後日譚196.用心棒は暇つぶしの道具を手に入れた
シグニール大陸の北西に位置する所に広がる平野を治めている国アクスファースは獣人の国だった。
力でそのほとんどを解決する彼らは、その考えを他種族にも適用してしまうため、転移門の制限が解除されても訪れるものは多くない。
有名なダンジョンはあるが、ドラゴニアと比べると種類も数も少ないためわざわざアクスファースを選ぶ必要がないし、商売をするためにやってきても用心棒をしっかりと用意していないと悲惨な目に遭う事も多々ある。
獣人のすべてが力で解決するような者たちではないのだが、根底には『弱い者が悪い』という意識があるからか助ける事もない。
そんな国で店を構えるには後ろ盾か、何者にも負けない実力が必要になるのだが、アクスファースの首都スプリングフィルドの元々は農耕民族が管理していた区画の端っこに建てられた魔道具店は後者だった。
その店の正面には同じような作りの四軒の教会があり、そのうちの一つからのそっと出てきたのが魔道具店『サイレンス』の店主であり、冒険者クラン『サイレンス』のクランマスターであるライデンだ。
人族の男だがその強さを『農耕民族』、『狩猟民族』、『遊牧民族』のそれぞれの長に認められ、新たな勢力を築いた男だった。新たな勢力の名は『商業民族』と呼ばれているが彼はそこら辺は気にしていなかった。
そんなライデンは二メートル以上ある巨漢で、ノッシノッシと歩く彼の周囲には彼の気を引こうとする獣人たちがいる。
だが彼は聞いているのか聞いていないのか分からない態度で歩き続けるだけだ。
彼の後に続いて出てきたのは小柄な獣人族の子どもたちだ。種族はバラバラだが、一様に同じ服を着ている。
「待ってよライデン!」
「様をつけろ!」
「ライデンが別にいらないって言ったんだよ!」
「そうだそうだー」
「だからって呼び捨ては――ってお前ら何してんだよ! さっさと降りろ!」
「ライデンが良いって言ったんだもーん」
「ここが一番安全だもんねー」
ライデンの体に抱き着き、よじ登る彼らを気にも留めないライデン。
そんなライデンの側を子どもたちが離れようとしないのは当然の事だ。一番弱い者として搾取される日々だった孤児たちはいつも彼の周りをウロチョロしているが、危険を感じると一斉にライデンの元へ逃げ込むためだった。
いつの間にか教会に棲みつくようになっていたのだが、ライデンが気にしないので黙認されている。
魔道具店の扉の前に行くと、勝手に扉が中から開かれた。
「おはようございます、親分」
「ああ」
端的に返事をしたライデンはノッシノッシと歩き続けてロッキングチェアの前に辿り着いた。
彼が座るのを察知した子どもたちはサッと彼から降りる。それを待っていたわけではないが、ライデンはゆっくりと腰かけて、ゆらゆらと椅子を揺らし始めた。
子どもたちは小さな子から順番にライデンの膝に座っていき、流石にこれ以上座れない、となったところで余った子どもたちはお店の中で遊び始めた。
店番をしていた獣人族の内の一人の男が自由に駆けまわる子どもたちを見て眉根を寄せる。
「親分……日に日に増えてますが、対処しなくていいんですか?」
「別に何かしてくるわけでもねぇし、いいんじゃねぇか?」
「商売の邪魔になったり……」
「しねぇなぁ。オイラが言えば大人しくするし。まあ、面倒だから言わねぇし、俺が話をしている時は今みてぇに静かにするしな」
確かにライデンが言うように、彼が話し始めたらどたばたと駆けまわっていた子どもたちは静かになった。耳をピンッと立ててライデンの一挙手一投足に集中しているようだ。
何か事が起こればいつでもライデンの近くに逃げ込む準備をしているのもあるし、ライデンの怒りを買って居場所を失うのを避けるためでもあった。
問いかけた男はそれ以上何か言う事はなく、仮眠をとるために他の店番をしていた者たちと一緒に店から出て行った。
それを見送った子どもたちはライデンの様子を見て、のんびりと椅子に揺られている事を確認するとまた騒ぎ始めた。
客が来る度に静かになって、中にはお手伝いをする子もいたのだが、客が帰ると途端に騒がしくなる。
そんな環境にいてもライデンは気にした様子もなく椅子に揺られていた。
だが、しばらく客が来なくなると「暇だな」と呟いて近くに置いてあった大きな袋に手を突っ込んだ。
空間魔法が付与されたその大きな袋から彼が取り出したのは、一冊の分厚い本だ。彼の創造主であるシズトから賜ったご褒美だった。
「読むのに邪魔だなぁ」
ライデンがそう呟くと、膝の上に座っていた子たちが慌てて降りる。
ライデンはそれを確認してから膝の上で本を広げた。膝の上に乗っていた子たちも、店の中を駆け回っていた子たちもライデンの近くに集まって本を覗き込むが、孤児だった彼らは文字が読めない。
ジッとライデンを見上げるがライデンは気にした様子もなく本を読み進める。
「ライデン、何読んでるの?」
「とある御方の自叙伝だ」
「とある御方ってライデンよりも強いっていうあの人?」
「雷をたくさん落とす事ができる人?」
「雨を自由に降らす事もできるんだよね?」
「たつまきたくさん!」
「その人が書いた本なの?」
「書いたって言うと語弊があるなぁ。この本に最初に触れた人の経験を自動で書き記す『自動自叙伝』っていう魔道具だ」
「どんな事が書いてあるの?」
「とある御方の今までの人生が記されてる」
「「「へ~~~」」」
「どんな事が書いてあるか教えて!」
「あ~……どうだろうなぁ。ダメって言いそうな気がするが、聞いてみるか」
魔道具『自動自叙伝』には最初に触れた者の人生がそのまま記されていく。行動はもちろん、考えたことなどもすべて余す事無く記されるそれは、いわゆる黒歴史までも克明に記されている本だった。
そこら辺を理解しているのか分からなかったので念のため聞いたライデンだったが、結局それを子どもたちが読み聞かせてもらう事はなく、その代わりにたくさんの本が寄付されるのだった。
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