「お久しぶりです、チャム様」
「全然驚かないのはなんかむかつく」
「何度もお呼ばれしてるんで慣れてるんですよ」
「あっそ」
気が付いたら真っ白な空間にいた。目の前にはご機嫌斜めなチャム様がいらっしゃる。
チャム様の見た目は全然変わっていない。上半身は人間だけど、下半身は蛇のままだ。
「そんな簡単に姿が変わるわけないでしょ」
「でもファマ様たちはすぐに大きくなったよ」
「あいつらはちょっとしか信仰されていなかったから影響が大きいんだよ」
「なるほど……? でもチャム様も今は新興宗教の神様な訳ですが……」
「邪神の記憶がまだ新しいからね。既に信仰している者たちはいなくなったけど、畏れはしばらく消えない。その気持ちよりも信仰が上回ったとしてもしばらくはこの姿のままだろうね」
「布教頑張りますね」
と言ってみたけれど、授かった加護『天気祈願』のおかげで他の大陸も含めて教会の設置は順調なんだよな。後は地道に続けて信徒を増やすか、残りの二つの大陸に進出するかくらいなんだけど……転移門がないとなかなか難しい。
遠く離れた場所をピンポイントで特定の天候にするのは無理だったからわざわざ現地に赴かなければならない。転移陣も転移門も有限なのでアドヴァン大陸とタルガリア大陸への進出は千与が大きくなったらできるかもしれない、程度だ。
日帰りにこだわらなければできなくもないけど……。
「……まあ、お前の好きにすればいい。それより、あの三柱がうるさいんだけど二人目はいつ? だってさ」
「それはなんというか……神のみぞ知るという感じじゃないっすかね。天からの授かり物って言うし」
「やる事やらないと授かるもんも授からんでしょ」
「それはそうですけど……」
エリクサーとか諸々のおかげで出産を終えたお嫁さんたちは割と元気だ。
ただ、一人目の子育ても手助けを借りながらじゃないと大変なのですぐに二人目はあまり現実的ではないと思う。
前世でも兄弟は三つ違いが多かったような気もするし、もし二人目を望むのならそこら辺を目安にするんじゃないだろうか?
「分かった。じゃあそう伝えておくね」
「え、ちょっと待って……って、もういないし」
「神様と話してたのですわ?」
後ろからレヴィさんが問いかけてきたので「まあ」とだけ返し、とりあえず最後に一礼をして参拝を終えた。レモンちゃんがいつの間にか肩の上に当然のように乗っていたけど、慣れていたのでバランスは崩さなかった。
「気になるのですわ!」
「大した話はしてないよ。チャム様の姿が変わってなかったから、どういう風に広めようかなって。ただその前にお昼寝がしたいんだけど……」
ラオさんの方をチラッと見ると、彼女は「まあ好きにすればいいんじゃねぇか?」と言って屋敷に戻っていく。他の皆もほとんどが屋敷に戻っていくので僕もその後に続くのだった。
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