後日譚158.暗き森の住人たちは挨拶を返した
都市国家カラバはアドヴァン大陸の中心よりも少し東にある国だ。
アドヴァン大陸にある唯一の世界樹カラバを中心に作られた首都を中心に同心円状に国境が設けられていて、その周囲を五つの国に囲まれていて、他の世界樹を擁する都市国家と同じく、世界樹の素材と貴重な植物の売買によって国を大きくしていた。また、大陸に一つしかない世界樹を一目見ようと、冒険者などが訪れる事も多々あった。
産業も観光業も世界樹を中心に回っていた国の世界樹に異変が生じたら致命的な事になるのは火を見るよりも明らかだった。既にこの世にいない加護を剥奪されし世界樹の使徒は考えを巡らせたが、幸いな事に新しい世界樹の使徒の存在や、世界樹と加護の秘密についてはアドヴァン大陸にはなかなか入ってくる事はなかったので、しばらくは普段通りの生活をする事ができていた。ただ、それも長くは続かなかった。
他の大陸のエルフと話をした際にはとっとと新しい加護持ちを捕まえて利用する、という話だったが、一向に捉えたという連絡はなかった。
加護を失った彼にはどうしようもなく、備蓄していた世界樹の素材すらも売らなければならない状況に追い込まれ、すべて出し切っても状況は好転しなかった。
そんな時だ。邪神の信奉者から話を持ち掛けられたのは。
「神に見放されたのなら、大事に世界樹を守る必要はないのではないんじゃない? あの大きな木の枝の先の方を切ったところで大して影響はないでしょ」
世界樹を特別視していたが、確かに枝葉を多少剪定したところで問題ないはずだ。
判断力が鈍っていた前任の世界樹の男は、邪神の信奉者に唆されるままに枝をほんの少しだけ切る事を命じた。
その結果、都市国家カラバは首都の半分ほど森に呑み込まれるという状況になり、実行者と実行した際に森の中にいたエルフは全員まとめてこの世を去る事になった。それでも、月が沈み、太陽が昇る頃になると少しずつ、少しずつ街が森に呑まれていく。それを実行しているのは、世界樹カラバの根元に住み着いていたドライアドたちだった。
太陽が沈み、夜が更けてエルフたちが眠れない夜を過ごしている頃、森の奥深くからわらわらと森と街の境界付近に集まってきた彼女たちは、お喋りしながら植物の世話をしている。
「急げっ! 急げっ!」
「早く早く~」
彼女たちが急いでいるのには訳がある。
少し前まで森の寝食を止めるためと、新しい建物を建てるために必要な建築資材を手に入れるためにエルフたちが森の一番外側にある木々を切っていたのだ。
ドライアドたちは自分たちの縄張りが減らされるよりも多く、自分たちの領域を広げようと急いでいる。
「最近はエルフたちは木々を切らないよ?」
「急がなくてもいいんじゃないかなぁ」
ふと思い出したかのように一部のドライアドがそう言うと、ピタッとその周りにいたドライアドたちだけではなく、遠くでも作業をしていたドライアドも動きを止めた。
「でもパンちゃんがたくさんあった方が安全だって言ってたよ~」
「じゃあやらなくちゃいけないかー」
近くのドライアドが『パンちゃん』もそうしろと言っていたと主張すれば、他のドライアドたちも「そうだった、そうだった」と作業を再開した。
森のすぐ近くの建物は既に無人で、植物を育てるのを邪魔する者は誰もいない。
普段だったら満遍なく円を広げるように植物を育てていくドライアドたちだったが、今日はある場所だけ誰も何も手を出さなかった。
その周辺の森にいるドライアドたちは広げる作業をする事無く、ジーッと街の方を見ている。
「お昼の人間さんいないねぇ」
「どこ行っちゃったんだろうねー」
「夜だから寝てるんじゃない?」
「じゃあ、広げていけば会えるかなぁ」
「でもでも、パンちゃんが様子を見た方が良いって言ってたよー」
「エルフはカラちゃんをいじめる悪い奴だけど、人間さんは違うもんねー」
「じゃあ待つしかないのか―」
「夜に来てくれないかなぁ」
「人間さんはエルフさんたちと同じでお昼に活動するらしいよ」
「そうなんだー」
へー、と口を揃えていうドライアドたちはしばらく黙ってお昼の時間にエルフに連れられてやってきた人間がいた場所を見る。そこには一輪の青い薔薇が咲いていた。
「ねぇ、やっぱりアレってテリトリーだよね?」
「きっとそうだよ。魔力を感じるもん」
「じゃあ、やっぱり余計な事はしない方が良いよね」
「あんな花の子いないもんね」
「どこの子だろうね?」
「夜なのに出て来ないねー」
「変だねー」
ジッと、暗闇の中から一輪だけ咲いている青い薔薇を見るドライアドたち。彼女たちの目は暗闇の中でも爛々と金色に輝いている。
いつ来るのか、もう来るんじゃないのか、呼びかけてみようか、などと話し合っていたドライアドたちは一斉に口を開いた。
「こ~んに~ちは~~~」
お昼に聞いた呼びかけの言葉だ。時間帯は過ぎているが、返答をするのならばこれだろう、と話し合って決まったのだが、どれだけ待っても返事はなかった。
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