後日譚49.無敵だった国の王は先を見据える
サンレーヌ国はアドヴァン大陸の最北端にある国だ。
南には雄大な山々が連なっていて、自然の要塞と化していた。
南以外はすべて海に囲まれているため、自然と海運が発達し、それを守るための海軍に力を入れていたおかげで、アドヴァン大陸では海上戦において敵無しだった。
唯一、海中からの攻撃が弱点ではあったのだが、それも近海の海の底に広がる魚人の国ジーランディーと蜜月の中だったため、そちらに助力を頼んでいた。
建国されてから侵略行為を許していなかったサンレーヌ国だったが、ある日突然、国内に現れたエルフたちが攻めてきて最終的に国土の四分の一ほどを占拠される事態となっていた。
国境沿いの守りは強固だったのだが、内側に入られては脆かった。
上陸地点を作るため、海から街へ砲撃を加えてもエルフたちが操る精霊魔法によって無効化されて攻め手に欠け、他の領地から援軍を派遣しても平地での集団戦闘は向こうに軍配が上がっていた。
拠点へと逃げ帰る兵士を追いかけて現れたエルフたちは空を飛ぶため城壁は意味をなさず、二人組の黒髪の人族によって頑丈な門は一撃で破壊されて次々と都市が陥落していった。
その勢いを止めるために一度使者を派遣したが交渉は上手くいかず、王都に迫る勢いだった。
使者が連れ帰ったマルセル侯爵によって、向こうの軍事力が伝わると「敵う相手ではない」と和平を申し出るべきだという者が現れ始め、転移門を活用した経済活動について商人たちが喧伝すると「戦争よりも交易を!」と主張する者が急増した。
侵略されている理由が、相手を軽んじた事によって引き起こされた事だという事も伝わっていたため、なおさら厭戦思想が広まっていった。
「ここまでだな」
玉座に座った肥え太った男がため息交じりにそう言うと、その部屋にいた者たちは沈痛な表情で黙った。
全面的に降伏するしかない、と結論付けた国王のその後の行動は早かった。
先触れを送り、自分自身で和平交渉に赴いた彼は、ガレオールの女王と会談する事となった。
願わくば、商人たちが求めていた転移門の設置とまだ見ぬ異大陸との交易を、と考えていたのだがそれは残念ながらできなかった。
王城へと帰還した国王は、その大きな体を玉座に預けると、大きく息を吐いた。
「…………占領された地を返還してもらえるだけ良しとするか」
「仰る通りかと。エルフたちに占領された地の領主たちは彼らの力の恐ろしさを理解しているでしょうし、国王陛下の判断を支持するかと」
現在領地を占領されている貴族であるマルセル・ド・ビヤールが言えば説得力が違う。
その場にいた上位貴族たちはそれぞれの考えを胸の奥底にしまって、国王に賛同した。
「それにしても、シズト・オトナシだったか。彼もまた勇者のような風貌をしていたが、『黒武者』や『迅雷』と同様の戦闘力を持っているのか?」
国王の問いかけに答えたのもまた、異大陸を見て回ったマルセルだった。
ガレオール以外の国の情報を知っている数少ない彼の影響力は、彼が望んでいなくとも大きくなっている。
「以前まではそうだったようです」
「以前までは?」
「はい。向こうの大陸ではシズト・オトナシは邪神を討伐した英雄として語り継がれておりました。ただ、邪神を神々の世界に返すために授けられた加護を返還したそうです。以前までの力はない、と思われますが……」
マルセルが言葉を濁すと、国王は「憶測でもいいから話せ」と促した。
「ハッ。膨大な量の魔力を保有していると思われます。この国を襲撃したエルフたちは、『転移陣』と呼ばれる魔道具によって、異大陸から呼び寄せられた集団です。ただ、転移陣を使うための魔力はそれ相応の量が必要となるようです。魔石でも使える魔道具らしいので全てのエルフを送る際に彼が魔力を使ったとは考えられませんが、この国の誰よりも魔力量は多いかと」
「となると、加護を失っても気を付ける必要があるな」
「仰る通りかと存じます。また、向こうはまだまだ武力に余裕があるようです。全面戦争を避けたのは英断だったと愚考します」
マルセルの発言を大げさだと捉える者はいなかった。
エルフの集団と黒髪の男たちしか目撃情報がなく、ガレオール人特有の褐色の肌の人間が一人もいなかった。
国王はランチェッタと会談した際に見た侍女や護衛から、ガレオールの主戦力は温存しているのだろう、と判断していたし、他の貴族たちも転移陣があるのであればいくらでも援軍が送られてくると言われれば信じるしかなかった。
「城塞都市の門ですら一撃で破壊するような男が二人いるだけでも脅威ですが、ガレオールにいるであろう勇者の子孫がいまだに戦場に出てきたという話を全く聞きませんでしたから……」
転移門を手に入れる事ができなかった事について反国王派の上位貴族たちが批判しようと考えていたのだが、状況を鑑みると交渉する事すらできなかったのは致し方ない事なのだろう、と口を閉ざした。
ただ、胸の内では国王派を出し抜いて、どうやって異大陸の者たちと交易するか、思考を巡らせるのだった。
そんな彼らを見ている国王もまた、彼らに交易の主導権を握らせないために、今後の交易港として指定されている領地を治めているマルセル侯爵を自分の派閥に引き入れるための案を考えるのだった。
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