後日譚170.生真面目な辺境伯夫人は即断即決した
サブリナ・ディ・ブロディは、クレストラ大陸にある魔法の国クロトーネのブロディ公爵家に生まれた女性だった。
二十歳になっても婚約者がいないのは、そういう事に興味がなかったからだ。
優秀な魔法使いでもあったが、なにより領民たちの生活をより良くするための研究に没頭していたため、自分の事は二の次となっていた。
それでも公爵家の長女であり、優秀な魔法使いの素質を持つ彼女を周りが放っておくわけもなく求婚されることもしばしばあったが、彼女は「私よりも優秀な土魔法使いであれば喜んで婚約します」と明言していた。
彼女の両親は、そんなサブリナの事に頭を悩ませることもあったが、他の子どもたちのおかげで他の貴族たちとの繋がりは十分できていた。それに、自分たちの領地が栄えているのはサブリナのおかげでもあったから嫁に出す場合はデメリットの方が勝ってしまうだろう、という思いも少しはあったのだろう。
そんなわけでサブリナは魔法学校を好成績で卒業したのにも関わらず、学校に残って研究の道に進む事はなく、領地に引き籠って内政の手伝いをしていた。教師たちからは学校に残る事を提案されていたのだが「机上で学ぶ事はすべて頭に入れました。後は実践を通して学ぶだけです」と言って固辞していた。
そんな彼女の生活が一変したのは異世界転移者であるシズトがクレストラ大陸に現れてからだった。
複数の希少な加護を授かっている少年と同い年で未婚の者は、国のためにシズトに縁談の申し込みをするようにという話が出たのだ。
領地に籠って内政に勤しんでいたサブリナも例外ではなかった。むしろ、王家の血を受け継いでいるから他の者よりも可能性がある、と思われていた。
「上からの命だから拒否はできんぞ」
「分かってます。ですが、お断りされたらしばらくの間はこの手の話は無しにしてください。身綺麗にするために時間がかかりすぎますから」
「それは常日頃から手入れをしていないからでしょう」
「手入れをする暇があるのであれば、民の事を考えていたいので仕方がないのです」
「はぁ。……どうしてこういう子になってしまったのかしら」
母親の苦言も、悲しみの言葉も彼女は聞き流した。
どうしてかと問われると自分でも分からないが、領地の発展に邁進する事が楽しいし性に合っているからだろうか?
そんな事を考えながら、久しぶりにピカピカにされた細い手を何となく眺めていた。
ただ、手が綺麗な状態も長続きはしなかった。申し込んだ縁談が断られてしまったからだ。
それは他の国々の貴族も変わらないらしい。であれば、他国よりも出遅れてしまったと気にする必要もない、とサブリナは気にするのを止めた。
それから再び平穏で幸せな日常を謳歌していた彼女だったが、再び縁談話が持ち上がった。
今度の縁談の相手は『生育』の加護を授かった人物だった。
どうせまた断られるだろう、と思ったサブリナは、再び断られた際の条件を提示して挑んだ。そして選ばれてしまった。
数ある候補者の中からわざわざ自分を指定したらしい。直接会って、理由をつけて断ってもらおう。
そんな事を考えながら会談の場所として指定された元都市国家フソーへと赴いた彼女が屋敷に帰ってくると開口一番こう言った。
「話がまとまりました。ギュスタン様の下へ嫁ぎます」
「おお、そうか!」
「これで安心できるわね」
本人が望んでいるのであれば一人くらい生涯未婚の者を家に留めても問題はない、と思っていた両親だったが流石に自分たちがいなくなった後の事を心配はしていたらしい。
それに関しては申し訳ないと思いつつも、引継ぎのためにやるべき事をしなければ、と報告はそこそこにして退出しようとしたのを慌てて父親が止めた。
「良い結果に終わってよかったが……あれだけ家に残る事に固執していたのに何があったんだ?」
「それは私も気になるわ。ギュスタン様はそれほど素敵な方だったのかしら?」
「そうですね。民と一緒に農作業をする方と聞いて好ましくは思いましたが、それよりも条件が魅力的だったので」
「条件?」
「はい。内政のほとんどを私に任せる、との事でした」
他国に嫁いでも今のように助言やお手伝いであればさせてもらえるところはあったかもしれないが、他国から来た女性に内政のほとんどを任せるなんて条件は今までなかった。それこそ乗っ取ろうと思えば簡単にできてしまうから国も許さなかっただろう。
だが、今回交渉にやってきたギュスタンは違った。そもそも自分がそういう事を学んでこなかったので、内政を任せる事ができる人を探していたという事だった。
「細かい話は後日でよろしいでしょうか? ギュスタン様からできるだけ早く来て助けて欲しいと言われているので引継ぎを終えたらすぐにでも出立する予定なのですが」
「そ、そうか。いや、うん、そうだな。条件が変わる前に動いた方が良いな」
引き留めても無駄だろう、という事は分かっていた両親は彼女の荷造りや引継ぎを手伝った。その結果、その日のうちに出立するとは思わなかったのだが、転移門のおかげで国同士の距離は物理的に近くなっている。会おうと思えばいつでも会えるだろう、なんて事を考えながらサブリナが乗った馬車を見送るのだった。
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