100.事なかれ主義者は呼び出されるのに慣れてきた

 空を飛ぶ練習をした翌朝。

 本当だったら今頃は、馬車に乗って世界樹ファマリーに向かい始めているはずだった。

 ただ、近衛兵が連れてきた馬車の行き先は領主の館。

 出迎えてくれたドラゴニア国王であるリヴァイさんと、この街の領主のラグナさんは挨拶もそこそこに屋敷の中に入って行く。

 応接室に入ると、それまでついてきていた護衛らしき人達は部屋から出ていった。

 レヴィさんの隣に座るように促され、目の前にはドーラさんが淹れた紅茶が置かれる。

 気持ちを落ち着かせようと一口だけそれを飲み、リヴァイさんに話しかける。


「それで、厄介事って何ですか? 建物関係ですか?」

「シズト殿の仮設住居に関しては既に完成したと報告が上がっている。問題ないよな、ラグナ」

「ああ、アルヴィンから報告が来てたから間違いないだろう。それ以外のどうでもいい報告も来ていたが、アレの取り扱いに関しては気を付けた方がいいぞ」

「アレ?」

「増毛帽子の事かと、マスター」


 僕が首を傾げると、後ろからホムラがボソッと耳打ちをしてくれた。

 ああ、アレね。確かに禿げてる人からしてみれば喉から手が出るほど欲しい物だろうし、ダイエット用品と同じくらい取り扱い気をつけなきゃ。


「まあ、そこら辺は僕じゃなくてホムラとユキに任せてるんで……問題なさそう?」

「問題ないです、マスター」

「気を付けてね?」

「心得ておきます、マスター」

「建物関係じゃないってなると、世界樹関係ですか? またエルフたちが占拠し始めたとか」

「エルフたちとは何もない。出て行って以来、アルヴィンから何も報告が来てないから、小競り合いもないんだろう。ただ、ユグドラシル方面から来た厄介事、というのは間違いではないな」


 短く切り揃えられた金色の髪をガリガリと搔きむしりながら、眉間に皺を寄せてラグナさんがそう言うと、リヴァイさんも隣で腕を組みながら頷いている。


「フェンリルが住み着いたらしい」

「……フェンリルって、あの?」


 よくラノベとかで出てくる狼系の魔物?

 冒険に出るつもりがないから魔物の情報とかあんまり入れてなかったんだけど、ラグナさんのこの表情からして結構上位の魔物なんだろう。

 でもあれだけたくさん兵士がいるんだし、討伐とかできないんかな。

 そんな事を考えていたら、後ろからラオさんの声がした。


「……こいつ、分かってねぇみたいなんで、説明してもよろしいですか?」

「構わん」

「ありがとうございます。……フェンリルってのは、個体差が大きい魔物だが、ほとんどが人語を理解するくらい知能の高い魔物だ。身体能力も高く、魔法も使いこなす。生きている期間が長ければ長い程、脅威度が上がる。Sランク指定される事もあるくらいだな。そんな魔物の相手はAランク以上の冒険者を複数人用意するか、物量で押し切って追い出すかくらいだが、どっちも世界樹の周辺でやったら世界樹に間違いなく被害は出るだろうな。あそこは一応お前の土地だし、世界樹もお前のものだから、勝手に戦闘をせずに様子見をしている、って状況なんだろうよ」

「概ねその通りだ。フェンリルの大きさだけで判断してもSランク指定されてもおかしくない個体。そんな個体がどうしてかは分からんが世界樹の根元に居座っているのが現状だ。刺激しないようにアルヴィンに指示を出し、遠くから様子を見ているが出て行く様子がない。時折、聖域の周囲に集まってくるゾンビを蹴散らす以外は日がな一日、寝て過ごしているそうだ」


 ラオさんの話の時には恐ろしい感じの狼のイメージだったけど、ラグナさんの話の途中から脳内で大きな狼が留守番しているようにしか思えなくなってきた。番犬じゃなくて番狼的な。

 世界樹ファマリーのお世話もあるからとりあえず行かなきゃな、とは思うけどやばそうだったら遠くから【生育】使ってさっさと帰ろ。




 今までよりもたくさんの近衛兵がついてきて、馬車の周囲を囲みつつ進んでいる。

 フェンリルの目的が分からない以上、突如襲撃されても対応できるようにラオさんたちも戦闘態勢で待機していた。

 自動探知地図を開いてそれを眺めながら馬車に揺られていたけど、特に反応はない。

 空を駆けるとか聞いたのでその場合は探知できないんだけど、気が紛れるから……。

 じっと地図と睨めっこしていたら、そっと太ももに掌が乗せられた。ビクッとなっちゃってちょっと恥ずかしい。


「シズト、大丈夫ですわ。悪意や敵意には人一倍敏感ですけれど、今の所そういうのは感じませんわ」

「やっぱり王族だとそういうのに敏感になるの?」

「まあ、そんな感じですわ。もうファマリーも見えてきたし、今日中にはドラン軍とも合流できるでしょう。万が一フェンリルが襲ってきても、私たちには帰還の指輪があるから恐るるに足りないのですわ!」

「……そうだね。でも、慢心して大変な事にならないようにする事も大事だと思う」

「それも一理あるのですわ。だからこそ、厳重な警戒態勢で進んでいるのですわ」

「ここまでするくらいならもう行くのやめて帰ってもいい気もしてくるけどね」

「そうしたらファマリーが枯れちゃうのですわ。フェンリルが来た方向から考えて、エルフたちの妨害かもしれないのですし、できる範囲で頑張って育てるのですわ!」


 神様のためにも! と意気込んでいるレヴィさんには申し訳ないんだけど、その神様が割と世界樹どうでもよさそうだしなぁ。

 まあ、物語によく出てくるフェンリルを一度見てみたいな、て好奇心もあるから行きますけどね。好奇心は猫をも殺す、っていうし気をつけよう。

 雑談をしながら、時折ボディタッチしてくるレヴィさんにドキドキもしつつ過ごしていると、夕方頃にはドラン軍と合流できた。


「……でかくない?」


 ドラン軍の兵士たちと一緒に、世界樹の根元で伏せて寝ているフェンリルを見たんだけど、想像よりも大きかった。……え、あれよりも大きい個体が過去に出た事がある? 何それ絶対関わりたくない。

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