後日譚159.道楽貴族はあまり変わらない

 農業が盛んな国ファルニルは、クレストラ大陸の中心に拡がる『魔の山』と呼ばれる魔物たちの領域の南側に広がっており、大陸の南側に魔物が漏れ出ないように蓋をする役目も担っていた。

 ファルニルのさらに南に目を向けると世界樹フソーを擁する都市国家フソーがある。大国ヤマトと接している国境が少なく『魔の山』から下ってくる魔物に専念する事ができていた。その結果、ファルニルの都市部まで被害が及ぶ事は滅多になかったが、それでも大きな被害が出た時の事は記録に残っているため、他国と同じように戦闘に関する加護を求める者たちばかりだった。

 だからギュスタン・ド・アリーズ――いや、つい最近貴族として独立する事となりギュスタン・ド・ルモニエに名が変わったその男は、婚約者どころか浮いた話の一つも出て来なかった。道楽を楽しむ過程で民衆とも仲良くなったのにも関わらず、忌避されがちな肥満体型の体が原因か、町娘と良い雰囲気になっていたという話も全く出た事もなかった。

 そんなギュスタンが世界樹を育てる加護『生育』を授かってからは状況が一変した。

 自国内だけでも今まで招待された事すらほとんどなかった社交界に引っ張りだこの状況となった。出席する事はあまりなかったが、それでも家族経由で縁談の申し込みが殺到した。

 また、転移門によって他国との距離が物理的に近くなった事もその状況に拍車をかけた。他国からも縁談の申し込みが舞い込むようになり、選ばれる側から選ぶ側になった彼を早くから唾をつけておけばよかった、と国内の貴族たちは思った事だろう。

 条件をいくつも提示する前は下は幼子から上は百を軽く超える年月を生きている女性まで幅広く縁談が申し込まれていたギュスタンに、爵位が授けられると決まったのは、世界樹を擁する都市国家が世界樹の使徒の配偶者について条件付けをした結果申し込みが減少してからしばらく経った頃だった。


「急に当主となれと言われても困るよ」

「家督を次男である俺に譲るくらいですからね。それもまさか辺境伯だなんて思いもしませんでした」


 ギュスタンは今まで国で管理していた魔の山の近くに領地を授かっていた。よく魔物が下ってくるような土地である。太っちょと呼ばれるくらいの肥満体型のギュスタンは、運動神経も良くない。また、魔法の才能もなかった。戦闘に関する事はからっきし駄目なのだ。やっぱり少しでも動けるようになるために『脂肪燃焼腹巻』を使うべきだろうか、なんて事を最近考えるようになったギュスタンだった。


「加護を鑑みて広大な土地を自由に畑にできる場所の方が良いだろう、って事でしたわよね?」


 問いかけたのは、ギュスタンの妹であるジョゼット・ド・アリーズで、その問いかけに頷いて答えたのはギュスタンの弟であるジェロラン・ド・アリーズだ。二人ともギュスタンと違って体は細い。ジョゼットとしてはもう少し胸周りについてもいいのに、と思っているのだが、年齢的にこれ以上自然に大きくなる事はなさそうだった。


「シズト様が広大な土地を一瞬で畑にする事ができる、という話を聞いたからだろうな。後は、王家としては他国に渡したくない、という思惑もあるんだろう。実際、縁談の申し込みの中には他国の女性当主からも混ざっていた」

「今の国際情勢を見なくとも、希少かつ有用な加護を授かっているギュスタン兄様を手放したら大いなる損失になるっていうのは分かるものね。それで、お兄様は何人の女性を娶る事になったのかしら?」

「三人だよ……」

「あら、随分と絞る事が出来たのね」

「これはお兄様の力ではないですね」

「ああ、正妻となったサブリナのおかげだよ」


 ギュスタンが正妻として娶る事にしたのは、魔法の国クロトーネの女性だった。名をサブリナ・ディ・ブロディという。ブロディ公爵家の長女が選ばれた理由は、単純に内政を任せられるからだ。

 婚約してすぐにギュスタンの領地に送られてきた彼女は、早速最初の仕事として縁談の申し込みの選定を手際よく進めた。


「残りの二人はどの様に決められたんですか?」

「軍事に明るい人と、社交スキルが高い人を選んだみたいだよ。実際にフソーで会って確認もしたらしい」

「ルモニエ領は場所的に、溢れ出た魔物に対する集団戦闘は必ずあるからそれ相応の力が必要ですからね」

「社交を任せられる人物もギュスタンお兄様の事を考えると大事よね」

「そうそう。どっちも僕はからっきしだからね。後はシズトくんの認可待ちなんだけど……どうやら今は忙しいらしくてね。ジューン様でもいいって事だけど、どっちかっていうとシズトくんの方が話しやすいし、急いでもないから」

「ギュスタンお兄様が急いでなくてもお相手方はそうではないかもよ?」

「いや、シズトくんの方が話を通しやすいっていえば納得して貰えたから大丈夫だよ」


 三人も娶る事になってしまったのは想定外だったギュスタンだったが、サブリナが「私は軍事も外交も不得手です。後二人ほど迎え入れてそれぞれ対応した方が効率的です」と顔合わせしてすぐに言われたので彼女の自由にさせたのだ。

 結果的には当初の想定よりもはるかに少ない数に側室を抑えられたのは良かった。それぞれ他の国からの紐が見え隠れしているが、そこら辺は想定の範囲内だった。むしろ一国に偏る事がなかったのはサブリナが真面目にバランスを考えて選定したおかげだろう。

 婚約者たちに苦手な事は任せて、様子を見るためにやってきた弟と妹の相手をした後はのんびりと畑を見て回ろう、なんて事を考えながらギュスタンの一日はゆっくりと過ぎていくのだった。

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