後日譚194.事なかれ主義者は違和感を覚えた
お昼ご飯を手早く済ませて、まだ話したりなさそうなランに「次の予定があるから」と断って別れを告げ、浮遊台車を使って南区を駆ける。
南区は王侯貴族が来た時に対応する場所である迎賓館や、泊まる事もある彼らをおもてなしするための高級宿、ドラン軍から貸し出されている兵たちが寝泊まりしている兵舎やファマリアなどがある。他にも大会でお馴染みの円形闘技場や、話し合いをする場である会議場もある。
そんな区画だからか、通りを歩いている首輪を着けている人たちは身なりが良いし、年齢層も僕と同じかそれ以上の人が多かった。最近買われてきた知識奴隷と呼ばれている人たちだろう。
幼い子たちは勉学に熱心なので、上位の子たちは王侯貴族の対応もできるはず、との事だったけれど王侯貴族の身の回りの世話ならまだいいんだけど、交渉なども含まれる話し合いの相手にするのは憚られるそうだ。
奴隷という身分を問題視する人もいれば、相手の見た目で判断する人もいるから可能であれば僕かジューンさんかレヴィさんが対応するのが望ましい。ただ、僕たちの手を煩わせるほどの事でもないと判断された場合は彼女たちの出番、というわけだ。
「レモンちゃん、そろそろ着くよ」
「レモン!」
ファマ様の教会の近くに来るとエルフの比率が増えるので分かりやすい。
通りを進んでいる僕に気付いた人たちはその場で祈りを捧げ始めたんだけど、後でジュリウスを問い詰めるべきだろうか? …………はぐらかされて終わりだろうな。
ただ、祈りを捧げているエルフたちに話を聞こうとしても彼らは口を割る事はないという事はここ数カ月のうちに何度か試して分かっている事だ。
……口を割らないというよりは話すのも恐れ多い、みたいな感じだったかもしれない。
そんな事を考えていると教会が見えてきた。
教会は敷地面積だけで言うと他の神様たちの中で一番広い。予定では教会の敷地内は花畑にして目の保養にするらしい。ただ、今はまだ荒れた土地だった。
「ここまで緑が増えるのにはまだまだかかりそうだねぇ」
「もん」
「ドライアドたちで何とか出来る訳もないしねぇ」
「もん」
出来たらもうすでにやってるよね、なんて事を思いつつ、浮遊台車を分解して収納していると、敷地内にも大量にいたエルフたちの視線が集まっているのを感じる。
あんまり意識しないように努めつつ、姿勢を意識して教会まで歩いた。
教会は木造建築の建物だ。これらは全て世界樹の素材でできている。普通の建てようと思うと結構なお金が飛んでいく代物だけど、この材料は僕の所から出ているし、作ったのは信心深いエルフたちだったからかかったお金はほとんどないらしい。
扉のすぐ近くまで行くと、扉付近で控えていたエルフたちが何も言わずとも開けてくれた。
その扉をくぐって中に入ると、礼拝堂をエルフが埋め尽くしていた。
以前もそうだったから驚きはないけれど、町の子たちがあまり礼拝をしに来ないのはエルフたちのせいなんじゃないかな、と思うのは僕だけだろうか。
神父が着る服に身を包んでいるジュリウスをジト目で見るけれど、彼は特に何も反応しない。
空いていた最前列の長椅子に腰かけて、レモンちゃんを下ろす。
他の教会と同じく神父様からの有難いお話の時は僕がする事はなかったけれど、お話の後に皆の前に立って祈りを捧げる時には違和感を覚えたのでジュリウスにこそっと話しかけた。
「ねぇジュリウス。僕が祈る前から祈りを捧げているエルフばかりなんだけど、あの人たちは誰に対して祈ってるのかな?」
「ファマ様でしょう」
「そうかなぁ……」
あんまり追及するのもアレなので、像を見上げやすい場所で膝をつき祈りを捧げるポーズをとると、ジュリウスが口を開いた。
「ファマ様に祈りを!」
「…………やっぱり違う人に対して祈りを捧げてたんじゃない?」
「何の事か分かりかねます」
わざわざ誰に対して祈りを捧げよ、なんて言わないと思うんだけど……なんて事を思いつつもとりあえずお祈りを済ませた。
ファマ様の教会で祈りを捧げた後は東区へ移動する。
東区は工業区と呼ばれ、いろいろな工房が軒を連ねている。
鍛冶屋はドワーフが多いけれど、それ以外の工房はドワーフ以外もちらほらいる。
ここでは首輪を着けた子たちが見習いとして派遣されていてお手伝いをしたり、実際に作って見たりしている所もある。
最近は教える際にトラブルが起きないように、元々職人だった奴隷をわざわざ買い取って、指南役にしている事もあるそうだ。
そんな工業区の中でも一際目立っているのはプロス様の教会だ。なんたってアダマンタイトでメッキ加工されているからいつもキラキラ光り輝いている。
「よく来たねぇ、シズト様。さっさと終わらせようか」
僕を出迎えてくれたのは神官が着るようなローブを着た小柄な女性だった。ぱっと見人族の女の子に見えなくもない彼女は、ドフリックさんの奥さんであるドリアデラさんだ。
彼女に促されるまま礼拝堂に入ると、中ではドワーフもいたけれど町の子たちもいた。
「シズト様が来てくれるようになってから、町の子たちも来るようになって嬉しいよ。普段はむさ苦しい男どもしか来ないからねぇ。プロス様も喜んでいるんじゃないかね」
「ど、どうでしょうね」
どっちかっていうとお供え物をしっかり管理されるようになって喜んでいるんじゃないかな? とは思ったけれど口には出さない。お供え物のお酒をパクっていた筆頭が彼女の夫だからだ。
お祈りは何事もなくサクッと終わった。一番楽だったかもしれない、なんて事を思いながら教会を後にするのだった。
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