第8話 VS 海獣ダゴン

 化け物を注視すると、全天周表示アストロヴィジョンの正面部分にズームアップ映像が映し出される。


 巨大なオコゼの化け物。それは顔の印象で言っているだけで、実際のオコゼとは全く似ても近くもない。


 上半身は何となく人間のそれを思わせる形状で、その全てが鱗で覆われている。下半身は、どちらかというと芋虫……というより蛆虫が巨大化したもののように見えた。


 見ているだけで心が削られていくような醜さだ。


「なんだ! この化け物は! こんな巨大な魔物見たことも聞いたこともないよ! いや……」


 いや。


 ぼくは、古代エルフ語の文献に、海の魔物についての記述があったことを思い出した。そこに書かれていた海の魔神ダゴンの姿こそ、今目の前にいる化け物のことだったのではないか。


 そう考えた瞬間、全天周表示アストロヴィジョンに映された化け物に【海獣ダゴン】という文字が浮かび上がる。


「えっ、海獣!? この化け物は人間ではなかったのですね!?」


 ディアリーネがぼくの耳元で驚く。彼女の声がくすぐったい。


「えっ!? 違うよ! というかぼくの心を読んでるんだから、ぼくが人間だって知ってるよね?」


「えっ、えぇ……まぁ、そうなのですけど。昔から人間は恐ろしい化け物だと教わってきたものですから……。子供の頃は、あんな感じの化け物だと想像してましたの。も、もちろん今は違いましてよ! ただ、あの海獣が、子供の頃の悪夢がそのまま出て来たような感じでしたので……」

 

 しどろもどろになりながら、ディアリーネが言い訳をする。


「とにかく、あいつを黒い碑に近づかせちゃいけないんだよね?」


「そ、そうですわ! 黒い碑に触れて良いのはこのミスリルジャイアントだけですのよ! 鍵様ダーリン! あんなのやっつけちゃいましょう!」


「わかった! ミスリルジャイアント! あの海獣をやっつけてくれ!」


 ぼくが大声で叫ぶと、頭上から両手で掴める感じの長方形の軽石が落ちて来た。


 コロンッ!


「こ、これは?」


鍵様ダーリン! それこそ武装展開が可能となったミスリルジャイアントを操縦するための魔道具ですわ! その名も『ミスリルコントローラー』ですのよ!」


 長方形の軽石の持ち手らしいところを掴むと、両手の人差し指と中指にそれぞれ突起が当たるようになっていた。左右親指には、グリグリ動かせる棒が触れている。


 左には十字架があり、右には色の違う四つの宝玉が埋め込まれていた。


 軽石の中央部にはさらに3つの突起と、親指を滑らせることのできる板が取り付けてある。


「こ、これでミスリルジャイアントを操作するの?」

 

「そうですわ! 今はミスリルコントローラー インプットタイプ1ですが、黒の碑を解放してレベルアップしていけば、もっと便利なコントローラーに進化しますの!」


「でも、これを持って操作するとなると、弓の持ち手ハンドルから手を離さないといけないから、揺れた時に振り落とされそうなんだけど?」


 ぼくの疑問に、ディアリーネが自信たっぷりに答える。


「そのためのタンデムアルバですわ! わたくしがこうして鍵様ダーリンを後ろからギューッと抱き締めているから大丈夫ですの! スーハー、スーハー、あぁ、鍵様ダーリンの香りですわぁぁ」


 そう言って、彼女はぼくの後頭部に顔を埋めて深呼吸を始めた。


「な、なるほど! で、このミスリルコントローラーでどうすればいいの?」


「わからないときは、ボイスコマンドですわ!」


「ボイスコマンド?」


「ミスリルジャイアントに聞けばいいですのよ!」


 なら全部ボイスコマンドでなんとかならないか? という疑問はさておき、ぼくはミスリルジャイアントに向って叫んだ。


「ミスリルジャイアント! あの怪獣をやっつけてくれ!」


 ピロロン!


 と音がして、ぼくの目の前にメッセージが表示された。


>> 使用可能なアタックコマンド

>> タックル [L1]+[右スティック] 

>> 振り解き [右スティック回転]


 タックルという文字に意識を向けると、全天周表示アストロヴィジョンにミスリルコントローラーが表示され、どのように操作するかが動く映像で表示される。


「えーっ、えーっと、こ、こうかな?」


 ジャッ!


 自撮りウィンドウという文字が表示された鏡が現れ、そこでミスリルジャイアントが魔神信仰ポーズを決めている様子が映し出される。


 ドドドドドッ!


