第19話 メイクラブタイム

 ツォルゼルキンが去った後、深い森には夜のとばりが降りていた。


 全天周表示アストロヴィジョンには、二つの月が煌々と輝いて森を照らしている様子が映し出されている。


 アルバ魔空間の中央にはちゃぶ台と二つの座布団が置かれていた。


 ちゃぶ台に置かれているミスリル緑茶とミスリル茶菓子を楽しみながら、ぼくとディアリーネは、美しい星空を堪能していた。


「ズズッ……ホッ」


 ミスリル緑茶が、ぼくの体を中から温めてくれる。

 

「ズズッ……パクッ」


 ディアリーネが、ミスリル茶菓子を口に運ぶ。


鍵様ダーリン。あの大天使が置いて行ったクロノスギアですが、どういたしますか?」


 ディアリーネが茶菓子をパクパクしながら、ボソッとそんなことを言った。


 彼女がミスリル和三盆をパクつく度に、ディアリーネ充足ポイント略してdspが数ポイントずつ増えていく。


「そうだね。とりあえず本当に時間が圧縮できるのか試しておきたいかな。本当に出来るなら、ぼくたちにとって凄く強力な武器になるしね」


「でも、敵の大天使が残して行ったものですわ。もしかしたら何か罠が仕掛けらているかも」


 ディアリーネは不安そうに言った。


「確かにその可能性はあるけどね……」


 と答えつつも、ぼくは罠の可能性は低いと思っている。ツォルゼルキンが、ぼくたちを圧倒する力を持っていたことは間違いない。


 それこそクロノスギアを使われていたら、ぼくたちは瞬殺されていただろう。


「もし罠があるのだとしたら、次にツォルゼルキンと合った時に何か仕掛けてくるのかなって……」


「世界を守る決戦とか言ってましたわね。そのときに自分を召喚しろとも……」 


「決戦が何を意味するのかは分からないけど、ぼくたちをその場に向かわせることツォルゼルキンの狙いだってことだけは確かだと思うんだ。ぼくたちが、それまで生き残ることができるようクロノスギアを残していったんじゃないかな」

 

 ぼくの言葉を聞いて、ディアリーネが顎に手を当てて少し考え込む。


「それならツォルゼルキンを召喚したときに返り討ちにしちゃえば良いですわね。あと二つほどミスリルジャイアントが黒の碑を破壊すれば、ツォルゼルキンなんて雑魚ですわ!」


 そう言って、ディアリーネはミスリルどら焼きにかぶりついた。


「とりあえず、クロノスギアを使ってみようか」 


 とりあえずいきなり24倍の時間を圧縮するのは怖いので、まずは2倍圧縮から試してみることにした。


 時間の経過は双月の位置で測ることにした。


「これで、ぼくたちが2時間過ごしても、周囲は1時間しか経ってないはずだ」


 クロノスギアのダイヤルを2倍に設定し、赤い実行ボタンを押す。


 それから、ぼくはディリーネと一緒にミスリルDVDを鑑賞して過ごした。このミスリルDVDは、地下の魔王国で上演されていた演劇をミスリル録画したものらしい。


 演目は「タイタンニックゴーレムの沈没」、貧しい魔族の青年と貴族の魔族令嬢が、偶然ゴーレムの背中に乗り合わせて恋に落ちるというロマンスものだった。


 溶岩の海に沈んで行く中、最後に親指を立てて消えて行くゴーレムがとてもカッコよかった。最後は、青年と魔族令嬢の熱いベーゼがこれでもか!?というくらいに続いて終わる。


 ふと、気が付くとディアリーネがうるんだ瞳でぼくを見つめていた。


 月の位置を調べると、確かに一時間しか経っていないことが確認できた。


「と、とりあえず時間圧縮はできるみたいだね。こ、今度は、よ、4倍で行ってみようか」


「……」


 クロノスギアを4倍に設定して実行する。


「ここ、これで4時間過ごしても、周りは1時間しか経ってないってことになるよね」


「……」


 ディアリーネが身体をそっと寄せてきた。


 ごくり……。


「四時間かぁ、な、何して過ごそうかな……」


「……」


 ディアリーネが服の袖をキュッと引っ張る。


 はうっ! と、ぼくは思わず声を上げてしまった。


 ディアリーネからは凄く良い匂いがする。


 いつの間にか、ぼくたちの前に高級お布団セットが敷かれていた。


 何やら妙に甘いメロディーの音楽が流れ始める。


 ゴクリ!


 ぼくはツバを呑み込んだ。そしてディリーネの顔にそっと手を当てて、彼女の唇にキスをしようと――

 

 ビィー! ビィー! ビィー! ビィー!


 突然、激しい音がして、目の前に赤い警告文字が浮かび上がった。 


『敵性生命体検知! 脅威度Bクラス』


 全天周表示アストロヴィジョンが、数百メートル先にいる敵性生命体の姿を映し出した。


 模様のような緑の光が輝くその中心に、巨大な獣が姿を現わそうとしていた。ライオンの頭部、蠍の尾、コウモリの翼を持つ、異様な化け物だ。


 その恐ろしい姿を見て、一瞬、ぼくは動けなくなってしまった。


 だがそれ以上に恐ろしい殺気が、ぼくのすぐ隣から発せられていた。


「せ、せっかく鍵様ダーリンと良いところでしたのに……」


 殺気の出どころは、ディアリーネだった。


「ビバアルバ!」


 そうディアリーネが叫ぶと、次の瞬間には、ぼくたちはタンデムアルバに跨っていた。


 というか、「ビバアルバ!」ってディアリーネが叫んでもいいんだ!?


「武装展開!」


 続けて、そうディアリーネが叫ぶと、彼女の手元にミスリルコントローラが握られていた。


 えっと……ディアリーネも操縦できるんだ……。


鍵様ダーリンとのメイクラブタイムを邪魔した報いを受けなさいですわ! ミスリルカッター!」

 

 そうディアリーネが叫んだ瞬間、ミスリルジャイアントの胸部から半月円の光が放たれ、化け物に向かって飛んでいった。


 ミスリルカッターが化け物に命中すると激しい光を放ち、化け物の体を切り刻んでしまった。



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