後日譚50.敗残兵たちは愚痴を言う
突如大勢で現れたエルフたちの集団が蹂躙したのはサンレーヌ国でも西側の一帯だった。
国内交易路の拠点であった大きな港街では、復興に向けて若い男たちが街中を行き交っている。
特に損傷がひどいのは東と南の門だった。
東の門は巨大な門が綺麗に切断されている。巨大な刃物で切り裂いたかのような滑らかな切断面を見て、何かに流用できるんじゃないか、と何やら話をしているお偉いさんたちを横目に、兵士たちは協力して邪魔な置物と化してしまった城門はせっせと城壁の外へと出していた。
「ったく、なんでこんな重い物を運ばなくちゃいけないんだろうな」
「馬車が通るのに邪魔だからだろ」
「んな事は分かってるわ! はぁ。こんな重労働をさせられるんだったら、捕虜でいた方が楽だったぜ」
兵士の一人がぼやいたが、それを咎める者はいなかった。
城門が破られ、大勢のエルフが街の中になだれ込んでしまった際に、誰よりも早く降伏の決断を下したおかげで彼らは生きていた。
ただ、その後は捕虜となって拷問されたり、どこかに連れられて強制労働させられるんだろうと諦めていた兵士たちだったが、捕虜となった際の生活は悪いものじゃなかった。
ある程度行動に制限は設けられていたが、街の中であれば自由に出歩いてよかったし、人質として捕えられていたはずの民衆たちと同じ物だったが、朝昼晩の食事まで用意されていた。
調理に協力した民衆は報酬を受け取っていた。
報酬を受け取っていたのは調理に協力した民衆だけではない。いつも通り店を営むように言われた商人や、普段通り街の治安維持を命じられた兵士もまた、多かれ少なかれ報酬を貰っていた。
もちろん、街を占領しているエルフたちに反抗した者や都市奪還作戦を企てた者たちはエルフたちによって捕えられ、見せしめとして刑を執行されたが大人しくしていれば害はなかった。
普段の生活をするだけでそれ相応の金が貰えるし、野菜などの具材をふんだんに使われた食事は普段食べている物よりも豪華で、捕虜になる前よりもぜいたくな暮らしをしていた者も少なくない。
だからこそ、普段の業務ではない事をさせられて、それの特別手当も出ない事に他の兵士たちも不満を抱いていたので咎められなかったのだろう。
「まあ、お前の言いたい事も分かるけどよ。文句言っていたら南門の方に回されるぞ?」
「それはマジ勘弁」
「だろ? だったら黙ってやろうぜ。文句言ってても終わる物も終わらねぇし、早くしねぇと商人たちの不満が爆発するからな」
普段は東門から出入りしているはずの商人たちは現在、唯一無事だった北門を使っているがどうしても遠回りをしなければならず、商人たちも少なからず不満を感じているだろう。
ただ、それも南門を利用していた商人と比べると少ないはずだ。不満の声を上げる者も時間が経つにつれて増えてくるだろう。
そういった意味でも南門の修繕をさせられるのはごめんだ、と兵士は独り言ちた。
南門は外側から強烈な衝撃を受けて城壁諸共内側に吹き飛んでいた。
大きな手形のような跡がくっきりと残っている城門は、内側にあった家屋や道路を破壊して街の中央付近に転がっていた。
また、城門の周りにあった城壁も余波で内側に飛散していたため、城門近くに被害は甚大だった。
兵士たちだけではなく、奴隷なども含めて復旧作業に当たっているが、元に戻すのにまだまだかかりそうだった。
「ったく、誰だよこんな豪快に壊した奴。修繕する者の事全く考えてねぇじゃねぇか」
「あの面倒臭がりの『迅雷』だよ」
「ああ、あいつか。…………まあ、あいつの事は良いや。それよりもエルフたちだ。どうせ死体を回収するならがれきの撤去もしてくれても良かったのにな」
「丁寧に埋葬までしてくれたんだからこれ以上文句を言うと罰が当たるぞ」
「そうですね。それに普通の戦争だったら僕たち、こうして五体満足でお喋りできませんからね? この程度の作業で済んでるんですから神様に感謝しないと今度こそ見捨てられますよ?」
「でもよぉ……」
文句を言いながらも手は休める事無く兵士は作業をしている。小声で文句を言っているため、監督官には気づかれていないようだった。
「この作業に関して特別手当は出ないんだぜ? 昼夜問わず作業を続けるのによぉ」
「昼夜問わず作業を続けるかは今俺たちがどれだけ頑張れるか次第じゃないか? まあ、手当が出ない事にはやる気はでねぇけどな」
「それよりも、あの美味しいご飯も食べられないのが残念です」
「まあな。それに味は落ちてるのに金はかかるしな。料理する奴は変わってねぇはずだから、食材が良かったんだろう、って話だったけど……エルフたちっていつもあんないいもん食ってんかな? ずるくね?」
「それに関しては俺も同感だな」
「今後、あのエルフたちの国の野菜も交易で市場に出回らねぇかな?」
「それは難しいでしょう。上官の方々も漏れなく食べてましたから、出回ったとしても、王侯貴族用の食品としてですよ、きっと」
「お前、どっかの貴族の三男坊だろ? どうにかして手に入んねぇかな?」
「無茶言わないでくださいよ。内地にしか領地を持てない貧乏貴族なんですから」
「まあ、そういうのは海に面した領地を持つお貴族様が独占するだろうなぁ」
駄弁っていた三人の兵士は同時にため息を吐いたが、これ以上食事の話をし続けると余計に辛くなる、と話題を変えるのだった。
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