幕間の物語35.魔女と住民たちと台車賭博

 ダンジョン都市ドランの中央通りから少し外れた北西の住宅街の中に、紛れ込むかのようにある自己主張の少ない建物があった。外からは中の様子が分からず、通行人が元々少ないその狭い通りだったが、日が昇ってから少し経っているため、より人気がない。

 そんな誰もいない静かな住宅街だったが、建物の中から一人の女性が出てきた。

 最近ホムラによって作られた魔法生物のユキだ。

 気だるそうな雰囲気を漂わせつつ、戸締りをすると浮遊台車を押して住宅街を歩く。

 古びたとんがり帽子を目深に被り、だらだらと歩く彼女が向かった先は冒険者ギルド。

 冒険者ギルドに一歩、彼女が踏み込むと無数の視線が彼女に集まった。

 魔女の様な恰好をした彼女だったが、明らかに胸部が膨らんでいて男どもはそれに釘付けだ。

 だが、ユキはそんな視線を気にした様子もなく、空いているカウンターに向けて歩いていく。

 その空いているカウンターにはイザベラが周囲を睨みつけながら座っていた。


「貴女がイザベラかしら?」

「……ええ、そうですが。私に御用でしょうか?」

「ホムラがご主人様と一緒にダンジョンに行っているから、私が浮遊台車を持ってきたのよ。納品依頼のものよ」


 そう言いつつ、依頼書を懐から取り出したユキ。

 そこに書かれている内容を確認すると、イザベラは特に表情を変える事もなく受け取った。


「時々冒険者に取りに来てもらっていたみたいだけど、今度からは『サイレンス』って所に毎日取りに来させてくれないかしら? 店をわざわざ閉めてここまで来るのは面倒くさいわ」

「ああ、ホムラさんが開いたお店ですね。子どもたちがお話をしていたのを聞いてます。子どもたちにお願い……は、何かと不安があるので、手の空いている者を行かせましょう。それはそうと、シズトくんがダンジョンに、ですか?」


 イザベラは首を傾げて不思議そうな声音でユキに尋ねたが、ユキは気だるそうに曖昧に答えるだけ。

 イザベラもドラン公爵やドラゴニア国王の声明をもちろん知っていた。浮遊台車だけでも大きな利益を生んでいる少年が、わざわざ危険な場所に行くのは好ましくは思わなかったし、何より昇格試験の時の様子を見ているともうダンジョンには行かないと思っていたので意外だった。


「わざわざ危険な所に赴かなくとも、お金は稼げるはずですよね?」

「理由に関しては私は良くは知らないし、知っていたとしても貴女に教えてあげる義理を感じないわねぇ」


 もう用件が済んだユキは踵を返してギルドを後にする。

 冒険者ギルドから出ると中央通りを北に進みサイレンスに向かっていた。

 ある程度歩くと人だかりが視界に入る。

 ユキは変わらず気だるそうに歩きつつも、ふと人だかりが気になってそちらに視線を送った。


「お、戻ってきたぞ!」

「おら、最後の直線だ!!」

「させ! させ!! させ!!!」

「あと少しだ逃げ切れー--っ」

「昨日の給金全部突っ込んでんだ!!!!!」


 外壁拡張工事で使うレンガ置き場として使われている通りをその一団は占拠していて、南の方を向いて叫んでいた。

 ユキがそちらを見ると猛スピードで浮遊台車に載った子どもたちの集団が先を争うようにまっすぐと向かってきている。荷台には子どもが乗っていて、二人一組で台車を往復させているようだった。


(あんなにスピード出して、どうやって止まるんだろうねぇ)


 ユキがそんな事を疑問に感じたが、子どもたちはスピードを緩める事なく、何台かの浮遊台車がものすごいスピードでユキを追い抜いて行く。取っ手を持って押していた子はスムーズな流れで荷台部分に座っていた子のすぐ後ろに座って縮こまった。その子どもたちに向けて杖を向けた複数の魔導士たち。彼らが魔法を唱えると、倉庫前で浮遊台車が急停止し、投げ出された子どもたちは厳つい男たちがしっかりと一人残らずキャッチしていた。

 それとほぼ同時に悲鳴や雄叫びが街中に響く。


「今回の一番は! 『ミーとおにい』だ!!! この二人に賭けてたやつらはあっちで金を渡すから券を無くすんじゃねぇぞ。そこのチビは向こうで賞品貰ってこい。他のチビたちはあっちで参加賞だ。次のレースの邪魔だから負け犬どもはどっか行くかもっかい賭けやがれ」

「全財産もうねぇんだよ!!!」

「知るかバカ! つまみ出せ」

「おっしゃ、大穴当たった~~~」

「まじか、今日はお前の奢りな」

「俺も俺も!」

「わしは酒をくれ」

「うっせえ、手のひら返してんじゃねぇ! さっきまで馬鹿にしてただろてめぇら!」


 そんな騒ぎを気にした様子もなく、子どもたちが浮遊台車の調子を確かめたり、レンガを載せるのを手伝ったりしている。賞品が貰えると言われた少年と幼い女の子は手をつないで仲良く指示された方向へ向かっていた。負けてしまった小さな子たちも参加賞のパンを両手いっぱいもらえて嬉しそうだ。

 券を大事そうに持ちながら金の受け取りをしに行く少数の大人たちを見送りつつ、ユキは理解した。それと同時に、自分の主であるシズトに伝えるべきか思案する。


(使い方は自己責任とは言え、以前事故が起きないか心配してたみたいだしねぇ。報告だけでもしておこうかしら)


 気だるそうにため息をついた彼女は、再び歩き始める。

 その近くで子どもたちがどのタイミングで交代するか作戦を話し合い、その話し合いを大人たちが真剣な表情で聞いたり「そうじゃねぇだろ~!?」と、ヤジを飛ばしたりしていた。

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