幕間の物語82.魔法生物はシズト最優先

 不毛の大地に聳え立つ世界樹ファマリーの北側にまとめて建てられていた居住区ファマリアは、少しずつファマリーを囲むように拡張工事がされていた。

 聖域の魔道具がファマリーの周囲に設置された事もあり、セーフティーゾーンが増えたからだ。住む予定の住人はまだ選別中だが、作っておいて損はないだろう、と進められている。

 その様子を確認しながら問題がないか確認しているのは、シズトによって作られた魔法生物のホムラだ。丸投げのシズトの代わりに建設の許可などを出している人物だ。

 体をすっぽりと覆い隠すローブに、とんがり帽子を被っている彼女の長く伸びた黒髪を風が揺らしている。

 紫色の瞳は街に異常がないかをジッと確認していたが、今日のやるべき事のために歩き始めた。

 ファマリーの西側に魔道具店『サイレンス』のファマリア支店を建設するために、ドランにある店をユキに任せて下見に来ていた。

 西側はテントが少ないが、外部からやってきた建築士たちが集団で到着した事もあり、賑やかになりつつあった。

 その騒がしさの中を、子どもたちが浮遊台車に乗って駆け抜けていく。

 子どもたちが進む先には付与を司る神エントの像が金色に光輝いていた。

 その周囲には、ドランだけではなく、ドラゴニアやユグドラシルで働いていた職人たちが集まっていた。

 今は教会建設予定地を指差しながら話をしたり、それぞれの案を模型にして議論したりしていた。


「おう、嬢ちゃん。なんか用か?」

「進捗はどうですか?」

「資材が届いてねぇからまだ何も進んじゃいねぇよ。ま、そこまで巨大な神殿を作るわけじゃねぇんだ、資材が届けばすぐに終わるだろうけどな。それにしても、嬢ちゃんの主人が信奉している神様のためとはいえ、これだけの職人を集めるなんて、やりすぎなんじゃねぇか? 俺たちは報酬がもらえりゃそれでいいけどよ」


 明らかに過剰戦力だろう、と言いたげな若い職人がホムラをバカにするように見ながら言ったが、ホムラはにっこりと笑う。


「シズト様をお待たせするわけにはいきませんので。工程に遅れは出さないようにしてください。ああ、でも、遅らせないようにするために無理をしたらシズト様が心を痛めてしまいますので、くれぐれも何もトラブルも起こさないように。何かしら問題が起きたら……どうなるのでしょうね?」


 ホムラは笑顔のまま、最近頭角を現していた若い職人を見ていたが、目は笑っていなかった。

 くれぐれも問題が起きない事を祈ります、と呟いた。

 それから、金の像の近くに設置された目安箱の中身を見て、ぴくっと眉を動かすと踵を返した。

 ホムラは道になる予定の部分を横断すると、看板が立てられた場所で立ち止まる。

 看板には『魔道具店サイレンス ファマリア支店建設予定地』と書かれていた。

 ホムラは看板に汚れや、いたずら書きがされていないか、また建設予定の土地に異常がないかを確認すると、満足したのか来た道を戻っていった。




 夕暮れ時になると、ファマリアの至る所で働いていた奴隷たちが、自分たちに用意された集合住宅地にグループごとに集まって帰っていく。

 その周囲には一仕事終えた中年冒険者たちが数名ついて歩き、周囲を警戒していた。

 外からの来訪者が増えた事もあり、主人がその場にいない奴隷に対して危害を加える輩が出てくる事を懸念したからだ。

 巡回をする駐屯兵も朝と夕方の時間帯になると増える。

 商人たちはその様子を見て、随分と過保護だと思いつつ、奴隷に対する態度を気をつけねばと気を引き締める。

 シズトからお小遣いとして配られているお金を握りしめて、買い物をしに来た奴隷の子どもたちのお釣りを誤魔化した商人がいたが、翌日から姿が見えなくなったからだ。他にも、奴隷の子どもを追い払った者や、泣かせてしまった者も姿が見えない。

 何がきっかけで自分もそうなるか分からない以上、商人たちは奴隷であろうとも普通の対応をするしかなかった。

 奴隷の子どもたちはおやつを買い求めると、集合住宅に帰った。

 普段だったらみんな思い思いに過ごしていたが、今日は違った。

 全員整列していて、ホムラの方を見ていた。


「え、今日ってホムラ様が来るって言われてたっけ!?」

「聞いてないよー!」

「ほら、急いで! ホムラ様に売り飛ばされちゃうでしょ!」


 売り飛ばしませんが、とは口に出す事もなく、ホムラはこそこそと話をしながら小さな子を抱えて走ってくる女の子たちを見る。


「これで、全員揃いましたか?」

「は、はい! 全員、揃いました!」


 そばかすが特徴的な奴隷のヘレンが、直立不動で答える。

 たらたらと冷や汗が止まらないまとめ役のヘレンの様子を見て、小さな子たちは不安そうにしている。


「今回はどの様なご用件でしょうか!」

「確認したい事があったので来ました」

「確認したい事、ですか……?」

「はい。目安箱の事は周知するように伝えたはずですよね?」

「あ、はい。朝礼の時に繰り返し伝えてます」

「で、あれば……なぜ、目安箱に一つも意見が入れられていなかったのでしょうか?」

「え……特に、不自由してないから、ですけど。それに、主人に意見するなんて……」

「主人であるシズト様がお求めになっているのです。あなたたちは主人の望みを叶えるために努力しなさい。意見がないならひねり出しなさい」

「で、でも私たち、字は書けないし……」

「そこら辺でこちらを窺っている冒険者たちに代筆を頼めば済む話では?」

「そ、そうですね! そうします!」

「分かればいいです。それでは、明日までに何かしらの意見を用意しておいてください。シズト様が気にされているかもしれませんので」


 ホムラは言いたい事を言い終わると、他の奴隷にも通達しておくようにとヘレンに命じると、ファマリーの方へと歩き始めた。

 取り残された奴隷たちは、どうしよう、とお互い顔を見合わせたが、とりあえずそばかすの少女ヘレンは、他のまとめ役の子たちに伝えるために他の集合住宅へと駆けだしたのだった。

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