後日譚157.事なかれ主義者は見られている
都市国家カラバの住人代表っぽい人との挨拶はそこそこにして、少しずつカラバの街に近づく。先頭はジュリウスで、その数歩後ろを僕と青バラちゃんがついて行く。牛くらいゆっくりに歩いているけれど、着実に進んだ結果、カラバの城門をくぐって街の中に入る事ができた。
まず視界に入ってくるのは生い茂っている木々だ。街が途中で飲み込まれるような形で生えていて、奥の方は高い建物が木々の合間から顔を出している。ただ、それも壁が蔦で覆われていてシルエットしか分からないけど。
街の方に視線を向けると、ありふれた街並みだった。これといって特徴はないように見えるけど、通りから聞こえてくる喧騒もなく、行き交う通行人も見当たらなかった。代わりに、僕たちの様子を屋内外問わず見守っているエルフの人たちが見える。彼らが無事であるという事はいきなりジュリウスが攻撃される可能性が低いのではないか、と思ったけれどジュリウスが警戒しているのならそうした方が良いんだろう、きっと。
「ここからもゆっくり近づくの?」
「そうですね。引き続き警戒しながら進もうかと思います」
目指すべきは城門から入ってずっとまっすぐ続いているメインストリートの先にある、鬱蒼と茂った森の入り口だ。道らしきものはないから、もしも入っていくのなら分け入っていくしかないだろう。あのすべてがドライアドが丹精込めて育てた植物だった場合の事を考えると入る気が起きないけど。
「……見られてますね」
「? ああ、エルフたちにね。まあ、この服を人間が着ていたらじろじろと見るでしょ」
僕が来ているのは世界樹の使徒だけが着用を許された正装だ。真っ白な布地の服は裾から胸元よりも上まで金色の刺繍が伸びている。蔦のようなそれは階級を現すらしく、胸よりも上まで刺繍されたこの服を着る事が許されているのは世界樹の使徒――つまり、エルフの国のトップだけだ。それはこの国でも同じらしい。
僕はそんなものになる気はないけど、この国のエルフたちからしてみるとそのように見えても仕方がない。それらしい振る舞いをしなくては、と姿勢を正したけれど、ジュリウスは首を振った。
「彼らの視線ではありません。森の奥に広がる暗闇の中から、無数の視線が向けられています。それらには敵意が混じっているので恐らくドライアドでしょう」
「大丈夫なの?」
「はい。城門をくぐってから感じたのでテリトリーに入ったから見られている、と言ったところでしょうか。彼女たちからしてみれば、神聖な世界樹を切ろうとした愚か者と区別がつかないでしょうから」
ドライアドは個という概念が薄い。思考や感情などをある程度共有しているからかもしれないという推論もあったけれど、今はそんな事はどうでもいい。ドライアドから見たらジュリウスはそこら辺にいるエルフと同じエルフだと思われているという事が問題だ。
青バラちゃんが何かしらいい影響を与えてくれないだろうか、と淡い期待を抱きながら警戒しつつ歩を進める。
「……ここの子たち、少ないかも?」
「少ない?」
「うん。これだけ大きな世界樹だから、もっとドライアドがいてもおかしくないんだよ。でも、感じる視線は少ないから、何かあったのかもしれない」
そわそわとし始めた青バラちゃんだけど、ジュリウスと事前にした約束は覚えているようで、僕の手を離して先に行く事はない。ただ「はやくはやく!」と急かされて、腕を引っ張られながら歩く事になったのでちょっと進むスピードが速くなった。
「ジュリウス、こんなに早く近づいて大丈夫なの!?」
「はい。敵意は依然として私だけに向けられているようなので問題ないかと」
「いや、問題しかない気がするんだけどなぁ」
なんて言いながら、早歩きで青バラちゃんに引っ張られるがまま進んでいく。どうせ抵抗しても髪の毛で簀巻きにされて運ばれるから。
「今はこの街のエルフたちは建物の中で大人しくしている者が殆どですが、それはこちらが事前に条件を出したからです。普段は多少は通りを歩いているようですから、森に入りさえしなければおそらく大丈夫です」
「じゃあ青バラちゃんが森に入ろうとしたら流石に止めた方が良いって事だね」
「そういう事です。シズト様や青バラちゃんには今の所敵意が向けられていませんが、何がきっかけでそれが変わるか分かりませんから」
もし森に入ろうとしたら全力で抵抗しよう。結局簀巻きにされる未来は変わらないかもしれないけど、危ないと判断したらジュリウスも止めるだろうし、きっと止められるはず。
頭の中でシミュレーションしている間に、街を飲み込んでいる森の入り口が近づき、あともう少し進めば森に入る、という所で青バラちゃんを止めようとしたけれど、止める前に彼女は止まった。
ジッと真ん丸で大きな目で森の様子を観察している様子だったので、とりあえず青バラちゃんと同じように森をジッと見てみた。
背の高い木々が生い茂っているからか、太陽の光が葉っぱに遮られていて奥の方は暗い。っていうか、暗すぎやしないだろうか?
目を凝らして森の奥深くを見ようとしたら、なんかキラッと光る二つの球のような物が見えた。
「………目?」
「ですね」
ジュリウスが同意した次の瞬間には、無数の目が暗闇に浮かぶかのように現れてじっとこちらを見ている。
あれ、野生動物と目を合わせてはいけないんだっけ? そらしちゃいけないんだっけ?
なんて事を考えていると青バラちゃんが動いた。
「こ~んに~ちは~~~」
大きな声で元気よくした挨拶だったけど、反応は帰って来なかった。
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