幕間の物語59.魔法生物と聖女とオーダーメイド

 ダンジョン都市ドランには、有名な魔道具店がある。

 中央通りから少し外れた住宅街にあるその店の名前はサイレンス。

 手頃な価格で同じ品質の魔道具が手に入る事と、情報を伝えれば甘い魔道具を貰えるという事で有名だった。

 店内は雑然と物で溢れていたが気にした様子もなく、女店主が大きな棚の前で椅子に座っている。

 目深に被ったとんがり帽子と体をすっぽりと覆い隠すローブを身に纏っている。とても長く艶やかな黒髪が床まで届き、椅子を中心にして広がっている。一週間ほど、ユキの代わりに店を任されたホムラだ。

 シズトによって作られた魔法生物である彼女は、シズトの言いつけ通り、他の商店の店員たちの様子から営業スマイルという物を覚えたようだ。口元が優し気に綻んでいる。

 そんな彼女に、小さな子どもたちが次々と水晶玉に手を置きながら話していく。

 その話を聞き終わると、ホムラは『なくならない飴』を渡していっていた。

 その様子を慣れた様子でほとんどの客は見ていたが、この店に初めてきた者はそれを珍しそうに見ている。


「ねえ、なんか話をした人に鉄の棒を配ってるけど、それ何?」


 小さいお客さんたちが店の外へと楽しそうにはしゃぎながら出て行った事を確認すると、その人物はホムラへと話しかけた。

 金色の刺繍をされた白い服を着ている茶髪の少女が、不思議そうに首を傾げている。


「口に咥えて出て行ったけど、なんかの魔道具?」

「『なくならない飴』という魔道具です。口に含むと自動的に吸われる魔力と引き換えに甘味を感じるんです」

「へー、そうなんだ。甘味なんていつでも貰えるけど、ちょっと食べてみよーかなぁ。それって、いくら?」

「現金で販売はしてないです。何かしらの情報と引き換えに数日分使える『なくならない飴』をお渡しする事になってます」

「ふーん」

「もしも情報をお話しするのならこの水晶玉に手を置いてください」

「なにこれ?」

「これも魔道具ですね。簡単に言うと、その話が真実かどうか証明するものです」

「そう。ま、姫花は嘘なんてつかないからいいけど」


 そう言いながら水晶玉に手を置く少女は、異世界転移者である茶木姫花。神聖エンジェリア帝国に転移し、それ以来、その国で活動している聖女だ。

 彼女の後ろで控えている黒服の男は、彼女が侍らせている者の内の一人であり、護衛でもあった。


「んー、じゃあ姫花の事教えてあげる。姫花は、あんたたちの世界でいう勇者よ。すごくない?」

「いえ、別に。その情報は先程の子たちが教えてくれたので一日分ですね」

「あー、だからなんかチラチラ見てきてたのか。てっきり姫花が可愛すぎて盗み見てるのかと思っちゃったじゃん。何か姫花の価値が一日分って聞くとむかつくけど、もう知ってる事だったら仕方ないか」


 大人しく差し出された『なくならない飴』を受け取り、さっそく口の中に入れる姫花。

 どこか懐かしい味だな、と思いつつそれを静かに舐めていたが、黒服の男の耳打ちをされてハッとした。


「ねえ、ここってオーダーメイドってやってんの? 専属の魔道具師がいるんでしょ?」

「魔道具師様の気分で作ったり作らなかったりなので、必ず作るとお約束する事はできません。また、どんな魔道具でも作れるわけではないです。……ですが、ご要望はお聞きします」

「そうなんだ。お金はここにいる庶民たちの何倍も出せるから、魔道具師を説得してよ」

「お金に関して無頓着な人なので、どれだけ大金を積もうが気にされないかと」


 実際、シズトは魔道具でどれだけ儲けているのかは知らないわけだから嘘は言ってない。お金に無頓着なわけではないが。

 ホムラの口元に浮かんでいた笑みが、いつの間にか無くなっていた事に気づいた姫花はこれ以上言っても仕方ない、と思って要望だけ伝える事にした。


「まあ、作るかどうかはその魔道具師に確認しといてよ。姫花、しばらくドランに滞在する事になると思うし」

「分かりました」

「それじゃ、最優先で作って欲しい物なんだけど、この可愛いバッグをアイテムバッグにしてほしいんだー。アイテムバッグなんてダンジョンからたくさん出るけど、見た目が姫花に合わないんだよね。聖女ですし?」

「左様ですか。それだけですか?」

「そんなわけないじゃん! あと作って欲しいのはドライヤーかな。メイドに色々させるのも気分いーけど、自分の部屋でのんびりしたい時はあった方が便利だし。あ、ドライヤーってのは、こう……髪を乾かすために温風とか冷風とか出すやつなんだけど、……伝わった?」

「はい」

「まじ? 姫花説明上手すぎ~。とりあえず、そのドライヤーも欲しい。あとは、ムダ毛処理とかしたいんだけど、あんまり肌に負担かけたくないんだよね。そういう負担をかけないで処理できる魔道具ってある?」

「ありますね」

「ほんと? じゃあそれも! あとは……肌をきれいにするような魔道具ってない?」

「きれい、ですか……」

「そう。化粧とかした後に、それを肌に負担残さないようにサッと完璧に落とす物とか。肌についてる汚れをごっそり取ってくれる物とか。肌にいい化粧水を作り出す魔道具とか、それを効率的に肌にしみこませる魔道具とか……そういうの!」


 カウンターに身を乗り出し、鼻息も荒く興奮している姫花だが、ホムラは気にした様子もなく至近距離でまっすぐに見返した。


「……つまり、美容関係ですね。美容関係だとお腹に巻いているだけで痩せる腹巻と、育乳ブラがありますが、それ以外はないです」

「育乳ブラ?」

「ええ、個人差はありますが、一番効果が高かった方はこう……バーンと」


 ホムラが両腕を胸の前で大げさな程大きく動かすが、実際それくらい大きい。

 いつも彼女のマスターがチラチラと見ているので、自分も使うべきなのだろうか、と思いつつ未だに使っていない。


「え、そんなに!? それってすぐ手に入るの!?」

「いえ、予約待ちの状況ですね。魔道具師様がいつ作るかも分からないので、手に入るのはいつか分かりかねます」

「お金なら予約している一番最初の人の何倍でも用意させるわ!」

「そう言われても困ります。購入希望されているのは高位貴族のご令嬢たちですから」

「こっちは勇者で聖女よ!」


 勢いよく机を叩いたせいで、大きな音が店内に響いた。

 だが、ホムラは動じない。紫色の瞳でまっすぐに彼女を見て、口元を綻ばせる。


「同じ異世界転移者の事を犯罪者呼ばわりした聖女様を、優先しろと?」

「なんでそれを……って、あいつが言いふらしたとかそんな感じに決まってるか」

「だいぶ肩身の狭い思いをされているのに、これ以上反感は買わない方がよろしいのでは? ただでさえドランでの評判は悪いのですから」


 チラッとホムラがこちらの様子を窺っていた客たちに視線を向ける。それにつられて姫花もそちらに視線を向けると、厳しい眼差しが彼女に向けられていた。

 結局、彼女は育乳ブラもその他の魔道具も一先ず諦めて、一番欲しかったアイテムバッグのオーダーメイドだけ依頼して、そそくさと店を後にした。

 残されたホムラは小さな声で独白する。


「……どれだけぼったくりましょうか」


 程々にしとかないとマスターに怒られますね、と自分を諫めつつ、怒られなさそうな妥当な金額を店番中、ずっと考え続けていた。

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