後日譚190.老神父は特に多くは望まない
ドラゴニア王国の最南端に広がる不毛の大地にぽつんとある町ファマリア。既に町と名乗るには大きくなり過ぎていたが、そこにこだわる者は特にいない。
そんな街には教会が四つあった。
西区にあるのは生育の神ファマが祀られている。信徒の多くはエルフで構成されており、どの時間帯にも一定数のエルフが祈りを捧げていて、教会の管理もエルフが行っていた。
東区にある黄金に輝く教会は加工の神プロスを祀っている。ずんぐりむっくりとしたドワーフが主に礼拝をしにやってくる。この教会の管理は最初はドワーフの男たちが交代でしていたのだが、途中からドフリックの妻であるドリアデラがするようになり、お供え物が酒以外にも色々用意されるようになった。
南区には付与の神エントの教会がある。他の教会と異なり、魔道具で溢れかえったその教会には連日多くの町の住人たちがやってくる。東西にある教会はそれぞれ独特の雰囲気があり通い辛いというのも原因の一つではあるのだが、なにより他にはない魔道具がたくさんあるから好奇心旺盛な子どもたちに人気なのだ。
エント様の姿を壁面に写す魔道具『魔動プロジェクタ―』は常に稼働していて、それを日がな一日眺めている熱心な信者もいた。
その教会を管理しているのはシズトによって作られた魔法生物の一人アッシュだ。
白髪交じりの黒い髪に、深い皺が刻まれた顔立ちをしている彼は、ここの管理だけではなく、最近は北区に新たに作られたまじないの神チャムを祀る教会の神父もしていた。
そんな彼に、ある日フラッとやってきた黒髪の男性が話しかけた。
「ねぇねぇアッシュ。日々頑張ってる事に対してご褒美が貰えるなら何が良い?」
そう問いかけたのはこの町を治める異世界転移者シズトだ。
黒い髪に黒い瞳の彼は今日はオフの日なのかラフな格好をしていた。だが、それでも目立つ者は目立つ。いつも賑やかな礼拝堂の中は静寂に包まれ、奴隷の証である首輪を着けた者たちが一様にシズトの様子を見ていた。否、まだ幼い者はトテテテとシズトに近づこうとして、同じ犯として行動していた少年少女たちに確保されて口を塞がれる子も少数だがいた。
「ご褒美? そうじゃのう。シズト様が健やかであれば儂はそれだけで満足じゃよ」
「そういうのじゃなくてさぁ。ほら、ホムラとかユキと比べると皆にご褒美上げてなかったじゃん? 定期的に何かできる事があればいいなって」
「シズト様が儂らの事を忘れないでいてくれるだけで良いんじゃよ」
「それは……うん、忘れる事はないんだけどさ」
視線を少し逸らして答えるシズト。その視線の先にいた子たちは「こっち見た!」と静かに騒いでいたし、周りにいた子は少しでも視界に入ろうと若干そちらに移動していた。
「なんかない? 腰が痛いからマッサージして欲しいとか」
「そんな事を望んでしまったら大変な事になりそうじゃから気持ちだけ受け取っておくよ」
それに見た目はお爺さんっぽい見た目をしているアッシュだったが、姿勢はとても綺麗で腰は曲がっていないし、細身の体でも重い物も軽々と運ぶ事ができる。シズトがその様に意識して作っていたら節々の痛みを感じたであろうが、そういう事は今の所なかった。
「じゃあお金とか? って言っても自由に使っていいよって言ってるしなぁ。なんかない? ジュリウス」
ご褒美が思いつかなかったシズトは、近くに控えていたエルフの男性に話しかけた。短く刈り上げた金色の髪に緑色の瞳と細長い耳とエルフらしい特徴のその男性は、しばし考えた後で「礼拝に参加するというのはどうでしょう?」と提示した。
「そうじゃのう。最近お忙しいであろうシズト様の事を考えると心苦しいんじゃが、月に一日だけ時間を貰えるなら、時間を決めて礼拝して回ってもらえると仕事が捗る気がするのう」
「…………その間アッシュがお休みするとか?」
「いや、仕事はするぞ?」
「ご褒美になるのかなぁ、それ」
「儂らが生まれた際に望まれた事をできるのであれば、それだけで幸せじゃからのう。それを手伝ってくれるというのであればこれ以上望む事は何もないわい」
「無難な落としどころではないかと愚考いたします」
「そうかなぁ」
シズトは納得していない様子だったが、とんとん拍子に話が進められて月に一回、シズトが巡礼をして回る日が作られた。
巡拝の日と名付けられたその日は、アッシュはいつも通り目を覚まして身支度を整えると居住スペースである二階から礼拝所として使われているスペースに移動した。
「まだ日が昇っていないというのに、気が早いのう」
椅子は全て熱心な信者によって埋まっているので、通路の邪魔にならないような壁際などで待機をしている人たちも多数いた。
約束の刻限はまだまだ先だからか、朝ご飯としてお弁当を持ってきている子もちらほらいる。
「とりあえず、換気をしなければならんのう」
こんな事ならもう少し時間を考えればよかった、なんて事を思いながら普段は開けない窓を開けて回るアッシュだった。
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