後日譚197.事なかれ主義者は落ち着けない

 同じ事の繰り返しだからか、あっという間に一ヵ月が過ぎて行った。

 この一カ月の間はチャム様の布教活動を兼ねた他国への加護使用か、子どもたちの世話兼成長の記録を撮るか、ホムンクルスたちにご褒美をあげるかくらいしかしていない。

 何事もなく、平和に過ぎていく日々。転移門を設置した各国で些細なトラブルはあるけれど、懸念していた軍事的緊張が高まる事は特になかった。

 ただ、そんな普通の日々は長くは続かない。


「シズト、落ち着くのですわ~。エリクサーの備蓄は万全ですし、聖女の加護を授かった者たちもたくさん控えているのですわ~」


 三階の廊下でそわそわ落ち着かず、ウロウロと歩き回っているのを呆れた様子で見ているのはレヴィさんだ。

 ドラゴニア王国の第一王女である彼女は、ドラゴニア王家特有の金色の髪で顔の横にツインドリルを作っている。先程まで手持無沙汰だったからビヨンビヨンと引っ張っていたら怒られた。

 どこからか引っ張り出してきた椅子に座った彼女の背後の窓にはドライアドたちが張り付いていて、僕たちの様子を見ている。


「どれだけ医療設備が整っていても万が一の事があるのが出産なんだよ? 落ち着いてられるわけないじゃん」

「でも部屋から追い出されたシズトにできる事はないのですわ。ほら、隣に座るのですわ」


 隣に置いてある椅子をポンポンと叩くレヴィさんが言う通り、少し前に部屋から追い出された。

 元々血が無理だという事は産婆さんの間では周知の事実だし、なにより落ち着きがないから妊婦が不安になるだろ、という事だった。ごもっともである。

 今産気づいているのはレヴィさんの専属侍女であるセシリアさんと、ランチェッタさんの専属侍女であるディアーヌさんだ。ただ、加護を授かっているのであれば陣痛の間隔的にセシリアさんから先に出産するだろう、との事だった。

 セシリアさんの部屋の対面にディアーヌさんの部屋があるけれど、ランチェッタさんの姿は廊下にはない。部屋の中にいて、何かあったら呼んでくれるとの事だった。

 僕が大人しくレヴィさんの隣に腰かけると、彼女は僕の太ももに手をそっと置いた。


「落ち着かないのなら名前を考えておくのですわ。まだ決まっていないのですわ?」

「まあ、そうだね。でも候補を考えすぎるとそれはそれで困るから……」


 それに、加護の有無はなんとなく出産時期で予想できるけれど、男の子か女の子かは産まれるまでは分からない。

 一応男の子の時と女の子の時の名前を用意しておいて、と二人から言われているけれど命名センスがないと言われている僕に任せて大丈夫なのか……不安だ。


「今回もセシリアたちの名前を入れるのですわ?」

「まあ、そのつもり。僕からは苗字をあげればいいし。セシリアさんはどっちでも何となく決めているんだけど、ディアーヌさんが難しくてね。『ディ』も『ヌ』もあんまり名前で聞いた事ないし……」


 妖怪であれば鵺とか……? うん、なし。


「あまり名前を入れる事に固執しなくてもいいと思うのですわ。私たちは誰も気にしてないのですわ。それに、イクオやチヨのように全くかすりもしていない子もいるのですわ」

「あの子たちは加護に関係する名前の方が良いって話になったからそうしただけだし……」


 ディアーヌさんは確か加護を授かっていなかったような気がする。でも、貴族の血筋だから何かしらの加護を授かってもおかしくはない。神様との縁が切れてしまった後に授かった子だから三柱の加護を授かっているとは考え辛いし…………。

 どうしたものかなぁ、と考え続けている間に何やら窓に張り付いていたドライアドたちがそわそわし始めた。次の瞬間にはディアーヌさんの部屋から小柄な女性が飛び出てきた。

 先程から話に上がっているランチェッタさんだ。今日はディアーヌさんの出産の日、という事で仕事を昨日のうちに全て終わらせて完全にオフの日らしい。胸元が大きく開いたシンプルなドレスを着ていて、丸眼鏡をかけている。


「もうすぐ生まれるみたいよ!」

「え、予定と違くない!?」

「予定通りに出産が進むわけないでしょ!?」


 それはそうだけど、神様の加護を授かってたら予定通りしっかり安産で産まれるんじゃ……と思った所で血の気が引く。予定通りじゃないという事は子どもが加護を授かっていないという訳で、つまり安産は約束されていない。

 大慌てでセシリアさんの部屋の扉を開けて産婆さんのリーダー格であるハンナさんを呼んだ。

 セシリアさんは幸いな事にまだもう少し出産まで余裕がある、との事だったのでハンさんを引き連れてディアーヌさんの部屋へ急ぐ。

 部屋の中ではディアーヌさんが苦しそうな表情でベッドに横たわっていた。僕たちが入ってきた事にすら気づいていない様子だ。


「落ち着けないんだったら廊下に立ってな!」

「外で待ってましょう」

「あ、はい」


 ハンナさんに一喝され、ランチェッタさんに手を引かれ大人しく部屋の外に出る。


「何回経験しても慣れないね…………」

「もん…………」


 僕の焦りに連動するように髪の毛をわさわささせていたレモンちゃんと一緒に、レヴィさんとランチェッタさんの間に座らされた僕はそわそわしながら待った。

 ちょっとしたハプニングはあったらしいけど、エリクサーと聖女の加護を授かった人たちがいたおかげでディアーヌさんもセシリアさんも母子ともに何事もなく出産が終わるのだった。

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