第11話 初夜
ディアリーネによると、鍵者や錠者の寿命は、ミスリルジャイアントが存在する限り続くらしい。
なので、何も食べなくても飢えて死ぬことはないということだったのだが。
キュルルルルッ!
ぼくのお腹は空腹を訴えていた。
「うーん。それでもお腹は空くんだね」
「精霊体になったわたくしとは違って、
「えっ!? そうなの?」
「もちろんですわ! 巨神から離れない限り、
ディアリーネがドヤ顔でぼくに答える。魔王国のお姫様のドヤ顔は、なんとも可愛らしかった。
「離れちゃうとどうなるの?」
「離れようとしても、巨神の方が
「それでも離れようとしたら? 例えば、ぼくが転移トラップに掛かったりして、離れちゃったらどうなるの?」
ディアリーネの顔が曇る。
「そ、そんなこと考えたくもないですわ。でも、もしそうなってしまったら、巨神の加護は届きませんの。ですから、
ディアリーネはそのまま沈黙してしまった。
「ただの人間に戻ってしまうんだね?」
「……そ、そうですわ」
そろそろお互い真実に向かい合うべきが来たようだ。
ぼくはディアリーネの目をまっすぐに見つめて、彼女に真実を告げた。
「ディアリーネ、もう知っていると思うけど、ぼくは人間だよ」
ディアリーネの赤い瞳が動揺で激しく揺れている。
「ぞ、存じておりますわ。
初めて会ったときから知ってたのか!?
てっきり、ぼくが鍵者となった後に心を読んだときだと思ってた。
そして、鍵者となった今だからこそ分かることがある。
それは巨神が与えてくれる知識の一端。
『鍵者となる者は、錠者が受け入れなければ鍵者になれない』
ディアリーネが拒否すれば、ぼくは鍵者にはなれなかったのだ。
「どうして、人間のぼくを鍵者に選んだの?」
ぼくはディアリーネの目をまっすぐに見据える。
「わ、わかりませんわ!」
ディアリーネの動揺は彼女の身体にまで広がっていった。
「ディアリーネや魔族のみんなは、人間のことを知らなかったみたいだけど、ぼくが人間だよ。ディアリーネは、ぼくを殺すの?」
彼女の目が大きく見開かれ、フルフルと顔を何度も横に振る。
もし封印が解かれ、このまま魔王国が地上に復活したら、人間と魔族の間で大きな戦争が起こるのは間違いない。
ディアリーネや魔王国の魔族たちは、人間のことを知らなかった。とはいえ、地上にいる魔族たちと合流すれば、彼らによって人間が憎むべき存在であることを再認識するのは目に見えるより明らかだ。
「ディア……」
ぼくはディアリーネの両手を掴んで、彼女に語り掛ける。
ディアリーネたち魔族は、女神トリージアによって封印された。その封印を破り、地上へ返り咲くことを目指するという目的は、ぼくにも理解できる。
だが、そこで人間と魔族との戦争が始まるような事態にはなって欲しくない。
ぼくの言葉を聞いたディアリーネが柳眉を寄せて睨み付けてくる。
「では
彼女の言う通りなのかもしれない。地上に戻った魔王国は、それまで受けて来た不当な扱いに対して、それ応分の報復を行うか対価を受け取るべきなのかもしれない。
ただ、それでもぼくには違和感があった。
「ディア、どうして巨神は……ミスリルジャイアントは人間のぼくを鍵者にしたの?」
錠者たるディアリーネが受け入れなければ、ぼくは鍵者になれなかった。
だがそれ以前に、魔族復興のために千年もの時を掛けて造られたミスリルジャイアントが、なぜ人間のぼくを鍵者として受け入れたのか。
鍵者となる前のぼくは、魔族と人間とどちらの側で戦うのかと問われれば、躊躇なく人間側と答えていたはずだ。
冒険者パーティーに裏切られ、暗い穴の中に突き落とされ、人間に不信を抱いている今でも、やはり人間側を選ぶだろう。
そんなぼくを、なぜミスリルジャイアントは鍵者として受け入れたのか。
「そ、そんなこと知らないですわ!」
「でもディア自身のことなら分かるでしょ? ディアはどうして人間のぼくを鍵者に選んだの?」
「ですから、わ、分かりませんって、さっきから申しておりますわ!」
「ぼくには分かるよ、ディア」
そう言ってぼくはディアリーネを近くまで寄せて、その顔を覗き込む。
「!?」
唇と唇が触れあった。
今までの自分からは想像することさえできない大胆な行動に、ぼくは自分自身に驚いていた。
そのまま、お互いに優しく唇を重ね合わせる。
ディアリーネの想いがぼくの中に流れ込んで、ディリーネにぼくの心が流れ込んでいくのを感じる。
「ディア……」
ディアリーネがうっとりとした目でぼくを見つめる。ぼくもまた、彼女の瞳に心を奪われていた。
「魔族のキミと人間のぼくが、巨神の錠と鍵になったことには、きっと意味があると思う。ぼくたちが結ばれることが、魔族と人間との関係に変化をもたらすのかもしれない」
ぼくの心の中に、ほんの一瞬、ミスリルジャイアントの想いが流れ込んできたような気がした。
どうやらミスリルジャイアントは、ぼくの考えに賛同してくれているらしい。
そんな確信を持った。
なぜなら――
ディアリーネと甘い口づけを交わしながら、ふと視線を彼女の後方の魔空間に向けると、
そこには――
高級お布団セットが敷かれてる!?
もしかするとミスリルジャイアントは、ぼくが思っている以上に人間と魔族が結びつくことを望んでいるのかもしれない。
ぼくはディアリーネを抱き上げると、そのまま布団の上に寝かせる。
ポフンッ!
「キャッ!?
ミスリルジャイアントがここまでお膳立てしてくれたのだ。ぼくたちがここで結ばれることが巨神の意志ということなのか!?
うん、そうに違いない!
いや! そうに決まってる!
ディアリーネが身体を固くして胸元で両手を組み、ジッとぼくを見つめていた。その顔に緊張が走るのが見える。
心の中に、ぼくがこれからディアリーネにしようとしていることを、彼女が理解していることが伝わって来た。
ディアリーネが微かに頷く。
ゴクリッと唾を呑み込みながら、ぼくは彼女に声を掛けた。
「ディ……ディア! だ、大丈夫?」
「
急に照明が消え、
下方には、暗い森の影が広がっていて、まるで高級お布団セットが空中に浮かんでいるように見えた。
ムーディーなBGMが静かに流れ始める。
「そ、そそそ、それじゃ! よろしくお願いします!」
「う、ううう、承りましてよ!」
こうして魔族のお姫様と
ただの人間のぼくは、
高級お布団セットの中で、お互い初めての夜を迎えたのだった。
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