後日譚205.事なかれ主義者は木登りした
年が明けた。いつもの如く、年越しと年明けの諸々の事は過去の勇者たちによって伝来していた。
大晦日の夜は三十一日ではなくて三十日だったからちょっと変な感じはしたけれど、こっちの世界だと一ヵ月が三十日できっちり分けられているのだから仕方がない。
神社にあるような金ではなく、西洋の教会にある鐘の音が夜の町に鳴り響くのを聞くためにわざわざ屋敷を囲っていた遮音結界を解除した。まだ幼い子たちには規則正しい生活をさせた方が良いだろうと思い、各部屋の遮音結界は解除しなかったけど、結局夜泣きする子はするので、その子を抱っこしながら鐘の音を聞いた。
夜泣きの対応が一段落したところを見計らって、年越しそばも食べた。そば粉はわざわざニホン連合から取り寄せてもらったし、エミリーが作れるようにレシピも貰ったので満足のいく年越しそばだった。
夫婦の営みは流石に遠慮してもらったけれど、添い寝はお願いしたい事もあったので許可した。
両隣からジーッと見られていたからなかなか寝付けなかったけど、お願いしていた通りにホムラとユキは朝日が昇る少し前の時間に起こしてくれた。久々のすっきりとしない目覚めだ。とても眠たい。
「初日の出を見る時のための安眠カバーも作っておけばよかったね」
目を擦りながら僕がそう言うと、添い寝をしていたホムンクルスのホムラとユキは揃って首を横に振った。
「これからも何かあった場合は私がマスターを起こします」
そう言ったのは雪のような白い肌と、床にまでつきそうな長さの真っ黒な髪のホムラだ。彼女は僕が以前授かっていた加護『付与』を使って作られた最初の魔法生物だ。表情筋が死んでいるのではないか、と思ってしまうほど表情が表に出ないんだけど、任せている魔道具店の店長をしている時は営業スマイルをしているそうだから笑えないわけではなさそうだった。
「私の事を忘れないで欲しいわ。なかなか寝付けない時も側にいてあげるわ、ご主人様」
「寝付けなかったのは二人が僕の顔をじろじろと見るからなんだけど……」
「あら、それは申し訳なかったわ、ご主人様。今度からはご主人様が寝付いてからだけにしておきましょ?」
「そうですね」
同じホムンクルスでも、ホムラと違って感情表現が豊かなのがユキだ。ホムラと正反対のイメージをしたからそうなったのかは分からないけど、僕意外と話す時は結構気だるそうな態度をするらしい。
短く切り揃えられた真っ白な髪に、健康的に焼けた様な褐色肌の彼女は、ホムラと同じように魔法使い然とした格好をしていた。女性らしい体つきをしたユキの肢体をすっぽりと覆い隠すようなローブを身に纏い、大きなとんがり帽子を目深に被っている。
何やら二人で会話を進めているけれど、着替えたいのでとりあえず出て行ってもらった。
着替えを済ませたらみんなと合流して外に出た。
「とっても眠い」
「眠そうなシズトはとてもレアなのですわ~」
「なんでそんなに朝から元気なの」
「いつもこの時間には起きて準備してるからですわ~」
元気にですわですわと言っているレヴィさんの大きな声に釣られたのか、真っ黒い肌のドライアドがなんだなんだ? と言った感じでぞろぞろと集まってきた。
ドライアドたちの中で役割分担をしているようで、少し前から彼女たちを見るようになった。
昼間にあった彼女たちは静かというか、寡黙という感じだったけど、夜や明け方はお喋りだ。
「人間さん、こんばんは~」
「なにしてるの~?」
「いっぱいいるねー」
「夜は誰も来なかったよー」
「平和!」
「平和が一番だよねー」
周りを囲んだドライアドたちが好き勝手話始める。これはあれだ。古株の子がいないから統率が取れていない感じだ。
まあ声を掛ければどいてくれるだろう、と思って声を掛けようと口を開いたところで何かが足に纏わりついて来た。
足元を見ると、目を瞑ったままのレモンちゃんがゆっくりと足をよじ登っている所だった。
「眠いよね、分かる」
「…………もん」
抵抗が薄いので簡単にはがす事ができた。髪の毛がわさわさと動かされているので、とりあえず所定の位置に乗っけると、頭にしがみ付いてきた。
そんな事をしている間にレヴィさんが黒い肌のドライアドたちに「仕事に戻るのですわ」と言って追い払っていた。
「んで、結局初日の出はどこで見るんだ? あんまりのんびりもしてられねぇんだろ?」
「空も明るくなりつつあるものね」
久しぶりにタンクトップにホットパンツ以外の服を着ているのはラオさんとルウさんだ。彼女たちは何かあった時に動けるようにと冒険者時代に使っていた防具を身に纏っていた。二人とも流石元冒険者という事で目はパッチリと開いている。
「そうだねぇ。町の建物がちょっと邪魔だから高い所が良いんじゃないかなぁ。屋敷の屋上とか」
「空から見るのもアリだと思うデスよ!」
元気に挙手をしてそう言ったのは翼人族のパメラだ。髪の毛や目と同色の黒い翼の彼女は夜の方が物をしっかりと見る事ができるらしい。鳥は夜の間はあまり目が見えないって聞いた事があるような気もするけど、梟とかはそうでもなさそうだし、なにより鳥人族じゃなくて翼人族って呼ばれているからあまり関係ないんだろう。たぶん。
「時間はまだ多少あるんだったら一番高いものに登って見るのが一番いいんじゃないかな」
「いや、シズトは良いだろうけどアタシらはだめだろ」
「そうでもないんじゃないかなぁ。レモンちゃんはどう思う?」
「…………もん」
「『もん』は肯定の意味だから大丈夫じゃない?」
「眠いから反応が鈍いだけな気がするんだが……?」
ラオさんは釈然としない様子だったけど、世界樹の根元で丸まっているフェンリルに声をかけても無視されただけなので多分大丈夫だろう。
そう判断した僕は世界樹を見上げた。
「…………とりあえず、魔法の絨毯で良い感じの枝まで移動しようか」
眠気を感じながら木登りするのは得策ではない、という判断は誰にも否定されなかったので、魔道具『魔法の絨毯』を取り出して順番に枝に移動した。
第一陣だった僕は落ちたらマジでやばそう、なんて事を考えながら他の皆がそろうのを待っていたんだけど、第二陣からは予定にない子たちも乗車した。真っ黒な肌のドライアドを筆頭に、昼間活動するドライアドたちも少数だけどいた。
結果的に誰かに咎められる事もなかったし、むしろ日の出の時間が近づくにつれてドライアドたちが集まってきた。何をしているのか気になったらしい。お嫁さんたちも全員揃ったので『魔法の絨毯』のピストン輸送がなくなった後も自力で登ってくるドライアドたちが後を絶たない。
ずいぶんと賑やかになってしまったけれど、新年最初の日の出は天気も快晴だった事もあり、綺麗に見る事ができた。
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