102.事なかれ主義者はやっぱり怖い

『貴様がこの世界樹を育てているのか』


 その声がどこから聞こえたのか。

 周囲を見渡すが誰もがフェンリルを警戒していて、こっちを見ていない。

 近くにいるラオさんとルウさんもさっきの声が聞こえた様子もなく、いきなりきょろきょろし始めた僕を気にして横目で見てきた。


「どうした?」

「何かあったの、シズトくん」

「いや、なんか声が聞こえてきたんだけど、二人には聞こえなかった?」

「……何も聞こえなかった。ってなると、念話だろうな」


 ラオさんがフェンリルの方を向いたので僕もそれにつられて見る。

 フェンリルはお座りの姿勢で僕を真っすぐに見ているような気がする。


「念話をされた状態だったら、相手に伝えようと思った内容を伝えられるだろうから、試しに聞いてみればいいんじゃねぇか?」

「今の所大人しくしてるみたいだし、何か話をしたくて念話をしたと考えられるものね」

「そっか……やってみる」


 ……人にものを尋ねるなら、まずは名乗ったらどうなの?

 とか、考えると、少ししてから返事が来た。


『名前などない。なくて困った事はないしな。ただ、人族共は我の事をいろんな呼び方をするな。最近は世界樹の守り手等と言われているようだが、フェンリルである我が、守り手でよいのか疑問だ』

「うん、念話の相手フェンリルだったわ」

「まあ、だろうな。んで? そのフェンリルが何で世界樹の根元に居座っているのか分かったのか?」

「今聞くところ」

『大した理由はない。魔力が心地よいから世界樹の近くで暮らしてたが、向こうのは眠ってしまったからな』

「まだ何にも考えてないんですけど!?」

『この程度の距離であれば、魔法で何とでもなる。念話の事をよく知らんのなら口に出せばいい。それより、ここにいる理由だが、頼まれ事もあったのを今思い出した。世界樹ユグドラシルに、こっちの世界樹が安定したら、世界樹を育む者をユグドラシルまで連れてきてほしいと言われていてな』


 え~、行きたくない。絶対面倒な事になるって。

 っていうか、もう枯れてるんじゃないんすか?


『ユグドラシルから聞いた事だから確証はないが、世界樹は緊急用に魔力を貯蓄しているらしい。その緊急用の魔力を少しずつ使って、今は眠っている状態だそうだ。その状態だと余剰魔力が周囲に漏れ出ないから、我らは魔力が漏れ出ているこっちに来たわけだ。それよりも、もっと近くでやってくれと世界樹が言ってるぞ。さっさと来い』


 いや、無理無理。来いって言うならフェンリルがまず聖域から出てってよ。


『む? なぜだ』


 怖いからっす。




「本当に大丈夫なんだろうな」

「大丈夫なのですわ、まだ敵意を感じないのですわ!」

「何かあったらお姉ちゃんが守ってあげるから、安心してねシズトくん!」

「ワタシもシズトちゃんを守ってあ・げ・る」

「ほら、アンドガー。ふざけてないでさっさと進みなさい」


 イザベラさんとアンドガーさんを陣形に加えて聖域の中を進む。

 先頭はずんずんと自信満々に進んでいくレヴィさんと、レヴィさんを守るためにセシリアさんがすぐ隣を並んで歩いている。

 ドーラさんはその後ろをついて歩き、その隣にはホムラ。

 その後ろを歩く僕の両隣には、ラオさんとルウさんがそれぞれいて、フェンリルを注意深く見ている。

 イザベラさんとアンドガーさんは最後尾をついてきていて、時々悪寒を感じる。アンドガーさんだけ前を歩いてほしい。

 フェンリルを刺激しないように、と少人数でフェンリルの近くに行く事になり、帰還の指輪を身に付けている僕たちだけで行こうとしたんだけど、アンドガーさんとイザベラさんも高ランク冒険者という事で、もしもの時の足止め要員としてついてきた。

 フェンリルは世界樹の根元の近くで丸まって動きがない。

 さっさと今日の分の【生育】を終えようと加護を使ったらフェンリルに気を取られ過ぎて、世界樹に魔力を取られ過ぎてしまった。

 目が覚めると、ベットで寝ていて知らない天井がまず視界に入ってきた。


「目が覚めたのですわ。気分はどうですわ?」

「んー、まあ、だるいよね」


 世界樹以外に【生育】を使う時は勝手に魔力を取られる事なんてないんだけどなぁ。


「それより、ここどこ?」

「仮設住居ですわ。シズトが倒れた後、いろいろあったのですけれど、とりあえず朝ご飯を食べながら話すのですわ」


 ぐいっと体を起こされて寝間着のまま部屋から押し出される。

 木造建築のこの建物は土足厳禁にしたらしい。その方が僕が気に入るだろう、とホムラが気を回してくれたんだとか。

 可愛らしいスリッパを履いて廊下を進み、階段を下りて連れられた部屋にはすでに皆が揃っていた。普段はエミリーが朝食の準備をしているんだけど、今日はセシリアさんが給仕していた。

 パンと温かいコーンスープがそれぞれの前に置かれ、各種ジャムが用意されていた。

 レヴィさんはパンにこれでもかとジャムをのせて食べ始めた。

 僕もとりあえず手近にあったよく分からないジャムをパンに塗ってみる。

 ラオさんとルウさんは既に食べ終わっていて、魔力マシマシ飴を舐めていた。ジャムで十分甘い物摂取したんじゃないかなぁ。


「それで、結局あの後どうなったの?」

「フェンリルたちと話し合って、労働力になってもらう事にしたのですわ!」

「労働力って……何してもらうの?」

「とりあえずフェンリルにはこの聖域の警護ですわね。兵士たちがいるから不要だとは思うのですけど、今後の事も考えると誰かがここに常駐する必要があるって話し合っていたところですし、丁度良かったのですわ!」

「フェンリルが警護って……大丈夫かなぁ。むしろ襲われない?」

「その辺は大丈夫なのですわ。誓文を交わしたのですわ」

「アレって魔物にも使えたん!?」

「やってみたらできたから問題ないのですわ! フェンリルはとりあえず世界樹の側で過ごせればいい、って事でしたしウィンウィンの関係なのですわ!」

「大丈夫かなぁ……」

「こちらが襲わない限りは敵対しないって事ですし、シズトがフェンリルの素材を欲しいって思わない限りは大丈夫だと思うのですわ」

「そんな素材要らないからね。ホムラ、要らないからね?」

「……かしこまりました、マスター」


 フリとかじゃないからね、分かってる!?

 ちょっとホムラの反応に不安を覚えつつも話は終わったか、と口元を拭いつつ判断したけど、まだ終わってなかったみたい。


「あと、ドライアドには畑のお世話をお願いする事になったのですわ!」


 ……ドライアド?

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