後日譚193.事なかれ主義者は早めに食べた

 エント様でのお祈りが終わるとお昼前くらいの時間だった。

 今度は南区に移動しファマ様の教会でお祈りをする事になっているんだけど、時間にはまだ余裕がある。


「どっかでご飯食べていこっか」

「れもん」

「残念ながら丸ごとレモンはお昼ご飯とは呼べないかな」

「れ~もも~」


 自動で開いた扉をくぐって外に出ると、停めてあった浮遊台車に乗ろうと思ったけれど何やら人が集まっていた。けど、僕が出てきた事に気が付くと蜘蛛の子を散らすように子どもたちが逃げて行った。

 別にちょっと魔道具を見ているくらいは起こるつもりはないけれど、不用心過ぎたかな?

 すぐ近くにはいないけど、どこかに潜んでいるはずのジュリウスや世界樹の番人が見張ってくれているだろう、って思っちゃって危機感が下がっているのを改めて自覚した。

 自分なりに変ないたずらされてないよな? と確認して、問題なく魔道具が使える事を確かめてから移動を始めた。目指すは南にある行政区だ。


「っと、あの店ってランがやってる店だよね?」

「れもん?」


 見覚えのある看板を見つけたので急停止して少しバッグする。うん、間違いない。看板には『猫の目の宿』じゃなくて『子猫の宿』という看板がかけられている。

 今はお昼時という事でお昼休憩中の町の子たちが並んでいるようだ。


「久しぶりにここでご飯でも食べようか」

「もん」


 列の最後尾に大人しく並ぶ。前に並んでいた子たちは他の人と一緒に来ている子ばかりでお一人様は見当たらない。


「こうして一人でお店に並ぶのってこっちに来てからあんまり経験ないからやっぱり慣れないねぇ」


 視線にも慣れないし状況にも慣れない。どうしてこんな事になったのかというと自分が言い出した事だから自業自得ではあるんだけど…………どこかにいるであろうジュリウスでも呼んで話し相手になってもらおうかな。


「レモン!」

「ん? あれ、列がだいぶ進んだね」


 気が付いたら目の前に並んでいた子たちがどんどん中に誘導されている。

 あんなに一騎入れて大丈夫なんだろうか? なんて事を考えていると誘導係の子が「お、お一人様でしょうか!?」と元気よく聞いてきたので「うん、一人だよ」と答えた。


「レモン!」

「ああ、ごめん。二人だった。怒らないでよレモンちゃん。普段からそこにいるからあんまり意識してなかっただけだってば」


 荒ぶる髪を宥めている間にあっという間に席が空いたらしい。回転率が速いなぁ、なんて思う僕ではないんですよ。

 きっと中に通された子は裏口から外に出てもう一度並び直すんだろうなぁ。なんか申し訳ない。


「でも久しぶりにここのポトフが食べたくなっちゃったからしょうがない」

「れーももん」

「レモンちゃんは肩の上にいるつもりなの?」

「もん」

「そっか。まあいいや」

「わー、ほんとにシズトだー。こうして話すのは久しぶりだね~。いつも話を聞くから身近に感じるけど~」


 そう言いながら話しかけてきたのは黒い髪に黒い目の猫人族の女性だった。


「えっと……大きくなったね?」

「そうでしょ~? どこからどう見ても大人の女性でしょ~?」


 上機嫌にくるくるとその場で回るその女性は間違いなく『猫の目の宿』で出会った猫人族の少女ランだろう。こっちの世界に来てからもう四年目に突入しているわけだし、このくらい大きくなっていても不思議ではないけど、近所の子が急に大きくなったような感じがしてどうやって関わるべきか悩む。

 ピコピコと動く可愛らしい耳と、気まぐれに動く尻尾は変わらないけれど、体つきが女性らしくなったからあんまりじろじろ見ても良くないだろう。それに、調理場の方からすごく視線を感じるし……さっさと注文を済ませてしまおう。


「とりあえずポトフで」

「はーい。ポトフいっちょ―」

「…………えっと、まだ何か?」


 注文を取り終わったはずのランがその場から動こうとはしない。調理場の方から紫色の髪の少年の視線がビシバシと飛んでくるから戻った方が良いんじゃないかな? と思って目の動きで促して見たけれど、彼女は気にした様子もない。


「その肩の上の子ってドライアドだよねー? なんでシズトの肩の上にいるのー?」

「なんでだろうね。一説によると縄張りを主張しているとかそんな感じらしいけど真相は分かんないや」

「そーなんだー。てっきりシズトがそうしてるのかなーって思っちゃったよー」

「違うよ? 一時期ドライアドたちに識別してもらえなくなっちゃったから肩の上によく乗っていたこの子に思い出してもらったんだけど、今は加護があるから必要ないんだよね」

「レモ?」

「なんで加護があると必要ないのー?」

「加護を持っている人にはなんか神様の力みたいなのを感じるらしくってね。今授かっている加護は僕以外持っていないから分かりやすいんだって」

「もんもん」

「へー」

「そういう訳だから肩に乗ってもらう必要はないんだけど……別に害があるわけでもないし、しばらくは好きにさせとこうかなって」

「レモーン」

「シズトらしいねー」

「でも子どもたちが大きくなったら譲ってもらうからね」

「レッ!? れもも?!」

「子どもたちが肩車して欲しいって言われたら流石にそっち優先だからね」

「レモ!!!」


 レモンちゃんが髪の毛をうねうねして抗議してくるけどこればっかりは子ども最優先だから仕方ないですわ。

 ランから聞かれた事は答えたので、話はいったん終わったと思ったけれどランは接客を新たに雇ったらしい町の子たちに任せて僕とお話をし続けた。

 厨房の方からめちゃくちゃ視線が飛んできていたけれど気づいていないのか無視しているのか……いずれにせよ、しばらくはここに来るのはやめとこう、と思うのだった。

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