後日譚169.事なかれ主義者は念のため学んでおきたい

 世界樹カラバに『生育』の加護を使い始めて一週間ほど経った。

 ギュスタンさんはここ最近ずっとカラバの根元に設置した転移陣を使って毎日世界樹カラバに『生育』の加護を使っている。

 ドライアドや世界樹の根元にいる主のような魔物である黒豹(?)に合わせるのなら夜遅くに行くべきなんだろうけど、人間の生活リズムで大丈夫だとヨルガオちゃんに言われたのでお昼に通っていた。

 それに毎回同行しているけど、大きな問題は起きていない。世界樹の番人であるエルフたちが立ち入り禁止となっているので今後もクーを背負ってお供する事になるだろうけど、そこまで忙しくないので何とかなっている。

 空いた時間はいつものように子供たちの成長を見守るためお世話をしつつ、マナーを叩きこまれている。姿勢に関してはとりあえず及第点は貰えたので、次は話し方なんだけど……。


「貴方よりも立場が上な人はそうそういないわ。だから貴方が話しやすい話し方で大丈夫よ」


 育生を抱っこしている女性がそう言った。彼女はパール・フォン・ドラゴニア。レヴィさんのお母さんで、育生のお祖母ちゃんだ。

 淡い赤色の目は気の強さを表すかのように鋭さがあるけど、最近はその視線が僕ではなく育生に向けられる事が殆どなので怖くなくなってきた。

 レヴィさんと似ているのは顔の横側にあるツインドリルくらいだけど、育生はそれに興味津々のようだ。ジーッと見ていて、育生に釣られてパールさんの周囲に集まっているドライアドたちもジーッと見ていた。見られる事に慣れているからなのか、パールさんは動じた様子は見受けられない。


「タダの平民なんですけど……」

「エルフの正装を着ているのにその言い訳は無理があるわ」

「だって統治してないですし……」

「そうね。でも、ニホン連合の国の中にも統治は部下に任せている所もあったはずよ。君臨すれども統治せず、ね。貴方の場合は望めば統治をする事もできるでしょうけど……やる気がなければ学ばなくてもいいわ」

「ちょっと待て! さりげなく俺が来る理由を潰してないか!?」


 話に割って入ったのはドライアドを抱えた金髪碧眼の男性だ。彼はリヴァイ・フォン・ドラゴニア。この国の国王であり、レヴィさんの父親であり、育生のお爺ちゃんだ。

 だけどなかなか育生と触れ合う事ができないから時々こうして何も用事がないのにやってくる。仕事はしっかりとこなしているそうなので頻度はそこまで高くないけれど、王様がお城を空けて大丈夫なんだろうか?

 …………今更か。


「あら、統治の仕方は貴方が教える必要はないと思うわよ? だって、ランチェッタ女王陛下がいるもの。ほら、育生も私の意見に賛成しているわ」

「お前の髪の毛を引っ張ろうと手を伸ばしてるだけだろ! シズトだって俺から学べる事があるのなら学びたいと思っているはずだ。ほら、レモンちゃんもそうだそうだと手を挙げているじゃないか」

「いや、僕とレモンちゃんの意思は違いますし。っていうか、レモンちゃんは他の子が肩より上に来ないように威嚇しているだけですし」


 和室の中はドライアドたちは自由に出入りオッケーにしている。そのため、肌が白い子も、褐色肌の子も、小柄な子も全員いる。僕の体によじ登り始めたのは褐色肌の子だ。ギュスタンさんでコツを掴んだのか登るのが速くなっている。肩よりも上はレモンちゃんが髪の毛と両手を使って威嚇をしているので登れないから胸や背中辺りで止まっているけれど、放っておいたらその内肩の上に登る事も出てきそうだ。


「そういう訳だから貴方はお呼びではないわ。帰りなさい」

「まだ帰らんぞ! 今日は抱っこしてないからな! 独り占めするなとシズトからも言ってくれ!」

「いやぁ……僕には無理っす」


 ギロリと睨まれたらそれ以上は踏み込めないっすよ。

 そこを何とか、とリヴァイさんがドライアドを顔に近づけて迫ってくるけど、パールさんが可愛らしい咳ばらいをしたらピタッとやめた。


「話を戻してもよろしいかしら?」

「「どうぞ」」

「統治していなくても少なくともユグドラシル、トネリコ、フソー……は滅んだからシズトの土地扱いだったかしら? ちょっと話がややこしくなりそうだけど、その三か国の名目上のトップは貴方という事になっているわ。また、ガレオールの女王の夫でもあるから、他の人から見るとガレオールへの影響力も持っているという事になる。そんな人よりも立場が上なのはそうそういないわ。……ああ、義母である私は上かしら?」

「ソウデスネ」

「義父である俺も――」

「冗談は置いといて」


 冗談だったんだ。真顔で言うからまだよく分かんないんだよなぁ。

 チラッと僕たちのやり取りを見守りつつ、育生の様子を見ているレヴィさんに視線を向けたけど彼女は肩をすくめるだけだ。


「そんな人がどんな言葉遣いをしても表立って文句を言う事はないわよ。むしろ、立場が明確になるから敬語を使わずに常に話をしてもいいんじゃないかしら? 貴方も基本的に敬語なんて使わないでしょう?」

「そうだな。意図的に使う事はあるが、滅多にない」


 リヴァイさんが真面目な顔で頷いている。確かにリヴァイさんが敬語で話をしている所はあんまり見た事がないかもしれない。


「仰りたい事は分かりましたけど、それでもとりあえず話し方についてご教授いただければ幸いです。知らないより知っていた方が良いと思うので」

「そう。じゃあまだしばらくはここに来ないといけないわね」


 嬉しそうに口角をあげるパールさんに、僕もリヴァイさんも文句を言う事はできなかった。

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