第7話 海魔襲来!

 ブオォォォォォ!


 ミスリルジャイアントのジェットパックの音が徐々に小さくなると共に、巨人はゆっくりと地上に降りて行った。


「ジェットパック停止。ミスリルジャイアント地上に設地しました。ジェットパックの再稼働に30分必要です」


 ディアリーネがジェットパックの停止を告げる。


 一仕事を終えた彼女は、一度目を閉じ、深呼吸をした後、再び目を開いた。


 目を開いたディアリーネの顔に、花が咲き開くように笑顔が広がっていく。


鍵様ダーリン!」


 ディアリーネがぼくの胸に飛び込んできた。


「これでわたくしたち、本当に夫婦錠と鍵になれましたのね!」


 ディアリーネが、その大きくて柔らかい胸の中に、ぼくの頭をギューッと抱き入れる。


 そう言えば、彼女にはぼくの心が読めるのだった。


 もしその能力が、彼女が巨人の錠となったことに由来するものなら、鍵者であるぼくにも同じような能力があるのでは?


 そう思ったぼくは、ディアリーネの心の中を覗いてみようと思った。


 その瞬間――


『しゅきしゅきしゅきしゅき鍵様ダーリンだいしゅき!しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき鍵様ダーリンだいしゅきぃぃぃぃ!』


 頭の中にディアリーネの声が響き渡り、彼女の強烈な想いで胸の中が満たされていく。


 これまで生きて来たぼくの人生で、これほど甘くて優しい気持ちなど誰からも向けられたことはなかった。


 軽蔑、侮蔑、怒り、憎しみ、時々同情……これまでぼくにぶつけられてきた感情は、それが全てだったから。


 だからディアリーネの感情が理解できなくて、しかも、それがぼくに向けられているということが、ぼくの頭を一層混乱させていた。


 息をすることができなかった。


 苦しい……。  


 というか……。


「ぶはっ!」


 ぼくはディアリーネの胸から顔を引き離して、忘れていた呼吸を再開した。


 ビィー! ビィー! ビィー! ビィー!


 突然、激しい音がして、目の前に赤い警告文字が浮かび上がった。


『敵性生命体検知! 脅威度Sクラス』


 ディアリーネが後ろから声を掛けてくる。


「さっそく人間共が仕掛けてきましたわね! 戦闘指揮モードに入りますわ! 鍵様ダーリン、『ビバアルバ』と叫んで下さいまし!」


「へっ!?」


 意味がわからない上に、なんだか恥ずかしい。かなり恥ずかしい気がして、ぼくはちょっと躊躇した。


鍵様ダーリン! 敵は目の前ですわ! お急ぎくださいまし!」


 赤い警告文が激しく点滅を繰り返す。


鍵様ダーリン!」


「わ、分かったよ、ディア! ビバアルバ!」


「ハァァァァン! ダーリィィィィィン!」


 ぼくの背後から、ディアリーネの艶めかしい嬌声が聞こえてくる。


 振り返ろうとした瞬間、足元から馬の背中のような塊がせり上がってきて、ぼくは強制的にそこに跨ることとなった。


 身体が倒れそうになって、慌てて手を伸ばしたちょうどその場所に、弓のようなものがあったので両手でそれを掴む。


 掴んでみると、弓のようなものはしっかりと固定されていて、その結果、ぼくは自分の身体を安定させることができた。


「こ、これは……!?」


「これはタンデムアルバ! 私たちがミスリルジャイアントで戦うための魔道具ですわ!」


 そう言って、ディアリーネはぼくの背中にギュッとしがみついてきた。


 ディアリーネの柔らかい胸が、ぼくの背中に押し付けられる。


「ちょっ、ディアリーネさん!?」


「ディアリーネだなんて他人行儀ですわ! さっきみたいにディアとお呼びくださいまし! フハァァ! 鍵様ダーリンの背中が暖かいですわぁぁ! スハスハ! スハスハ! 鍵様ダーリンの香りがしますわぁぁぁ! スハスハ! スハスハ!」


 ディアリーネが、ぼくの耳の後ろに顔を埋めて、激しく息を荒げている。


「ちょっ、ディア! 今、それどころじゃないような……」


 ウィィン!!


 ぼくの目の前に、突然、魔法の鏡が現れた。鏡の中には文字が浮かび上がっている。


『ディアリーネ充足度 60%』


 ディアリーネがぼくの耳元で激しく呼吸を繰り返す度に、鏡の中の黄色い棒が上に向って伸びていく。


『ディアリーネ充足度 80% 武装展開が可能となりました。いつでもイけます』

 

 なんかメッセージに意志があるような気がする。


 というか、ディアリーネの充足度ってなんだよ!


『敵性生命体、封印に接近中!』


 別の魔法の鏡が現れる。そこには、醜い魚の化け物が海から上陸しようとしている様子が映しだされていた。


鍵様ダーリン! あの化け物、封印に何かするつもりですわ!」


 ディアリーネがぼくの耳元で叫びながら、ぼくの頭越しに白い腕を伸ばして、魔法の鏡の中を指差した。


 オコゼのような顔をした巨大な化け物が進もうおとしている先に、巨大な黒い石が海から突き出ているのが見える。


「あの黒いのが封印? あれって何なの?」


「我ら魔族を地下に閉じ込めている邪神トリージアの呪いですわ! 大陸に7つある全ての封印を壊すことで、私たちが地上に戻れる道が開かれますの!」


「なら、あの化け物に破壊させればいいんじゃない?」


「それでは駄目ですわ! 封印が破壊されたときに解放される魂力をミスリルジャイアントに吸収させなければなりませんの!」


 ディアリーネによると、魂力を吸収することでミスリルジャイアントの力が強化されるのだが、そのためには封印はミスリルジャイアントの手で破壊する必要があるということだった。


「それじゃ、急がないと! もう石の近くに来てる!」 

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