 ミスリルジャイアントが走り出すと、タンデムアルバに乗っているぼくたちも揺れた。自撮りウィンドウを見る限り、実際の振動よりかなり軽減されているように思える。


 ドォオオオン!


 ミスリルジャイアントがダゴンにぶつかった瞬間、凄まじい振動がぼくたちを襲った。


「うわぁぁああ!」

「きゃぁぁ!」


 全天周表示アストロヴィジョンを見ると、ダゴンは後方へ裏返るように吹き飛ばされていた。


「やったか!?」


 これでダゴンが倒せたならラッキーという、ぼくの期待はあっさりと裏切られる。


 ぎゅるるるる!


 ひっくり返ったダゴンは、海の上でのたうち廻って、すぐに姿勢を立て直した。


 ぎゅるるるるる!


 こちらを睨むオコゼの瞳は、真っ黒で何の感情も持っていないように見えるが、ぼくには、その中に激しい怒りが燃え上がっているのが感じられた。


 ダゴンがミスリルジャイアントに向って突進してきたかと思うと、手前でくるっと急旋回して、蛆虫状の下半身を叩きつけてくる。


 ドシャーーーン!


 体躯は明らかにダゴンの方が大きい。質量的に押し負けたミスリルジャイアントが岩礁に叩きつけられる。


「くっ!?」


 タンデムアルバにも激しい衝撃が伝わってきたが、ディアリーネおっぱいクッションのおかげで、ぼくへのダメージはほとんどなかった。


「ディア! 大丈夫!?」 

 

「こんなの全然、へっちゃらですわ! 鍵様ダーリン、どんどん行ってくださいまし!」


「わかった! ミスリルジャイアント! 次の攻撃だ!」


 ピロロン!


 と音がして、ぼくの目の前にメッセージが表示された。


>> 使用可能なアタックコマンド

>> タックル [L1]+[右スティック] 

>> 振り解き [右スティック回転]

 

 くっ! 今できるのはこの二つしかないのか、仕方ない!


 ぼくは再びタックルを選択する。


 ドドドドッ!


 ドーン!


 ミスリルジャイアントが再びダゴンに突進する。


 ドシャーーーン!


 先ほどと同じような展開が繰り返された。


 ダゴンはすぐに姿勢を立て直して、ミスリルジャイアントに向って突進してくる。


 そして、ミスリルジャイアントの直前で……


 回転することなく、そのままジャイアントに伸し掛かって来た。


 ドシャーーーン!


 ダゴンを上にしてミスリルジャイアントが海面に叩きつけられる。


 巨大なダゴンがその体躯を使って、ミスリルジャイアントを上から抑え込んで来た。


 そしてそのまま動きを封じられてしまう。


「くっ! しまった! これじゃ動けない!」


 ダゴンが前ヒレとも手ともつかない、奇妙な腕を使ってミスリルジャイアントの頭を叩きつけてきた。


 ゴンッ!


 ゴンッ!


 ゴンッ!


 見た目よりは遥かに固いダゴンの腕が、激しくミスリルジャイアントを殴打する。


「くっ! 振り解け! ミスリルジャイアント!」 


 ピロロンッ!


>> 使用可能なアタックコマンド

>> タックル [L1]+[右スティック] 

>> 振り解き [右スティック回転]

 

「振り解きだぁぁぁ!」


 ぼくは、全力で右スティックを回転させた。


 ジャッ!


 自撮りウィンドウでは、ミスリルジャイアントが身体を左右に揺り動かしている様子が映し出されている。


「頑張れ! ミスリルジャイアント! ダゴンを振り払え!」


 ジャッ!


 ミスリルジャイアントが、より激しく身体を揺り動かすと、ダゴンが横に投げ飛ばされる。


 ぼくは素早く右スティックを手前に倒し、ミスリルジャイアントをダゴンから引き離す。


 その時、ミスリルジャイアントが海を背にして、黒の碑との間にダゴンを挟むような位置取りになってしまった。


 ダゴンに黒の碑に向かわれてはマズイ!


 ぼくは急いで、再度のタックルを仕掛けようとした。


 その瞬間――


 ドゴォオオオオオン!


 背後からの強烈な衝撃によって、ミスリルジャイアントが岩礁に叩きつけられてしまった。


 バシャァァァァアン!


 思わず振り返った全天周表示アストロヴィジョンには、もう一体のダゴンが映し出されていた!


「なっ!? 二匹もいたのか!?」


 冷たい絶望が、ぼくの背中を掛け抜けた。

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