幕間の物語36.幼女のある日の日常

 ダンジョン都市ドランに複数ある元愛妾屋敷に、奴隷にされた両親と一緒に住んでいる幼女がいた。

 名をアンジェラ。彼女の両親の主はシズトという黒髪の少年だった。

 アンジェラから見たシズトは優しいお兄ちゃん。いつも会うたびに頭を優しくなでてくれる手が好きだったし、お菓子もくれるし、何より両親に酷い事をしないから大好きだった。

 そんな優しいお兄ちゃんはいつも部屋にこもっているので、天気のいい日は遊んであげなければいけない。綺麗な黒く長い髪の少女から頼まれたその仕事を今日も果たそうと屋敷中を駆け回ってシズトを探すが、なかなか見つからない。


「シズトさま~? シズトさま、どこ~?」


 トテテテテッ、と駆け回りながら屋敷を探すのだが。呼んでも出てこない。いつもなら必ずどこからか返事がして、少しするとわざわざシズトの方から近づいてきてくれるのだが、どこにもいない。少し前にもこんな事があったような、と思いつつも小さな体を元気いっぱい動かしながら最上階のシズトの部屋に向かう。


「シズトさま~?」


 扉の前で声をかけてみるが、返事がない。それもそのはず、シズトはダンジョンに出かけている。

 だがそれを知らない彼女は今度は小さな拳でコツンコツンコツンとノックをしてみた。それでも反応がない。留守だから。ただ、鍵が閉まってるわけではないので入る事ができた。


「………」


 ただ、アンジェラは両親から「開けられるまでは閉まっている部屋に入ってはいけない」と言われていたのでじっと待つ。

 どれくらい待ったか、それでも出てこないのでトテテテテッとまた駆けだす。目指すは一階の厨房だ。狐人族のエミリーなら何か知っているだろうと考えたからだ。

 アンジェラは厨房に着くと、入り口から中に入らずに汚れた皿を不思議な箱に入れているエミリーに声をかけた。


「エミリーちゃん、シズトさまどこ? おそとにいくじかんだけどいないの」

「シズト様は今日からお仕事があるらしいのでしばらく日中は不在よ」

「そうなんだ」

「ええ」


 アンジェラの方を見る事もなく狐人族のエミリーは皿をシズトに作ってもらった魔道具に入れていく。『魔動食洗器』と名付けられたそれは、中に入れられた食器を洗うように魔法が付与されていた。いちいち魔力を流し続けるのは大変だから、と魔石で動いているそれに食器を入れ終わったエミリーは蓋を閉めて決められた場所に魔石を設置していく。


「これでよし。……? まだ何か用ですか?」

「おかし!」

「お菓子は今日はないわ。シズト様がいないもの」

「おかし……」


 しょぼん、とするアンジェラを見かねて戸棚の奥にひっそりと隠していたクッキーを一枚取り出して渡す。


「一枚だけよ。パメラには言っちゃだめだから。分かった? 甘いものが欲しいなら飴でも舐めてなさい」

「ありがとー」


 アンジェラは貰ったクッキーを半分に割って、小さな口を大きく開けて一口で半分食べてしまうと、トテテテテッと外に走っていく。

 彼女が次に向かったのは彼女のために用意された畑だ。シズトに作ってもらった立て看板は、彼女の背丈に合うように他の者よりも小さい。だが、畑自体は他の人と同じ広さだった。

 彼女用に作られた小さな魔動耕耘機を一生懸命押して耕した畑には、既にたくさんの芽が出ていた。

 アンジェラ用に作られた魔法のじょうろを使って水をかけていく。


「なんか、いいかんじに、おおきくなーれ。すこやかに、おおきく、なーれ!」


 そんな事を言っても変化は起きないのだが、アンジェラは気にした様子もなく水を上げ続けた。

 水やりが終わると、彼女の畑から離れたところにある木造の小さな建物に駆け寄る。格子状の扉は開かれており、中には神様たちの像があった。半分に割られたクッキーを置かれたままになっていたお皿の上に置いて祠から少し離れ、膝をついて胸の前で腕を組み、目を瞑る。


「ファマさま、エントさま、プロスさま、ありがとーございます」


 数秒ほど目を瞑って静かにしていたアンジェラだったが、パチッと大きく丸い桃色の瞳を開くと立ち上がってまた駆け始める。今度は父親であるアンディーが周囲を警戒している物見櫓の上だ。

 櫓の上ではアンディーが周囲を警戒していた。


「おとーさん、ここでべんきょーしていい?」

「ああ、いいぞ」

「ありがとー」


 返事をする時にもアンジェラの方を見ない。アンディーは屋敷の敷地内だけでなく、敷地外で異常な事が起きていないか注意して見張っているがアンジェラはそんな事はお構いなしだ。屋敷の自室に勉強道具を取りに戻った後、父親の側で静かに文字の勉強をする。

 勉強をしていると知ったシズトはまだ早いかも、とは言っていたが少しでも早くシズトのお手伝いをする事ができるようにアンジェラは頑張ると決めたのだ。

 翼人のパメラがいつものように邪魔をしに来るまで、アンジェラは時々父親に聞きながら勉強をし続けた。

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