101.事なかれ主義者はとりあえず祈る
大きく育った世界樹ファマリーを囲う聖域の中は、一週間でだいぶ変わった。
まず二階建ての家がすでに出来上がっていた。
祠のすぐ近くに建てられたそれは、木造建築で、わざわざドランから材料を運んだらしい。言ってくれればそれくらい運んだのに。
アルヴィンさん曰く、ちゃんとお風呂も男女別で作ってくれたらしいので大満足。早く見たい。
あと、なんか知らないけどその家の周りに花がたくさん咲いている。
大工さんたちが見栄えがいいように持ってきたものを植えてくれたのかと思ったけど、なんか気づいたら生えてたらしい。
世界樹の影響じゃないか、という話だったのでそうなのかもしれない。不毛の大地って言われてるのに世界樹の周囲は緑化してるしね。
望遠筒を使ってその花々を眺めていたが、現実逃避はやめて一番大きな違いについて考えよう。木の根元で丸まって眠っているフェンリルの事を。
丸まってるのに大きい事が分かる。相当長く生きたフェンリルなんじゃないか、という話だ。
Sランク相当の力を持ったフェンリルの可能性もあるからと、ドランの冒険者ギルドからもイザベラさんたちがやってきていた。
「ほんと、加護持ちってトラブルメーカーですね」
「僕何もしてないっす」
呆れた様子で僕を見るイザベラさんに弁明しておく。
世界樹は確かに植えたけど、それは神様の指示でしたし。今も枯れちゃうと面倒な事起こりそうだから枯らさないようにしてるだけですし。
なんて言い訳をしつつ、いつもの受付嬢たちが着ている制服ではなく、魔法使いっぽい見た目のイザベラさんをさりげなく見る。
とんがり帽子を被り、ローブを羽織って、片手で持てる短めの杖を持った彼女はそれだけで魔法使いっぽい。
たくさんの宝石がついた指輪を両手の指にはめていたけど、魔法の威力を上げてくれるんだとか。めちゃくちゃ派手な人だなぁ、とか思ったけど必要な事なら仕方ないね。
「ギルドマスターがこんなとこまで来ちゃって大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないですけど、フェンリルを野放しにする方が問題ですから。ホムラさんから買わせていただいた速達箱があるので、書類仕事はこちらでもできますし……ハハ」
なんか目のハイライトが消えたような気がするんですけど。
ハハハハハ、と壊れたように笑うイザベラさんを置いといて、イザベラさんと一緒にいた人に目を向ける。
そこには筋骨隆々の大男がいた。動きやすさを重視したのか革製の装備を身に付けている。
棍棒の様なものを担いでいるその人と視線が合うと、バチコン!! とウインクしてきたのでそっと目をそらす。……なんか、関わっちゃいけない人種な気がするんですけど。
「君が噂のシズトちゃんね。噂に違わぬ魅力的な顔立ちでゾクゾクしちゃう! ここで会ったのも何かの縁。是非仲良くしてほしいわ!」
「相変わらずだな、アンドガー。シズトがビビってるからそれ以上近づくな」
「そうよ、アンちゃん! シズトくんは女の子が好きな子だもの。ね、そうよね?」
「人の心は移ろうものよ、ルウちゃん。今は女の子が好きでも、ワタシと関わるうちにワタシという一人の人間の事が好きになるわ」
それはどうだろう。多分ないと思うけど。……どうだろう、ないよね?
最近反応がない息子に問いかけてみるけれど、反抗期なのかやっぱり反応がない。いや、ここで反応されても困るんですけどね?
「ラオさんとルウさんの知り合い?」
「昔のパーティーメンバーの一人だ。それより、ギルドはアレをどうするつもりなんだ?」
「可能であれば討伐するつもりよ。戦力が揃うまで私たちが待機して、もしもの事態に備えてるんだけど……」
「何を考えてるのか、まったく動きがないの。まあ、ワタシとしては楽でいいんだけど」
「ただ、ここは一応シズトくんの土地で、何より世界樹が側にあるものだから、うかつに手が出せない状況なのよ」
困ったわ、と頬に手を当てるイザベラさん。
僕と話すときは常に敬語なんだけど、ラオさんたちと話している彼女は敬語を使ってなくてなんか新鮮。
話をしていた人たちの視線がフェンリルに向かったので僕もそっちを見る。
フェンリルは相変わらず白い毛玉のように丸まっていて、動きがない。
戦力が揃うまで、あのままフェンリルが聖域内に居座る事を考えたら、やっぱりこれ以上近づくわけにはいかないだろう。
兵士たちの中に紛れて、とりあえず【生育】の加護を使ってみるか。多少効率は悪くなるけど、怖い思いをするよりましだろう。
「分かった。じゃあ、何が起こっても問題ねぇように根回しするから、もう少し待っとけ」
ラオさんがイザベラさんとアンドガーさんを引き連れ、冒険者たちが集まっている方へと歩いて行く。
ドーラさんとレヴィさんもセシリアさんを後ろに従えて、アルヴィンさんがいる天幕の方へと駆けていった。
残された僕はとりあえず、気絶しないように気を付けないとなぁ、なんて思いつつ気絶した場合どうするかホムラとルウさんの三人で話し合った。
そして夕暮れ時。夕日に照らされる中、僕は不毛の大地で膝をついていた。
別に誰かに加護を使う様子をアピールするためじゃなくて、立ったままだと気絶した時に危ないから。
鉄の床のさらに外側から【生育】の加護を使った事がないのでどうなるか分からない。僕の両隣をラオさんとルウさんが固めていて、僕の正面にはドーラさんが背を向けて大きな盾を構えている。
その視線の先にいるフェンリルはあれから微動だにせず、丸まり続けているが急に起き上がって攻撃してくるかもしれない、という事らしい。
「それじゃ、いきます!」
周りの兵士にも聞こえるように少し大きめの声を出して合図する。
その合図とともに、周囲の音が掻き消えた。
「あんまり魔力持ってかないでください【生育】!」
加護を使ってみたけど、いつもの何倍も魔力の消費が早い! とかはない。
ただ、漠然と遠すぎて効果が薄い、というのは感じる。
魔道具か何かでどうにかならないかな、と思いつつ【生育】で魔力を送り続けていたんだけど、フェンリルが起き上がった。
「総員警戒態勢! 一瞬も気を抜くんじゃないぞ!」
アルヴィンさんの空気を震わす大声の後、兵士たちが一斉に戦闘態勢に入った。
フェンリルはそんな人間たちの動きを気にした様子もなく、お座りの態勢でじっとこちらの動きを見ているようだ。
加護を使うのをやめようとしたところで、そっと背中に手を置かれた。
「大丈夫、敵意を感じないですわ。何かあったとしても、命を懸けてシズトだけは守ってみせるのですわ」
いや、王女様だし逃げてほしいんですけど?
と思いつつ、加護を使い続けていると、どこからか声が聞こえた。
『貴様がこの世界樹を育てているのか』
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