第20話 金星都市……出発延期

「今、倒したのって魔物なんじゃ……」


 ミスリルカッターから放たれた後には、黒く焦げた跡が残っているだけで、化け物の姿は消えていた。


「いいえ。恐らくあれは魔女の儀式によって召喚された人間でしょう。あのような悍ましい姿をした生物など、人間以外に考えられませんわ」


 そこまで言ってハッとしたのか、ディアリーネの顔がこちらに向けられる。


「もちろん鍵様ダーリンは別でしてよ!」


 魔王国には人間と変わらない姿をした魔族もたくさんいた。人間を見たことがないディアリーネにとって、これまで人間というのは魔王国の絵画で見た悍ましい化け物でしかなかったのだ。


 ぼくと出会って、ディアリーネは人間に対する自分たちの認識に齟齬があることを知った。とはいえ、長年に渡って沁みついた感覚というのはすぐに変わるというものでもない。


「ディア、さっきの化け物みたいな姿をした人間なんていないよ」


「わ、分かっておりますわ。でも、だいたいあんな感じですわよね……って、もちろん鍵様ダーリンは別でしてよ!」


「いや全くあんな感じじゃないよ!?」


 まぁ、人間に対する認識はゆっくりと時間をかけて改めてもらえばいいか。


「とりあえずクロノスギアの実験も出来たことだし、これからどうするか決めないとね。黒の碑がある場所って分かるのかな?」


「残念ながら分からないのですわ。ミスリルジャイアントに分かるのは後6つの碑があるということだけですの」


 ふーむ。ならまずは情報収集から始める必要があるか。


「それじゃ、まずは冒険者ギルドに行って、黒の碑について何か情報がないか尋ねてみることにしよう」


「冒険者ギルド?」


「うん。ぼくはこれでもレンジャーとしてギルドに登録されているからね……最低ランクだけど。ギルドに行けば何か手掛かりが得られるかもしれない。ここから一番近い場所は金星都市カンドリカンか……」


 そこまで言って、ふとぼくは気が付いた。さすがにミスリルジャイアントで都市に乗り込むわけにはいかない。どこか都市の近くに隠して置く必要がある。


 金星都市には、ぼくが足を運ぶことになるけれど……。


「えっとディア。ミスリルジャイアントからどれくらい離れたら、ぼくの加護は消えてしまうの?」


 確か、ディアリーネはそんなことを言っていた。


 ぼくの質問に対して、ディアリーネが不安そうな表情を浮かべる。


「そんなこと考えたくもありませんけれど……例えば異世界に転移させられてしまっては、巨神の加護が届くかどうかわかりませんわ」


「異世界!?」


 それは届かないだろうなとしか思えない究極の答えが返ってきた。


「えっと……例えばだけど、もしぼくがジャイアントから百キロくらい離れたら?」


 えっ!? とディアリーネが驚いたような顔をしている。


「そんなの全然問題ありませんわ。距離ということでしたら、幾ら離れていていようとも鍵様ダーリンへの加護が断たれるようなことはありませんわ。危険なのは、あの憎き天上界や遠い星々の世界に鍵様ダーリンが連れ去られたときですのよ」

 

 ディアリーネの言葉に、ぼくは安堵の息を吐いた。天上界や異世界への転生なんて死んだのと変わらない。つまり実質的には加護が途切れる心配はない――とは言い切れないけど――まぁ、そこまで心配しても仕方のないといえる範疇だ。


「それじゃ、この近くにある金星都市カンドリカンに行って黒の碑について調べてみることにするよ。ディアとジャイアントは近くの森で隠れてて」


「いやですわ!」


 ディアリーネが柳眉を寄せて言う。なんだかご機嫌が斜めになっているのが、その声色から感じられる。


「当然、わたくしも鍵様ダーリンに付いてまいりますもの! それとも鍵様ダーリンはわたくしが付いて行くと何かご都合が悪くなったりしますの? もしかして昔の女に……」


 ディアリーネの紅玉の美しい瞳の中に、嫉妬の炎がメラメラと燃え上がるのが見えた。


「だって人間の街に行くんだよ? ディアリーネを危険にさらすわけにはいかないから」


 人間の都市にも亜人や獣人がいるけれど、魔族となると話は別だ。人間と魔族が共存している都市があるとい噂を耳にしたことはあるけれど、それは都市伝説の域を出ない。


 もしディアリーネと金星都市に入って、それが誰かに気付かれたら、官憲に捕縛されることは間違いない。下手をすると、報酬目当てでディアリーネを狙う者が出てくるかもしれなかった。


「ディアを危険な場所に連れて行くのは避けたい」


鍵様ダーリン!」


 ディアリーネの瞳に浮かんでいた嫉妬の炎が、一瞬にしてピンクのハートマークで埋め尽くされる。


 ぼくの腕にしがみ付いて、大きな胸をこれでもかというくらい押し付けながら、ディアリーネが囁く。


「わたくしの姿はダーリン以外に見えなくすることができますの。だから街の人間に気付かれる心配はございませんわ。それに巨神の錠者たるわたくしを、人間ごときが傷つけられようはずがありません」


「そ、そうだったね……」


 ぼくが触れない限り、ディアリーネは霊体のままだ。彼女が危害を加えられることはないのかもしれない。物理的にはそうだろう。だが魔術や精霊の力はどうなんだろう。


 その疑問を口にすると……


「大天使級でもない限り、巨神の加護を受けてたわたくしを傷つけるようなことは無理でしてよ。どのような魔法で攻撃されたとしても大丈夫ですわ! 不快を感じることはあるでしょうけれど」

 

 ディアリーネは、ぼくの瞳を覗き込みながらそう言った。その顔がちょっとドヤ顔になっていたが、超カワイイ。


「分かった。それじゃこれから一緒に金星都市に……」


「……」


 ぼくの言葉を遮るように、ディアがぼくの腕を引く。


 その高い乳圧によってぼくの腕はしびれそうだ。


 ディアが濡れた瞳でぼくを見つめてくる。


鍵様ダーリン……ウルウル」


 ディアの甘い吐息がぼくの鼻腔をくすぐる。


 うん。そうだね。


「それじゃ、一緒に金星都市に行こう。それまでゆっくりと……」


 ゆっくりと……


 ぼくはディアリーネを高級布団セットの中に引き摺り込んだ。


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うっかり天使の想定ミスで、勇者パーティから追い出されたぼくがミスリルジャイアントの鍵になっちゃったけど? 帝国妖異対策局 @teikokuyouitaisakukyoku

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