171.事なかれ主義者はできればしたくない

 レヴィさんのお兄様であるガントさんが来訪してから数日が経った。

 世界樹を加工して、ファマ様の教会を建築するために必要な資材を作っていく日々だ。

 ファマ様の像の近くに停められた数台の馬車から下ろされた世界樹の枝などを加工していく。

 細かい装飾とかはいらないそうなので、指示された大きさの角材や板などを作るだけだ。とっても楽。これも、アダマンタイトを加工し続けている恩恵だろうか。

 アダマンタイトはクッソ魔力が必要なのに加工し辛いから、木なんて簡単に操れてしまうんだぜ。


「魔力の無駄遣いすんな」

「はい、さーせん」


 ジロリ、とラオさんに睨まれたので加工で遊ばずに大人しく作業をしていると、何やら視線を感じた。

 そちらを見ると、幼女たちが僕を見ている。

 首には奴隷の証である首輪がつけられていて、おそろいの白い服を着ている。

 どの子も顔色は良く、痩せすぎではないし、清潔感溢れる姿だった。

 ちゃんとご飯を食べてお風呂も入っているようだ。

 小学生になるかならないか見た目の彼女たちが奴隷として働いているという事実に思う所はあるけど、そういう世界なんだから、と無理やり納得しようとしている。……納得までしばらくかかりそうです。


「何か僕に用?」

「……シズト様?」

「うん、そうだよ」


 一人の女の子が僕の名前を呼んだので返事をすると、ひそひそと奴隷の子たちが相談をし始めた。

 気長に待とう、とのほほんと待っていると、トコトコと奴隷の子たちが近づいてきた。


「ホムラ様、こわい」

「……なんて?」


 ピューッと走って逃げていく幼女たち。

 んー、ホムラが怖い……まあ、無表情だしそれかな?

 護衛のために近くに控えていたラオさんとルウさんを見るが、二人とも理由は知らないようだ。

 じゃあ、とジュリウスに視線を向けると、ジュリウスは口を開いた。


「おそらく、数日前に奴隷たちに目安箱に意見を入れるように圧力をかけていた事が理由だと思われます」

「……なんて?」




 はい、という事で夕方、屋敷に帰ってきたホムラに正座をするように命じて、奴隷に対する態度について話をした。

 ただ、表情がほとんど動かないホムラ。

 伝わっているんだろうか……。


「奴隷に対して強制は?」

「してはいけません、マスター」

「よろしい。守れるね?」

「………」

「ホムラさん? どうしてそっぽを向いて返事をしないのかな?」

「………」

「奴隷なんだから何かしら仕事を強制する事もあるだろ。その事を考えたら守れない可能性があるんじゃねぇか?」


 そういう物なのか。

 んー、でも意見は強制する物じゃないからなぁ。


「とりあえず、目安箱に関しては強制はしちゃダメ、分かった?」

「分かりました、マスター。強制はしません」

「僕の事を思ってやってくれたのはうれしいけどね……ありがと」


 正座しているホムラの頭を撫でると、ホムラはジッとされるがままだった。

 ああ、でも他の方法で無理矢理書かせるかも?

 具体的な方法は思いつかないけど……一応言っとくか。


「他の方法で無理矢理意見を書かせようとしても駄目だよ?」

「………」

「……ホムラさん?」


 どうして目を逸らすのかな?


「はい、分かりました、マスター」

「よろしい」


 じゃあもうこの話はおしまい。

 ホムラを立たせてお腹が空いたので食堂に向かった。




 食事が終わった後、ホムラが回収してきた目安箱の中に入っていた手紙を読む。

 自分で手紙を書けるようになりたい。

 文字が読めるようになって、お役に立ちたい。

 仕事に早く慣れたい。

 そんな感じの向上心の高い奴隷たちもいれば、日頃の感謝を書いた子もいる。

 部位欠損が治った男の子は、これまで以上に頑張る、という想いと他の仲間たちの欠損もいつか治ったら嬉しい、という事が書かれていた。


「そっか。奴隷の子たちって読み書きが全員出来る訳じゃないんだ。モニカとかここで働いてる人たちを見て、そういうのは皆できると思ってた」

「知識がある奴隷、高い」

「そうですわね。読み書き計算ができるだけでも、利用方法はたくさんあるのですわ」


 のんびりと紅茶を飲んでいるドーラさんとレヴィさんが教えてくれた。

 今日はレヴィさんが誰にも会う予定がなかったからか、二人ともラフな格好だ。

 最近ずっとドレス姿のレヴィさんと、全身鎧を身に纏ったドーラさんを見ていたから、ちょっと新鮮。

 まあ、いつも通りに戻っただけなんだけどさ。


「アンジェラみたいに、読み書きだけでもできるように学校でも作ろうかな。週休二日制にして、その内の一日をスキルアップに使ってもらうとか?」

「教える側はどうすんだよ。奴隷に教育をしたがるような奴は少ねぇと思うがな」

「別に本当の教師じゃなくてもいいよ。それこそ、教える奴隷を買うのもありかな」

「シズト様、発言をしてもよろしいでしょうか?」


 僕がうーん、と考えこんでいるとジュリウスが近くに跪いて話しかけてきた。

 とりあえず立たせて、先を促す。


「シズト様がお求めになっている、と言えばユグドラシルの方から勝手にエルフたちがやってくるかと。長年生きているので、知識だけは無駄にある者たちもおりますし、シズト様の所有物である奴隷たちに無体を働く者はいないでしょう」

「あー……なるほど?」

「才能のありそうな者がいれば、魔法や剣術を教える事も可能ですし、必要とあらばユグドラシルの警護をしている世界樹の番人に指導を任せるのも可能です。シズト様のお近くで働きたい、と申す者は多いので」

「ん~~……じゃあ、そこら辺はジュリウスに任せるよ。後は建物だけど……ホムラには教会関係を任せてるし、それはユキに任せるね」

「分かったわ、ご主人様。期待に応える事ができるように頑張るわ」


 よし、これで文字の読み書きについては解決したかな。

 部位欠損を治すためにはエリクサーが手っ取り早いけど……成績優秀者にあげるとかが良いのかな?

 うーん、と考え込んでいると、ジュリウスさんが遠慮がちに話しかけてきた。


「シズト様、明日のご予定は世界樹ユグドラシルの世話でよろしかったでしょうか」

「うん、そうだね。護衛よろしくね」


 ユグドラシルの周辺は禁足地になっているから、ラオさんとルウさんはファマリーの転移陣近くでお留守番だ。普段はジュリウスさんだけがついて来て、側で見守ってくれている。


「はい、この命に代えてもお守りします」


 想いが重いよ、ジュリウスさん。

 僕が苦笑を浮かべていたが、ジュリウスさんは気にした様子もなく、話を続けた。

 どことなく表情が硬い気がする。


「それと……シズト様のお手を煩わせてしまう事になって申し訳ないのですが、ユグドラシルの世話が終わった後、少しお時間を頂けないでしょうか?」

「別にいいけど、何するの?」

「世界樹の使徒に関する事で、話をしたいのです」


 あー……とうとう逃げられない感じ?

 できればやりたくないんだけどなぁ。

 そんな事を思いながら、とりあえず話だけでも聞こうと思って了承すると、ジュリウスさんはほっとした様子で壁際に戻っていった。

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