第18話 妖異獣グリーヴァ

~ ゼノス教団長 ~

 

 ダゴン僧兵団長ガトーから港町ミナスの調査報告を受けたゼノス教団長の背中に、冷たい汗が流れた。


「ミナス教会のみならず、ミナスの支配自体が崩壊していただと……」


「はい。主だった幹部は死亡若しくは海に逃走したまま行方不明。一般教団員についてはそのほとんどが、フワーデなる神を信仰しているようでした」


「フワーデ……そのような神は聞いたことがないな」


 ゼノスの疑問に対してガトーが答える。


「それがどうも灰色の船からやってきた神ということらしいのです。銀色の少女の姿をした神だとか」


「それがダゴン神を退け、ミナス教会を破壊したというのか?」


「はっ。それがダゴン神と戦ったのかについては、目撃した者はおりません。ただ、その口からがダゴン神の死を告げ、指を向けただけでダゴン教会が崩壊したことは、多くの者が目の当たりにしていたようです」


 報告では、銀髪の少女が教会に指を向けた瞬間、海の彼方から光の矢が飛来し、建物を崩壊させたのだという。


 今あるだけの情報からは、それが別なる神の仕業なのか、魔法の類なのか、ゼノス教団長には判断が付かなかった。


 少なくともダゴン神が健在であれば、そうした邪法の一切が寄せ付けられるようなことはなかったであろう。それはつまり、ダゴン神が混沌の世界に戻られてしまっていることの逆の証でもある。


「ダゴン神を退けたというその灰色の船や、銀色の少女神、そして銀の巨人については、急ぎ対応を練らねばなるまい。だが今は何よりも先ずミナスの街だ。金星都市からの調査はまだなんだろうな」


 ゼノス教団長の問いにガトーが答える。


「はい。金星都市カンドリカンでは調査団を編成するための合議会の提案がようやく通ったところのようです」


「ふっ。船頭多くしてなんとやら、至急の事案でさえ合意に至るのにこれほど時間を有するとは……まぁ、我らにとっては都合の良いことではあるが」


 ゼノス教団長は、ダゴン僧兵団長ガトーに手をかざしながら告げる。


「ではガトーよ。我らはミナスを放棄する。我らの痕跡が一切残ることがないよう、あの街を塩の大地に戻すのだ。妖異獣の使用を許す。キメラを連れて行くた良い」


「グリーヴァを!? では街の住人も一人残らず……」


 コクリとゼノス教団長が頷いた。


「すべて土くれに返すがよい」




~ ダゴン僧兵団長ガトー ~

 

 港町ミナスから北に山を二つ超えた森の中で、ダゴン僧兵団長ガトーはゼノス教団長から渡された星の印を使って妖異獣の召喚儀式を行っていた。


 強力な妖異獣の召喚を行うための儀式は、その凄惨で乱雑な生贄の扱いに反して、非常に繊細なものであり、実行には静かな環境を必要とする。


 そのため敵陣からある程度の近さがあり、誰の目にも止まることのない静かな場所で儀式を催されなければならない。


 この深い森の中は、妖異獣を呼び出すために最適な場所であった。


 ガトーが妖異獣を召喚する儀式を始める。


 ライオンの頭部、蠍の尾、コウモリの翼を持つキメラ型の妖異獣グリーヴァ。その体躯こそ、他の妖異獣と比べれば小柄なるものの、その脅威度においては他の妖異獣と引けをとることがない。


 また小柄とはいえ、その全長は10メートルもあり、人間からすればちょっとした小山が動いているように見えるほどである。


 その尾には毒針があって、これに刺されると強力な毒に冒される。またここから毒霧を噴霧することもできる。


 翼による飛行と素早い移動は、妖異獣の中でも頭ひとつ抜きんでている能力といえるだろう。


 爪と牙による近接攻撃と、尾針の遠距離攻撃を併用するが、ほとんどの場合、このキメラの咆哮で身体がすくんでしまった獲物を、爪の一振りで屠ってしまう。


 ほとんどが大型の妖異獣は、人間や魔族を踏み潰すだけで、それらの犠牲者に関心を持つことはほとんどない。


 混沌の神々により近しい彼らにとっては、一個一個の生命体の生死や苦痛など、取るに足らないものなのだろう。


 だが妖異獣の中でもこのキメラ獣グリーヴァは違った。


 犠牲者一人ひとりの命を弄ぶことを何よりもの楽しみにしているようなのだ。


 犠牲者を散々にいたぶ甚振って絶望に落とし込んで、さらにその苦痛を長引かせようとするグリーヴァを、ダゴン僧兵団長ガトーは大層気に入っていた。


 召喚陣から、だんだんと姿を表すグリーヴァを見つめながら、ガトーはこれまでこの妖異獣と共に滅ぼしてきた街々と、そこで苦しみながら死んでいく人々の姿を思い起こして悦に入っていた。


 今回、彼らが滅ぼす街は港町ミナス。


 住人はもちろん、かつては同胞だった裏切り者共も、このキメラの爪でその臓腑を引き裂かれることになるだろう。


 もちろん、命乞いする者どもが多く出ることだろう。


 ちゃんと彼らの話は聞いてやろう。


 話を聞いてから妖異獣に喰わせるのだ。


「ククク……」


 残虐な妄想に浸るダゴン僧兵団長ガトーの姿を、グリーヴァの目線が見据える。


 ガトーの姿を認めたグリーヴァは、また凄惨な狩りを楽しむことができると悟ったのだろうか。


 凶悪なライオンの顔に邪悪な笑みが浮かんでいるように見えた。


 そして、


「召喚完了! いざ残酷なる獅子グリーヴァよ! 我と共にミナスの街を屠らん!」


 ガトーが口から泡を吹き出しつつ叫んだ。


「ぐぉおおおおおおおお!」


 それに応えるように、妖異獣グリーヴァが咆哮する。


「「生贄を残虐に屠り尽くしてやる!」」


 それがガトーとグリーヴァにとって最後の思考となった。

 

「ミスリルカッター!」

 

 一瞬、ガトーはそんな声を聞いたような気がした。


 そして、目の前のキメラ獣がまるでハムのようにスライスされていく様子を見たような気がした。


 そしてガトーの意識が銀色の光に包まれた。






  


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