後日譚191.事なかれ主義者はまだまだ甘い

 六月から九月までの四カ月の間に育生、千与、真、蘭加、静流の三人の誕生日があった。平等に同じ職人にベビーリュックを頼んで作ってもらったけれど、子どもたちが仲良くリュックを背負って庭を散策しているのを見るとついつい『魔動カメラ』を構えてしまう。

 子どもの成長は早いから毎日記録を取らないと、って思っていたら記録用の魔石がそこそこの量になってしまっている。見返す暇もないんだけど、これらはいつか見る事があるんだろうか?

 新しい月になったし、という事で月毎に仕分けする事になった記録用の魔石を箱にしまい終わると、僕は自分の部屋を後にした。

 階段を下りて、賑やかな声が聞こえる二階も素通りし、一階のエントランスを通って外に出た。外ではレヴィさんが農作業をしているが、いつもそばに控えているはずの専属侍女であるセシリアさんがいない。来月は出産予定日だから流石に安静に過ごしてもらっている。その代わり、レヴィさんの侍女としてメイド服姿で近くに控えているのはピンク色の髪が特長的な人族の女の子アンジェラだ。

 まだ九歳だけど、ジュリウスを筆頭にいろんな人からいろんな技能を叩きこまれていて、その中には当然のようにセシリアさんも含まれていた。こういう時の事を見越していたのかもしれない。

 まだ九歳だから働くのはこの世界でも少し早いそうだけど、路上で生活している子どもであればもっと幼い時から仕事をしていると主張されれば止めるのも難しい。

 最近のレヴィさんは外に出ないから危ない事もないだろうし、という事に加えて本人もやる気満々だったから任せる事にした。


「おはようございます、シズト様」

「おはよう、アンジェラ」


 綺麗なカーテシーで挨拶をしてくれたけど、やっぱり彼女の敬語にはまだ慣れない。お仕事中は常に敬語で話す事にしているようだけど、普段どおりが一番楽なんだよなぁ。


「シズト、もう整理は終わったのですわ?」

「とりあえずね。早送り機能とかないし内容を確認して選別するわけにもいかないからとりあえず撮った月ごとに分ける事にした」

「それでいいと思うのですわ。これから出かけるのですわ?」

「うん。お祈りの時間には少し早いけど、町を見て回ろうかなって。レヴィさんはどうする?」

「私は『アンジェラに迷惑がかかるから勝手に外に出ないで欲しい』ってセシリアに言われているから大人しく畑の見回りをしているのですわ~」

「がんばるぞ~」

「お~」


 レヴィさんの周りにいたドライアドたちが拳を掲げて高らかに声を上げている。畑の世話に意識が向いているのと、僕が白い服を着ていない事もあるからか引っ付いて来ない。

 ただ、その中でも例外は当然いる。


「れもーん」

「レモンちゃんも残って畑の世話をしていいんだよ?」

「…………」


 肩によじ登った一際小柄なレモンちゃんは僕の後頭部にしがみ付いた。


「まあ、いいけど。お祈りをしている時は大人しくしててね?」

「モン!」


 これは通訳してもらわなくても「うん」と言いたい事が分かる。

 他のドライアドたちの気が変わらない内に移動しよう。


「それじゃ、行ってくるね」

「行ってらっしゃいませ」

「ませませ~」

「行ってらっしゃいなのですわ~」

「ですわ!」

「れもも~ん」

「ばいばーい」


 大勢に見送られながら畑区画を無事に脱出する事ができた。このまま徒歩で移動しても良かったけれど、町の様子を見て回っている間に時間になってしまうので、アイテムバッグから魔道具『浮遊台車』を取り出して組み立てる。入りきらなかったので分解していたのを忘れてた。

 組み立てると言っても魔法陣が刻まれている板にとってとなる部分を取り付けるだけなのですぐに終わった。


「それじゃいこっか」

「もん」


 浮遊台車専用のレーンは以前と比べると行き交う人が少なくなっている。それは町の拡張がされていないかららしい。今は届け物か人しか載せていないようだ。合流しやすくて助かる。

 町の子たちの方が使い慣れているからかどんどん追い抜かされていくけれど、追い抜かれるたびに何度も振り返って僕たちの方を見てくる。前を見て走って欲しい。


「今日はチャム様からだから北区から見て回るよ」

「もん」

「北は居住区って呼ばれてるんだけど、一時的に人が減っちゃってるんだよね。派遣した子たちの実力が認められて正式に雇用を打診された子がいて、そのまま住み込みで働いているみたい」

「れも~」

「流石にその子たちは奴隷から解放しようとしたんだけど、断られちゃってね。レヴィさん曰く、奴隷の時の待遇が良いからなんだって」

「れも~」

「自立を促すためにもう少し待遇を改悪した方が良いんじゃないか、って思って改悪案をレヴィさんに提示してみたんだけど『まだまだ甘いのですわ~』って言われちゃった」


 あんまり厳しくし過ぎても大変だろうしなぁ、なんて事を考えながら町並みを見て回る。以前と変わったところと言えば、アパートのような集合住宅が、マンションみたいに増築された事だろうか。気候はチャム様のおかげで滅多に荒れる事はないし、地震も今の所ないから大丈夫なんだろうけど強度とかちょっと心配だ。

 ドワーフたちがしっかり計算して作ってくれているので大丈夫だろうけど……。蘭加が大きくなったらアダマンタイトで薄くメッキ加工でもしてもらおうかなぁ。

 増改築工事は中心部に近い所から進められているようで、教会に近づけば近づくほど背の低いアパートの比率が多くなってくる。

 これらも全部マンションタイプになったらいよいよ受け入れが厳しくなるんだけど……頑張って働いている子たちを追い出すのもなぁ。

 そんな事を考えながらチャム様の教会へと向かうのだった。

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