第17話 ダゴン教団極東本部
~ ダゴン教団極東本部 会議室 ~
「バカな……! ダゴン神が……お隠れになっただと!?」
教団長ゼノスが両手で頭を抱えながら叫ぶ。その半魚人のような魚面にある赤く濁った目からは、信じられないという思いが溢れ出ていた。
副教団長のカイルが顔色を変えて言う。
「何かの間違いなのではないでしょうか? ダゴン神が我らを残してこの世界から去るなど……あり得ません!」
ゼノスの部下である、ダゴン僧兵団長ガトーが歯噛みしながら報告する。
「事実です。我らの信徒たちからの報告を総合すると……間違いありません。ミナス教会は灰色の船によって破壊され……ダゴン神は撃退されました」
その言葉を受けて、会議室が重苦しい空気に包まれる。
さらにそこへ情報員のアルベドが慌てて駆け込んできた。
「教団長様! 新たな情報が! 黒の石碑が巨人によって破壊されたとの情報が!」
「巨人だと? 現れたのは灰色の船ではないのか!?」
ゼノスが顔を上げて、狼狽した様子でアルベドを見つめる。
「はい! 目撃者の話では、全身が銀色に輝く巨大な人型だったようです」
ガトーが、その言葉から何かを思い出したのか、片方の眉毛を高く上げる。
「銀色の人型……まさか銀の巨人……あの伝説の巨神が現れたというのか!?」
アルベドは怯んだ様子で、大きな図体のガトーを見上げる。
「で、伝説……ですか?」
ガトーは大きく頷いてからアルベドの問いに答えた。
「うむ。魔族どもの間に、いつか銀の巨人が現れて魔族を救うという伝説があるというのを聞いたことがある。巨人は女神トリージアの封印を打ち砕き、この大陸をに魔王国を復活させると云われているのだとか」
ガトーの言葉を聞いて会議室の空気がより一層重いものとなる。
ゼノスが深いため息をつき、沈痛な面持ちで口を開いた。
「灰色の船と銀の巨人か……事実関係の確認をせねばなるまい。ガトー、至急ミナスの教会に使者を送れ。もっと詳細な情報を集めるのだ」
「……はい、教団長」
ガトーが短く答えて、即座に会議室を出る。アルベドもガトーの後について出て行った。
残ったゼノス教団長とカイル副教団長の二人。
カイルが歯噛みしながら言う。
「どのような強敵が現れたのだとしても、我らがダゴン神の敵ではありません。きっと何かの間違いでしょうが、我らとしてはダゴン神の御心のままに、教会に牙を向いた愚か者どもの討伐隊を組織するべきです」
ゼノス教団長は目を閉じ、しばらく考え込む素振りを見せた後、ゆっくりと口を開く。
「副教団長。敵の情報を掴むまでは、軽挙妄動は禁物だ。偉大なるダゴン神の御心を軽々に推し量って独断専行するのは、正しい信仰とは言えない」
「しかし!」
「まずダゴン神がお隠れになったということは極秘とする。各地の信徒たちに、この件について語ることを固く禁じよ。我らの神が我らを見捨てることは絶対にないとな。ガトーたちの調査を待ち、その後、中央本部には私が直接出向いて報告する。各支部には神獣たちの強化を急ぐよう指示せよ。灰色の船であれ、巨人であれ、次は我らも備えねばならん」
「……はっ」
カイル副教団長は明らかに不満げな表情をしていたが、この場では教団長の言葉に逆らうことはできない。
渋々といった様子で頷くと、彼も部屋を出て行った。
一人残されたゼノス教団長の脳裏に、銀の巨人という言葉が浮かびあがる。
――魔族の預言書に記された、銀の巨人……。
「まさか、それが現れたというのか……」
彼はすぐにその考えを頭から追い出した。あれはただの伝説。現実ではありえない。
だが……、
もし仮に伝説の巨人が現れたのであれば、ダゴン教団にとっても脅威になることは間違いない。
彼は、かつて襲撃した魔族の寺院でその預言書を見たことがある。魔族共が古き友と呼ぶ聖魔人が記したその書には、確かに銀の巨人が復活する様子が描写されていた。
「……そして彼の巨人が現れ、二柱の邪なる神は海を緑の血で染め、二度と海を汚すことができなくなった……」
この預言に記されているのはダゴン神とその妻神ヒュドラのことであろう。
ゼノス教団長は両手で頭を抱え、祈るように呟いた。
「混沌の神々よ……どうか我らをお導きください……」
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