第14話 歯車小天使
ミスリルジャイアントの徹底的な踏みつけ攻撃によって、完全に破壊された歯車アーマーが、光の粒子となって消えていく。
「ふむ……ならばこの試練はどうか」
ツォルゼルキンが巨大な右手を振ると、その背中から無数の歯車が飛び出してきた。
キュィィィィイィン!
歯車が音を立てて小さな天使の姿に変わる。歯車小天使たちが、こちらに向って矢を次々と放ち始めた。
「ジャイアント! ミスリルソードで薙ぎ払え!」
ジャッ!
ミスリルジャイアントの手にミスリルの剣が現れる。
ミスリルソードを振るって、何本かの矢を振り払うことができたものの、数が多すぎて全てを防ぐことはできなかった。
ドォォン! ドォォン! ドォォン!
歯車小天使の矢が、ミスリルジャイアントの体に命中していく度に、爆発の衝撃が襲ってくる。
ジャイアントもミスリルソードを振って応戦するが、歯車小天使たちは常に距離を取って攻撃してきた。
キャッ! キャッ! キャッ!
歯車小天使たちの笑い声が、ミスリルジャイアントの周囲に響きわたる。
「
歯車小天使からのダメージは一体一体は小さい。だが少しずつでも耐久力が確実に減っている。
こうなったらDSPを惜しんで出し惜しみしている場合ではないな。
「ジャイアント! ミスリル光線で一掃だ!」
ジャッ!
ミスリルジャイアントの両目から、強力な光線が放たれる。
ビィィィィィィィィイイ!
光線を放っている間、凄まじい勢いでDSPが消費されていく。
だが光線が歯車小天使に命中すると、彼らは光の粒子となって次々と消えていった。
ジュッ!
最後の歯車小天使が消失すると、周囲に静寂が戻ってくる。
「ふむふむ。それでは最大の試練を与えるのである! 失敗者よ、出来るものであれば、これを乗り越えてみせるのである!」
ツォルゼルキンは巨大な背中の歯車羽を羽ばたかせ、さらに空高く飛び上がっていく。
ツォルゼルキンの全身の歯車が高速回転し、激しい光を放ち始める。
「失敗者の時よ戻るのである!」
強烈な光線がツォルゼルキンから発せられ、それはミスリルジャイアントの腹部を貫き……
「
そして、ぼくの身体を貫いた。
薄れゆく意識の中、ぼくはツォルゼルキンが言っている「失敗者」って言葉に引っ掛かっていた。
やっぱりぼくのことなのかな。
~ 時の試練 ~
「おい! 失敗品! 起きろ!」
ぼくは、どこかで聞いたことのある声に呼ばれて目を覚ました。
バシャッ!
次の瞬間、顔に冷たい水が掛けられる。
「わっ!?」
真冬の暖房もない部屋で、氷のように冷たい水をかけられたぼくは、一瞬で飛び起きた。
ガタガタ震えるぼくに、そいつは笑いながら言った。
「ほら、飯だ。さっさと喰って、仕事に戻れ」
孤児院の管理人ハンクは、ぼくの前に黒ずんだパンを投げてよこすと、そのまま部屋を出て行った。
ぼくは黒パンを半分に割って、大きい方を隣の部屋で寝込んでいるミーナの枕元に置く。
ミーナはぼくと同じく孤児院で育った少女で、ぼくの唯一の友達だった。
先週から、ミーナは熱を出して寝込んだままだ。仕事を休ませてもらう代わりに、食事はほとんど与えられていない。
「それじゃ仕事に行ってくるね、ミーナ。今日は、ちゃんとハンナさんから野菜くずもらってくるからね」
そういって、ぼくは彼女の額に掛かった髪の毛を払ったとき、違和感に気が付いた。
彼女の髪が凍っている!
顔が手が足が首が、氷より冷たい!
彼女はもう息をしていなかった。
ぼ、ぼくが昨日、野菜くずを貰い損ねたから……ミーナが、ミーナが死んじゃった……。
ぼくの視界が涙で覆われていく。
――――――
―――
―
ぼくは、目を覚ました。
ぼくとカントは、初級ダンジョンでポーターの仕事を請け負って暮らし始めた。
カントは同じ孤児院出身で、孤児院を出たぼくにポーターの仕事を紹介してくれた。
街の下水道にあるテント村に、ぼくの寝床を作ってくれたのも彼だ。
彼の紹介でぼくはテント村の人々に受け入れてもらうことができた。
ぼくに兄弟はいないけれど、きっと兄さんというのはカントのような存在なのだろうと思った。
そのカントが、ぼくを奴隷商に売り飛ばした。
「フォルト、すまねぇな。俺たちはこうやって生きていくしかねぇんだよ」
カントとテント村の人々は、身寄りのない子供たちを奴隷商に売り飛ばして、生活費を稼いでいた。
奴隷商の荷馬車に乗せられたぼくは、カントが金袋を手にして嬉しそうに笑っている姿を見つめていた。
――――――
―――
―
ぼくは、目を覚ました。
「おい、フォルト! 勝手に寝てんじゃねーぞ!」
ぼくは、ジョイスさんに頭をこずかれる。
「ちょっとフォルト! 私の服早く洗って乾かしてきなさいよ! 風邪ひいちゃうじゃない!」
山小屋の中から半裸の女魔術師が顔だけ外に覗かせながら、声を上げる。
「俺が風邪ひかねーよに暖めてやるから、ちょっと待ってろ。フォルト! さっさと洗濯に行ってこい。昼まで戻ってくるなよ」
ぼくは冒険者全員の洗濯物を持ち、川に向って雪道を歩いて行った。
ぼくは、目を覚ました。
女戦士が、ぼくの頬を首を折らんばかりの勢いで叩く。昼食に何か苦手な食材が入っていたらしい。
ぼくは、目を覚ました。
孤児院長が、ぼくの頬を叩く。理由はわからない。ぼくがいくら殴られても感情を出さないのを見た孤児院長が、ミーナを呼び出して彼女を殴った。ぼくは泣き叫んだ。
ぼくは目を覚ました。
街の名前も知らない誰かが、ぼくの頭を掴んで泥の水たまりの中に押し込んだ。
ぼくは目を覚ました。
誰かが、ぼくを殴った。ぼくを蹴った。ぼくを騙した。ぼくを嘲った。川に投げ入れた。取り囲んでタコ殴りにした。罵った。無視した。蔑んだ。ぼくを殺そうとした。
ぼくは目を覚ました。
ジョイスさんとその冒険者パーティの面々が、ぼくを見下ろしている。
「おめぇなんかが、勇者になれるわけねーだろうが!」
「ジョイスの言う通りですよ。あなたが仲間だと思われてしまっては、我々の名誉に傷が付いてしまう」
「クソ雑魚フォルトは地獄行きってね!」
「来世の方が絶対にいいって! だから安心して死んでこい」
「実際に仲間ではありませんでしたし」
「まぁ……そういうことだよ」
ドンッ!
そしてぼくは、深い穴の中へと突き落とされた。
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