後日譚168.事なかれ主義者は夜遅くに眠った

 ギュスタンさんがドライアドたちによって運ばれていくのを慌てて追いかけてみたが、見失う事はなかった。

 昼間の時間帯だと森の中は暗くて奥まで見えなかったけれど、ドライアドたちが通った所はなぜか発光していたからだ。追いかけながら森の中の様子を見ると、所々で発光している草木が見受けられたのでそういう特殊な草なんだろう、と納得してドライアドたちに置いて行かれないようについていった。

 正装である真っ白な布地の服は汚れがとても目立つ。世界樹の根元に着く頃には服の所々が汚れてしまっていたけれど、何とか無事に着く事ができた。身体強化付与しておいて本当に良かった。魔法無しだったら一時間ずっと走り続けるのは無理だっただろう。


「慌てなくても人間さんだったら迷わないようにしるべを用意してあげたのに」

「あなたたちの事を信じてないわけじゃないんだけど、そういう約束でギュスタンさんに来てもらってるから僕は近くについている必要があるんだよ」


 主に正妻であるサブリナさんからギュスタンさんを派遣するうえでのお願いをたくさん言われた。その中の内の一つがどんな事があっても必ずギュスタンさんの傍を離れず、何かあったら守る事だった。

 ……守る力なんて今はもうないんだけどね。

 そんな言葉が口から出そうになったけれど、飲み込んで「分かりました」と返事をしておいた。クーを連れて行くつもりだったし、いざとなったら『天気祈願』で悪天候にすれば何とかなるだろう、と判断したからだ。

 そういう訳で、僕はギュスタンさんから離れるわけにはいかないという訳である。誓約で約束をした訳じゃないから破ってしまった所で信頼してもらえなくなるだけだろうけど。


「……万が一のことを考えて、座って加護を使いたいんだけど、良いかな?」

「いいよ~」

「早く早く~」

「どこでするの?」


 どこのドライアドも雰囲気や話し方はあまり変わらないんだな。

 街との境界線付近にいた子たちはピリピリしていたけれど、ここにいる子たちは普通だ。ただ、先程まで月の光を浴びて微睡んでいた子たちがギュスタンさんの周りに押し寄せているからギュスタンさんはちょっと怖いかもしれない。

 ギュスタンさんが僕の返事を待っている様だったので、僕は「今からそっちに行きます~」とだけ言って歩き出した。

 世界樹の周辺はどの世界樹でもあまり変わらない風景で、円形上の大きな開けた土地が広がっている。

 他の都市国家と違う所を挙げるとすれば、植物の花が夜に咲いている事と、それらの中に発光している物もある事だろうか?

 キラキラと足元で輝く草花に目が惹かれるが、あまりしたばかり見ていると躓くし、なにより常に意識していろと言われている姿勢をキープできないので極力前を向いてギュスタンさんの方へと向かった。




 ギュスタンさんが『生育』の加護を使った後は魔力切れギリギリになってしまったようなので、クーに背負ってもらっていたアイテムバッグの中から予備の転移陣を設置してファマリーへと戻った。

 戻る時にはたくさんのドライアドと森の奥から急に現れた大きくて黒いネコ科の魔物(?)に見送ってもらえたので、ギュスタンさんはちゃんと役目を果たせたようだ。

 僕たちがファマリーの根元に戻ってからしばらくすると、ジュリウスも戻ってきた。どうやら魔力探知で僕たちがいなくなった事に気付いたようだ。


「ご無事で何よりです」

「ドライアドたちも友好的だったし、大きな猫っぽい魔物? も何もしてこなかったよ。まあ、大きいって言っても猫にしては大きいってだけなんだけど」


 猫って言うよりは顔つきとか見るとネコ科の大型動物っぽかったけど。黒かったし黒豹とかそんな感じだろうか?


「そろそろ僕は帰るね……」

「うん、お疲れ様。気を付けて帰ってね」


 魔力が限界ギリギリまで持ってかれてしまったギュスタンさんはフラフラとした足取りで転移陣まで歩いて行くと、そのまま帰っていった。


「レモンちゃんもそろそろ降りてね」

「…………も」


 ギュッと巻きつかれた。まだクーがいるから離れるつもりはないらしい。

 仕方がないからとクーを先に別館に送り届けた。


「クーも今日はありがとね」

「別に、あーしは近くにいただけだし?」

「クーのおかげで安心して森の中を歩けたんだよ。迷ったりしてもすぐに戻れるって分かってたからさ」

「ふーん……だったら、明日はしっかり構ってよね?」

「分かっておりますとも」


 なでなで程度じゃ今回の報酬には不足している、と言いたげなクーのために明日はちょっとスケジュールを空けておこう。

 クーは満足そうな笑みを浮かべると「明日の朝一でそっちに行くから!」と言いたい事だけ言うとその場から消えた。どうやら転移で部屋に戻ったようだ。

 さて、夜も遅いし僕も戻ってお風呂に入ったらさっさと寝よう。

 そんな事を思いつつ、髪の毛を解いてくれたレモンちゃんをそっと土の上に立たせて別れを告げ、本館へと戻った。

 …………待ってくれていたジューンさんと一緒に入浴を済ませ、今日見た光る植物のお話をしながら部屋に戻ったら、ホムラとユキが待ち構えていた。結局寝るのはさらに遅くなるのだった。

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